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第3話 もしも・・・

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 ヘレンを見送り、別宅に戻ると主は不機嫌そうに腕を組んでいた。そこまでの威圧感は感じない・・・、大方、拗ねているのだろう。

「母上と何を話してたんだ」

 子どもように口先を尖らせるダレス様が可愛い。思わず頬が緩まるのを必死に耐える。

「とくに何も。ただ、お坊ちゃまが心配なのでしっかりと護衛するようにと仰られました。成人の儀もございますし、疲れさせないようにと」

 心配をしているのは本当だ、嘘は言っていない。そう伝えると、ダレスはまたご機嫌になりメイド達と遊びはじめた。ウルソンは空気のごとく気配を消し、主の部屋から出た。








 学園がはじまり、すぐに試験が待っていたダレスは忙しくしていた。やっと落ち着き、坊ちゃんの大好きな、毎週のうち2日ある休日がやってきた。ウルソンにとって最も苦痛な2日間。

 今日は、どんなご令嬢を連れてくるのだろう・・・。

 ウルソンはいつものようにチクチクと痛む胸に気が付かない振りをする。そうして、専属騎士は健気に主の閨事の準備をするのだった。


 ふと、主の部屋にある大きな鏡を見た。ダレスは、この鏡を夜遊びの玩具にしている。その鏡に映るのは、どこからどうみても男。それに、屈強な胸板や鍛えられた太い脚と腕は雄らしさを強めている。戦いの邪魔になる髪は短く雑に整えられ、女性のように柔らかい髪や胸もなければ、甘い香の匂いのかわりに汗の匂いが滲む。自分の大きな掌に、非道くうんざりした。

 女性になりたい訳じゃない・・・。
 ただ、“女だったら”と思うだけだ。

 女性だったら、例え美しくなくとも泣いてすがれば、優しいダレス様はかもしれない。

 今夜、ダレスに抱かれる女のために用意した果実の側には装飾の美しいナイフが置いてある。ウルソンは、なんとなく、それを手に取った。この大きな背も膝を削げば小さくなるだろうか、この大きすぎる手や足も削げば小さくなるだろうか。ナイフを指先に宛てると、赤い液体が指の根本まで伝った。不思議と痛みを感じない。思わず、“小さくなれ”と胸の中で呟いた。




「おい、何をやってる。ウルソン」

 突然、右手首を強く捕まれナイフを奪われた。

「お、お坊ちゃま。お帰りなさいませ・・・。気が付かず、申し訳ありません。」
  
 ギリギリと捕まれた右腕が痛む。頭の中にある無邪気なダレスは見えない、瞳に強い怒りが浮かんでいる。ナイフの傷がいつの間にかドクドクと痛みだす。

 こんなにも強い力を・・・、いつのまに。

「何故、指にナイフを当てている。自傷など・・・、許さないぞ。」

 まさか、見つかるなんて思わなかった。本気で怒るダレスをウルソンは、はじめて見た。それなのに、ウルソンの胸は高鳴っていた。捕まれた腕からドクドクと熱が走る。彼が自分のために怒ってくれている、そんなことがどうしようもなく嬉しい。顔や耳までもが熱くなるのを感じ、ウルソンは捕まれている腕をぐいっと引いた。騎士である自分の力は強く、主の掴む手は簡単に外れる。それが、また哀しみを煽った。

「自傷などではありません・・・、虫に噛まれたのです。毒が回ったらいけないので、少し出しただけです。ご心配をお掛けして申し訳ありません。」

 咄嗟に嘘を吐いた。ウルソンは、捕まれた手首を無意識に撫でる。まだジンとする感覚にどうしようもない悦びが胸に広がって、爪を立てた。

「毒虫に噛まれた?! 大丈夫なのか?早く、医務室に行こう。君に何かあったら大変だ。」

 ダレスは、焦るようにウルソンの腕を今度はやさしく掴み、医務室へと連れ出そうとする。ウルソンは慌てて、坊ちゃんを引き留め、自分の腕から手をそっと離させた。

「処置は致しました。私はですし、騎士ですから、傷が付くくらいなんともありません。」

 自分で言っておいて、落ち込む。

 主の心配に喜んでいたウルソンは、ハッとした。そうだ、今日は来客がある日なのだ。ダレスが帰ってきたと言うことは、“今夜のご友人”も来ていると言うこと。

「お坊ちゃま、ご友人の方は?」

 姿勢をただし、問いかける。

「ああ、今日は・・・。どうか、驚かないでくれ。」
「・・・?」

 ダレスは少し気まずそうな表情をする。良く見れば、坊ちゃんの背後に小さな人影がある。明るい黄土色の猫ッ毛がふわりと揺れた。

 小さな影は、背後から恐る恐る現れた。

「こ、こんにちは・・・。」

 
 一目見たウルソンは、目を見開いた。自分の中でぐるぐると何かが巡る。心臓がドクドクと過剰に血液を回す、手が小さく震えるのがわかる。何かが崩れる感覚がした。

、ルーア。トリンドル家のご子息、一番下の末っ子だ。」

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