鎌倉青春シンフォニー:笑顔の鎧を脱ぎ捨てて、私たちは波を乗りこなす

乾為天女

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第5章「静寂の中で名前を呼ぶ」(00)

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 図書館の窓は大きく、夕暮れの光を柔らかく通していた。
 神奈川の春はまだ肌寒い。けれど、図書館の中はほんのり暖かい空気に包まれている。書架の間を縫うように並んだ閲覧席では、学生たちがそれぞれの時間を持っていた。
 その一角——木製の丸テーブルに三人が静かに座っていた。
 旭は黙ったまま分厚い資料の山を積み、目線ひとつ動かさずにノートに手を走らせていた。余計な言葉はない。ただ静かに、“やるべきこと”を、やっている。
 対面に座る優香は、白いイヤホンを片耳に挿したまま、何かをぼんやりと眺めている。筆箱は開いているのに、ノートは開いていない。彼女は自分のリズムを守りながら、世界を“聞く”ように過ごしていた。
 その二人の間で、良輔は軽く口角を上げながら、そっと観察メモを広げていた。
(旭くんは集中力の化身みたいだな。必要最低限しか喋らないけど、手が止まらない。……優香さんは、視線がよく動く。でも、耳からの情報の方が大事みたいだ)
 彼の手元には、既に役割分担表のドラフトが出来上がっていた。レポート課題——「地域交通の進化とその社会的影響」に関する共同調査。教授から与えられた評価基準には、「チーム内の分担と協調性」も含まれていた。
 だからこそ、良輔は、今この時間を「分析の時間」として使っていた。
 “この人たちは、どういうふうに動くのか”を、まず知ることから始める。
 時計の針が午後五時を指したとき、彼はそっと口を開いた。
「ねえ、ちょっとだけ聞いていい?」
 優香がゆるく顔を上げた。イヤホンを片方外す。
「旭くん、資料の読み込み、もう3冊目だよね。すごい集中力。もしよかったら、そのうち一冊だけ、要点まとめてもらってもいい?」
 旭は顔を上げず、ページをめくる手を止めない。
 しかし、ほんの数秒の間を置いて、小さく——本当に小さく、うなずいた。
 良輔は心の中で静かにガッツポーズを決めた。
(やっぱり、この人、ちゃんと話は聞いてる)
 次に優香の方を見た。
「優香さん。もし可能だったら、今から調べ物に移る? BGM代わりになる静かな動画なら、視聴中でも構わないよ」
 優香はちょっと驚いた顔をしてから、微笑んだ。
「……わかってるんだ。ありがとう」
 そのままスマホを閉じ、ノートを開く。筆記音がようやく加わった。
(よし、これで“全員動いてる状態”が作れた)
 良輔は役割分担の紙に「旭:資料分析」「優香:事例検索」と記入した。
 そして、自分は進行・要点整理を担う。得意な役割だ。
 静寂の中に、紙のめくれる音と、ボールペンの走る音が続いている。
 やがて旭がふと筆を止め、小声で呟いた。
「……ここ、表にしといた方がいいかも」
 初めての、自発的な発言だった。
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