14 / 97
第7章「クラゲのリズム、心の波」(01/End)
しおりを挟む
「……なんか、さ」
望愛がぽつりとつぶやく。
「クラゲって、途中で止まらないよね。ずっと、ふわふわ動いてる。何か目指してるわけじゃないのに、ずっとさ」
恭平はその横顔を見つめた。
静かな語りだったが、どこかに芯がある。途中放棄を繰り返してきた自分を、ちゃんと知ってる人の目だった。
「……止まってたの、たぶん、あたしだったのかもね」
小さくそう言って、望愛はもう一度ラミネートされたポスターに視線を戻した。
しばらく沈黙が流れる。
ふと、恭平が腰を落として、床に置かれた展示案のラフスケッチを拾い上げた。
「この“海月三兄弟”ってタイトル、センスあるなあ。誰の?」
「それ、私」
「やっぱり。語感が優しい。子どもも読みやすそうだし」
望愛は肩をすくめる。
「ふざけて書いただけ。提出前に差し替えたけど」
「もったいないなあ。正式採用案より好きかも」
そう言って、彼はポスターの下に差し入れるように、まるでささやかな“いたずら”のように、その紙を置いた。
「次の展示の裏タイトル、“海月三兄弟”にしよう。勝手に決定」
「勝手かよ」
でも、望愛は笑った。
それは水槽の光よりやわらかい、彼女自身の灯だった。
そのまま、再びラミネートされたパネルを手に取った。
「……もう少し、手伝う。あんたが“逃げてない”ふうな顔で付き合ってくれるなら」
「もちろん」
ふたりで展示物を抱え、ガラスケースの位置を微調整する。重くもないけど、軽くもない。作業はまだまだ続く。けれど、先が見えない感じではなくなっていた。
途中で作業用BGM代わりに、恭平がスマホから水音アプリを流し始めた。
ぽちゃん、ちゃぷちゃぷ、ゆらり。
夜の水族館は、ゆるやかな光と音のなかで、静かに“ふたり”を包んでいた。
そして。
全ての展示物が所定の位置に収まり、最後のパネルにライトが当たったとき、ふたりは同時に息を吐いた。
「おつかれさま」
「おつかれ、私」
「それ、俺にも言ってよ」
「……おつかれ、恭平」
名前を呼ぶ声は、素直だった。
小さな、ほんの小さな達成感。
それでも、この春、いちばん深く残る“ふたりの夜”になったかもしれなかった。
望愛がぽつりとつぶやく。
「クラゲって、途中で止まらないよね。ずっと、ふわふわ動いてる。何か目指してるわけじゃないのに、ずっとさ」
恭平はその横顔を見つめた。
静かな語りだったが、どこかに芯がある。途中放棄を繰り返してきた自分を、ちゃんと知ってる人の目だった。
「……止まってたの、たぶん、あたしだったのかもね」
小さくそう言って、望愛はもう一度ラミネートされたポスターに視線を戻した。
しばらく沈黙が流れる。
ふと、恭平が腰を落として、床に置かれた展示案のラフスケッチを拾い上げた。
「この“海月三兄弟”ってタイトル、センスあるなあ。誰の?」
「それ、私」
「やっぱり。語感が優しい。子どもも読みやすそうだし」
望愛は肩をすくめる。
「ふざけて書いただけ。提出前に差し替えたけど」
「もったいないなあ。正式採用案より好きかも」
そう言って、彼はポスターの下に差し入れるように、まるでささやかな“いたずら”のように、その紙を置いた。
「次の展示の裏タイトル、“海月三兄弟”にしよう。勝手に決定」
「勝手かよ」
でも、望愛は笑った。
それは水槽の光よりやわらかい、彼女自身の灯だった。
そのまま、再びラミネートされたパネルを手に取った。
「……もう少し、手伝う。あんたが“逃げてない”ふうな顔で付き合ってくれるなら」
「もちろん」
ふたりで展示物を抱え、ガラスケースの位置を微調整する。重くもないけど、軽くもない。作業はまだまだ続く。けれど、先が見えない感じではなくなっていた。
途中で作業用BGM代わりに、恭平がスマホから水音アプリを流し始めた。
ぽちゃん、ちゃぷちゃぷ、ゆらり。
夜の水族館は、ゆるやかな光と音のなかで、静かに“ふたり”を包んでいた。
そして。
全ての展示物が所定の位置に収まり、最後のパネルにライトが当たったとき、ふたりは同時に息を吐いた。
「おつかれさま」
「おつかれ、私」
「それ、俺にも言ってよ」
「……おつかれ、恭平」
名前を呼ぶ声は、素直だった。
小さな、ほんの小さな達成感。
それでも、この春、いちばん深く残る“ふたりの夜”になったかもしれなかった。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。
俺と結婚、しよ?」
兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。
昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。
それから猪狩の猛追撃が!?
相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。
でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。
そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。
愛川雛乃 あいかわひなの 26
ごく普通の地方銀行員
某着せ替え人形のような見た目で可愛い
おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み
真面目で努力家なのに、
なぜかよくない噂を立てられる苦労人
×
岡藤猪狩 おかふじいかり 36
警察官でSIT所属のエリート
泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長
でも、雛乃には……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる