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第8章「優しさの訳し方」(00)
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その店は、商店街の曲がり角にひっそりとあった。
古書店《紙魚堂》。古びた木製のドアに、金の取っ手。小さなウィンドウには手描きのPOPが貼られていて、「昭和の少女漫画特集」とある。
昼下がり。通りには観光客の姿がちらほら見える。五月の陽差しは柔らかく、風はどこか外国の午後のような匂いをしていた。
香澄は、その店先に立っていた。
「うーん……迷ってるわけじゃない、と思うんだけど……」
手元のスケッチブックに「人の足取りから心の状態を読む」ためのメモを走り書く。だが、その視線の先にいたのは、明らかに道に迷っている少女だった。
——サラ。
金髪を後ろでゆるくまとめ、白いブラウスとデニムスカート。手には地図アプリを開いたスマホを持ち、何度も同じ場所をくるくると見ている。
香澄はそっと近づいて声をかけた。
「こんにちは。もしかして……道、探してる?」
「え? あ……うん、ちょっとだけ……この“紙魚堂”って本屋、地図に出てるのに、全然たどり着けなくて……」
香澄はふっと笑った。
「ここだよ。今、あなたの後ろ」
「……え?」
サラは慌てて振り返り、目を見開いた。
「あっ……!」
店のドアには、手書きの看板。「営業中」の札がかかっている。
「ごめん……ぜんぜん気づかなかった。私、こういう日本の古いお店、ほんとにわかんないときある」
「大丈夫。うちの商店街、初見殺しの店ばっかりだから」
「“初見殺し”って……何その言い方」
「ゲーム用語だけど、ここでは“観光客の味方にならない外観”って意味」
サラは声をあげて笑った。その笑い方は、どこか“やっと安心できた”という空気を含んでいた。
香澄はその瞬間をしっかり観察する。
(初対面でも笑うまでの時間が早い。でも、笑ったあとは目線が沈む。……たぶんこの子、笑いで距離を詰めようとしてる)
そんな香澄の視線に気づかず、サラはふと店のウィンドウを見つめた。
「この絵本……すごく懐かしい。アメリカでも見たことある気がする」
「日本語だけど、絵だけで読めるよ。入ってみる?」
「いいの?」
「むしろ、案内したい。私、この店の“観察記録”つけてるから」
「それ、どういう意味!?」
「読めばわかるよ」
二人は並んで店内に入っていく。
静かな空間、紙の匂い、鈍い電球の灯り。昭和の記憶が詰まったような場所で、ふたりの距離がゆっくりと近づいていく。
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「いいの?」
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「それ、どういう意味!?」
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静かな空間、紙の匂い、鈍い電球の灯り。昭和の記憶が詰まったような場所で、ふたりの距離がゆっくりと近づいていく。
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