鎌倉青春シンフォニー:笑顔の鎧を脱ぎ捨てて、私たちは波を乗りこなす

乾為天女

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第18章「花火より、君の顔」(00/02)

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 江の島の桟橋に、潮風がそっと吹き抜ける。夏休みを前にした土曜の夜、空には花火大会が迫っていた。
 閉館後の水族館。片づけとレジ締めを終え、スタッフの間でも「見て帰る組」「直帰組」が分かれていた。
「望愛、帰る?」
 恭平が声をかけると、望愛は少し口ごもりながらも首を振った。
「せっかくだし、ちょっとだけ……ね」
 ふたり並んで、江の島の桟橋をゆっくり歩く。夜空はまだ明るく、遠くの空にうっすらと打ち上げ音が聞こえ始めた。
 静かな時間。けれど——
「……あ」
 望愛の声に恭平が振り返ると、彼女がスカートのポケットを探り、顔を曇らせていた。
「ない、財布。どこかで……落としたかも」
 彼女の慌てる手元を見て、恭平はすぐさま「レジまわり探した?」と聞く。
「ううん、たぶんさっき、駅の売店でお茶買ったから……そのときまでは確実にあった。あー、またやったかも……」
「駅まで戻ってみよう」
 恭平は自然に歩き出す。望愛は追いかけるように小走りになり、少し恥ずかしげに口を尖らせた。
「……なんでそんなに落ち着いてるの?」
「うーん、望愛なら財布なくてもそのまま帰りそうなタイプだと思ってたから、意外と焦っててびっくりしてる」
「それフォロー?」
 口ではそう言いながらも、彼女の目尻はどこか緩んでいた。
 その数分後、駅構内の落とし物カウンターで、望愛の財布はあっさりと見つかった。届けてくれたのは、望愛が買い物した売店の女性スタッフだったという。
「ちゃんと名前付きで届けてあったよ。ラッキーだったね」
「うん……ありがとう。マジで助かった……」
 財布を胸に抱えた望愛が、ふと恭平の方へ向き直る。
「……恭平のおかげ。ほんとに、ありがと」
 そのとき、夜空に一発、大きな花火が打ち上がった。
 色とりどりの光が空いっぱいに広がり、ふたりの顔を照らす。望愛がふと目を細め、恭平はその横顔を見つめた。
「わ、すごい……こんな近くで見るの、初めてかも」
 思わず口にしたその言葉に、恭平は静かに笑う。
「俺も。……誰かと一緒に見るのは、ね」
 ふたりの間に、しばし沈黙が流れる。けれど、その沈黙が不安じゃなかった。
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