鎌倉青春シンフォニー:笑顔の鎧を脱ぎ捨てて、私たちは波を乗りこなす

乾為天女

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第19章「夏の入り口、まっすぐな導線」(00/02)

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 蒸し暑さが朝からまとわりつく七月下旬の金曜日。
  鎌倉南大学では、夏のオープンキャンパス初日を迎えていた。
 正門のアーチには青と白の布バナーが風に揺れ、「未来を、描きにおいで。」というキャッチコピーが海風を受けている。
  午前九時の受付開始前。すでに駅からの道には、保護者と高校生のペアが何組も続き、キャンパスへと吸い込まれていく。
 その入り口近くの受付テーブルで、直輝は眉間を寄せたまま、ファイルを一枚ずつ繰っていた。
「……やっぱり、予備分まで足りない。案内冊子、20部は多く見積もったはずなんだけど」
 机の上にはパンフレットとタイムスケジュールの束がある。けれど、列の長さはその数をあっという間に上回りそうだった。
 その横で、香澄は周囲を見渡しながら、ゆっくりと視線を上げる。
「前から二組目、三組目、五組目。たぶん“待つのが苦手な子”……体の向きが、斜めになってる。流れに飽き始めてる」
 香澄は指先で髪をくるりと巻きながら、遠くの案内係に小さく手を振ると、列の途中で数人を分散誘導させた。
 その動きに気づいた良輔が、飲料箱を持って走ってきた。
「人数オーバーしても大丈夫。控室にデータのPDFあるから、今、全員分印刷してもらってる。冊子が届くまで、ここで案内係が間をつないで。――それと、高校生一人ひとりに『どの学部に興味ありますか?』って聞いて、該当パンフだけ先に渡すと喜ばれるって!」
「ナイス。直輝、手分けしよう。私は心理学部コースの列、見る」
「俺は経済・経営担当する。良輔、助かる。……今のうちにA4パンフ棚を移動して、グループ分けしようか」
 直輝の指示に、良輔が頷いて、台車を押していく。
 香澄は人の流れを読みながら、列の間をすり抜けるようにして移動していった。歩くたびにスニーカーが小さく鳴る。
  高校生たちが彼女に目を留める。飾らないのに、自然に注目を集める立ち居振る舞いだった。
 そんな中、ひとりの女子高生が列から外れて立ち止まり、俯いた。
「……あの、間違えて商学部の列に並んじゃって……でも、理工に興味があって……」
 香澄が静かに歩み寄る。やや猫背の女子高生に寄り添うように腰を落とし、目線を合わせる。
「大丈夫だよ。列の札が小さいから、迷いやすいんだ。こっち、私と一緒に並び直そう」
「……え、いいんですか?」
「もちろん。あとで後悔しないように、行きたい場所には素直に並ばないとね」
 そう言って、香澄はその子の手に、涼しげなキャンパス案内図を差し出した。
「この通りに進めば、ちゃんとたどり着けるよ。大丈夫。私も、ここに来てそう思ったから」
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