鎌倉青春シンフォニー:笑顔の鎧を脱ぎ捨てて、私たちは波を乗りこなす

乾為天女

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第29章:進路のシートと、三者三様の言葉

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 夕暮れのキャリアセンターには、普段とは違う緊張感が漂っていた。
 ガラス張りの外壁から差し込む西日が、展示棚に並ぶ企業パンフレットの背表紙をオレンジ色に照らしている。椅子がずらりと並べられたセミナーエリアには、スーツ姿の大学生が予想を超える人数で詰めかけていた。
 その最前列、スライドの準備を終えた直輝が、淡々とスタッフと確認を終え、控えめにマイクのスイッチを入れる。
 「皆さん、こんばんは。定刻となりましたので、インターンシップ説明会を開始します。本日はお越しいただき、ありがとうございます」
 声の調子は落ち着いているのに、どこか人を引き込む。空調の音がすっと静まり、百人以上の視線が壇上へ集中した。
 「本日は三部構成で進行します。まずは、インターン経験者である我々学生スタッフから体験談と情報共有を。その後、皆さんとのQ&A。そして最後に、ひとりずつへフィードバックシートをお渡しします」
 後方の席で腕を組んでいた広樹が、呼ばれて立ち上がった。白地のシャツにブルーの細線が入ったノートを片手に持っている。スライドには、彼が作成した「進路目標シート」が大写しにされた。
 《志望分野×自己分析×行動スケジュール》の3軸に、色分けされたタスクと達成率が記録されていた。驚くほど整然と、そして前向きだ。
 「俺は、広告代理店を目指しています。なんでかって言うと、高校の文化祭でポスターを作って、めちゃくちゃ褒められたのがきっかけでした。単純ですけど、その“嬉しい”がずっと尾を引いて、気づけばマーケ系の授業を毎回取ってたんですよ」
 笑いが起きた。彼の言葉には、理屈より“熱”があった。
 「大事なのは、“やることを具体的に可視化すること”。そして、書いた目標を人に見せること。自分ひとりで持ってると、途中でやめちゃうから」
 スライドに、「中間目標:ES10本提出/OB訪問5回/自己分析20項目」の文字が並ぶ。前向きな空気が、セミナー会場を少しずつ包み始めた。
 マイクを引き継いだ直輝は、その場でノートPCを操作しながら、最新の就活スケジュールを映し出した。
 「今年からエントリー開始が前倒しになる企業もあります。皆さんの中には“何から始めたらいいか分からない”という方もいると思いますが……逆に言えば、“何でもできる”ってことです」
 的確に、端的に。質疑応答では、的外れな質問に対しても肯定的な前置きを挟みつつ、本質に切り込んだ返答で会場をうならせた。
 「バイト経験が志望業界と関係ないのですが?」
 「関係ないことを“活かしたい”なら、あなたの言葉で意味を持たせればいいんです。“接客で得た対応力”なんて誰でも書ける。でも、“自分だけの経験”にすれば、それは武器になります」
 スマートだ。だがそれだけではない。参加者の表情に目を配り、頷きを誘うように視線を交わしていた。対話をしているという空気を、直輝は自然に作っていた。
 説明会が終盤に差し掛かったころ、後方の補助席から立ち上がったのは良輔だった。胸元には、手作りのフィードバック用紙が複数枚挟まれたバインダー。
 「全員分は、さすがに難しいです。でも、受付時のアンケートとメモを元に、僕なりに書いたコメントを――」
 言い終わる前に、前列の女子学生が声を漏らした。
 「えっ、くれるんですか……?」
 「はい。“あなたが一番最初に始められそうなこと”を、簡単に添えてあります」
 一人ひとりに丁寧に渡していく様子に、どよめきが起きた。メモには「人の話を丁寧に聞ける方です、企業研究はインタビュー形式がおすすめです」など、具体的かつポジティブな言葉が並ぶ。
 静かな感動が、確かにあった。
 そして、説明会終了のアナウンスが響いたとき、出口前に掲示されたアンケートQRの前に、自然と列ができていた。
 キャリアセンターの職員が思わず呟く。
 「……今日、参加率が記録更新したわね」
 広樹はその言葉に気づかぬふりで、掲示板のスケジュールに目を通していた。直輝はスマホで明日のOB訪問の地図を確認し、良輔は残った用紙をまとめながら、そっと嬉しそうに目を細めていた。
 ――これが「自分で選ぶ」ってことなんだ。
 誰もが、そんな実感を胸に、それぞれの帰路についた。
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