鎌倉青春シンフォニー:笑顔の鎧を脱ぎ捨てて、私たちは波を乗りこなす

乾為天女

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第31章 学生課窓口 (01)

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 「……ねえ、恭平。君のその“笑顔の使い方”、ちょっとずるいと思う」
 配布物の整理をしながら、サラがぽつりと口にした。掲示板前の人だかりはすっかり解消され、学生課の窓口も静けさを取り戻していた。
 「ずるい、かあ。よく言われるよ。けど、それが僕のやり方だからね。安心してもらうためのスイッチみたいなもの」
 「ううん、違う。“安心してもらうため”って言うけど……ほんとは、誰かが怒ったり、混乱したりするのが怖いからじゃない?」
 恭平の手が止まった。思わず顔を上げると、サラはiPadのケースを閉じながら、小さく目を細めてこちらを見ていた。
 「……正解すぎて、何も言えない」
 「でも、今日みたいに“自分の言葉”で助けたら、その怖さって、少しは和らぐでしょ?」
 「……サラって、ほんと、鋭いな」
 「香澄と仲良くしてるから、かな?」
 ふっと、二人で笑った。
 そのとき、後ろから一人の女子学生が声をかけてきた。
 「あのっ……すごく助かりました。ありがとうございます。日本語の資料、めちゃくちゃわかりやすかったです」
 「わ、うれしいです!」
  サラが思わず顔を赤らめてぺこりと頭を下げる。
  恭平もその隣で、やわらかく微笑んだ。
 「こちらこそ。来週の説明会、ぜひ来てね。英語がちょっと苦手でも、僕たちがサポートするから」
 「はい!」
 女子学生は去っていき、また少しだけ風が通り抜ける。
 「……言ったね、“僕たち”って」
 「うん。だって、サラとなら、いろんな人に届く気がしたから」
 その言葉に、サラはもう一度、静かに微笑んだ。
 「じゃあ、次は“笑顔の翻訳”も、お願いね」
 「笑顔の翻訳?」
 「うん。望愛さんに。“大丈夫”って笑ってる君の顔、たぶんあの人にはまだ、ちょっと難しいから」
 「……なるほど。じゃあそのときは、サラが“通訳”してくれる?」
 「もちろん。でも、できれば——」
 サラは少し顔を近づけて、声を潜めた。
 「——君の本音で、話してあげて」
 その瞬間、遠くで始業のチャイムが鳴った。キャンパスに響くその音に、恭平は一拍遅れて頷いた。
 「……わかった。翻訳じゃなく、ちゃんと自分の言葉で」
 「Good boy」
 いたずらっぽく笑ったサラの横顔が、朝の光を受けて輝いていた。
 こうして、掲示板の下には手書きでこう添えられた。
 「この資料が、あなたの世界を広げますように——From Kyohei & Sara」
 静かな朝の一幕に、小さな国際交流の芽が根を下ろしていた。
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