64 / 97
第34章「海に還す強がり」(00)
しおりを挟む
10月20日、午前5時25分。夜明け前の七里ヶ浜は、まだ深い群青のベールに包まれていた。
台風一過の風は澄んでいるけれど、肌に刺すような冷たさを残していた。水平線の先に朝日が顔を出すには、もう少しだけ時間がかかりそうだった。
「……うわ、マジで流木だらけじゃん」
亮汰の声が、沈黙を破るように響いた。
浜辺には、大小さまざまな流木が散乱していた。中には人の胴ほどもあるような太い幹も混ざっている。これでは、週末のサーフィン大会どころではない。
「昨日のうちに片付けてくれてたらさぁ、今こんな早起きしてこなくて済んだんじゃね?」
フードを被ったまま、亮汰は半ばあきれたようにため息をついた。
その横で、渚はすでにサンダルを脱ぎ、裸足で砂浜に立っていた。目の前の流木を、戦う相手のように見据えている。
「言ってもしゃーない。動こ」
ぽつりと、それだけ言うと、渚は黙って一歩、また一歩と流木の方へ近づいていった。
「まじかよ……」
亮汰が小声で呟いたとき、すぐ後ろから陽気な声が飛んだ。
「ナギサ、リョータ、グッドモーニン!」
アマリだ。サーフボードとロープを背中に背負い、いつものようにエネルギッシュな笑顔を浮かべている。
「うお、アマリ早いな……って、それ何?」
「ロープ! 海外のビーチクリーンは、グループで結束して引っ張るやつあるよ。流木、バラすより、まとめて動かしたほうがイイと思って」
アマリはニカッと笑って、二人に片方ずつロープの端を差し出した。
「まだ日の出前だぞ……」
「日の出前が一番、風止んでるし。ゴミ拾いには、実はいい時間。やってみよう?」
そう言いながら、アマリはさらりとサンダルを脱ぎ、渚の隣に並ぶ。彼女の黒いウェットスーツの下には、軽く汗をにじませた体がのぞいていた。
渚は、彼に一瞥もくれず、目の前の流木の中でも一番大きな一本へと手を伸ばした。指を回し、腰を落とし、息を止め、全身の筋肉をひとつに束ねる。
ズ……ッ!
鈍い音とともに、流木がわずかに動いた。
「……動くな」
「そりゃ一本じゃ無理だよ」
亮汰が肩をすくめた。
「でも、あんたは動かない理由ばっか考えてる」
渚がぽつりと返す。
「“自分流がいい”って主張して、壁にぶつかったとき逃げてたら、何にも動かへん。たまには、自分ごと力づくで変えんと、見えてこーへんものもあるよ」
「へぇ……」
亮汰は思わず鼻で笑ったが、渚の言葉に棘はなかった。だからこそ、胸の奥に静かに刺さった。
「――わかったよ。やるってば」
亮汰はフードを脱ぎ、ロープの片端を手に取った。
「そのかわり、終わったら朝マック付き合え。俺、グリドルじゃないと動かない体質だからさ」
「……変な体質やな」
渚が少しだけ笑った。
こうして三人は、朝焼けが訪れる前の浜辺で、無言の協力を始めた。
台風一過の風は澄んでいるけれど、肌に刺すような冷たさを残していた。水平線の先に朝日が顔を出すには、もう少しだけ時間がかかりそうだった。
「……うわ、マジで流木だらけじゃん」
亮汰の声が、沈黙を破るように響いた。
浜辺には、大小さまざまな流木が散乱していた。中には人の胴ほどもあるような太い幹も混ざっている。これでは、週末のサーフィン大会どころではない。
「昨日のうちに片付けてくれてたらさぁ、今こんな早起きしてこなくて済んだんじゃね?」
フードを被ったまま、亮汰は半ばあきれたようにため息をついた。
その横で、渚はすでにサンダルを脱ぎ、裸足で砂浜に立っていた。目の前の流木を、戦う相手のように見据えている。
「言ってもしゃーない。動こ」
ぽつりと、それだけ言うと、渚は黙って一歩、また一歩と流木の方へ近づいていった。
「まじかよ……」
亮汰が小声で呟いたとき、すぐ後ろから陽気な声が飛んだ。
「ナギサ、リョータ、グッドモーニン!」
アマリだ。サーフボードとロープを背中に背負い、いつものようにエネルギッシュな笑顔を浮かべている。
「うお、アマリ早いな……って、それ何?」
「ロープ! 海外のビーチクリーンは、グループで結束して引っ張るやつあるよ。流木、バラすより、まとめて動かしたほうがイイと思って」
アマリはニカッと笑って、二人に片方ずつロープの端を差し出した。
「まだ日の出前だぞ……」
「日の出前が一番、風止んでるし。ゴミ拾いには、実はいい時間。やってみよう?」
そう言いながら、アマリはさらりとサンダルを脱ぎ、渚の隣に並ぶ。彼女の黒いウェットスーツの下には、軽く汗をにじませた体がのぞいていた。
渚は、彼に一瞥もくれず、目の前の流木の中でも一番大きな一本へと手を伸ばした。指を回し、腰を落とし、息を止め、全身の筋肉をひとつに束ねる。
ズ……ッ!
鈍い音とともに、流木がわずかに動いた。
「……動くな」
「そりゃ一本じゃ無理だよ」
亮汰が肩をすくめた。
「でも、あんたは動かない理由ばっか考えてる」
渚がぽつりと返す。
「“自分流がいい”って主張して、壁にぶつかったとき逃げてたら、何にも動かへん。たまには、自分ごと力づくで変えんと、見えてこーへんものもあるよ」
「へぇ……」
亮汰は思わず鼻で笑ったが、渚の言葉に棘はなかった。だからこそ、胸の奥に静かに刺さった。
「――わかったよ。やるってば」
亮汰はフードを脱ぎ、ロープの片端を手に取った。
「そのかわり、終わったら朝マック付き合え。俺、グリドルじゃないと動かない体質だからさ」
「……変な体質やな」
渚が少しだけ笑った。
こうして三人は、朝焼けが訪れる前の浜辺で、無言の協力を始めた。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。
俺と結婚、しよ?」
兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。
昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。
それから猪狩の猛追撃が!?
相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。
でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。
そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。
愛川雛乃 あいかわひなの 26
ごく普通の地方銀行員
某着せ替え人形のような見た目で可愛い
おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み
真面目で努力家なのに、
なぜかよくない噂を立てられる苦労人
×
岡藤猪狩 おかふじいかり 36
警察官でSIT所属のエリート
泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長
でも、雛乃には……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる