文化祭実行委員会、恋も友情も停電も!―桜陽高校ラブフェスティバル―

乾為天女

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第3話「放課後の雨と秘密の屋上」

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 四月十八日、金曜日の放課後。
  校内放送の終了チャイムが鳴ると同時に、空がにわかに曇り、ぽつぽつと雨が降り出した。
 教室の窓の外では、グラウンドを走っていた生徒たちが慌てて屋根のある廊下へと避難していく。
 そんな中、希は教室に一人残っていた。
 今日は、委員会の仕事も、部活の予定もない。
  けれど、気持ちがどこか晴れない。
  理由は――自分でもわかっている。
「……なんで、あたしが副委員長なんか……」
 あのとき、咄嗟に言葉を飲み込んでしまった。
  でも本当は、まだ少し怖かったのだ。
  また誰かに押しつけられるんじゃないか。
  期待されて、裏切るんじゃないか――そんな不安。
 ガラリ、と音がして後ろを振り返ると、誰もいないはずの教室のドアから、遥輝が顔をのぞかせた。
「いた。やっぱり残ってた」
「……なに?」
「傘、持ってる?」
 「持ってるよ」
 「うそ」
「……」
 希は、返す言葉を見つけられなかった。
 遥輝はゆっくりと教室に入り、窓際まで来ると、外の様子を見上げた。
  雨は本降りになりつつあった。
「逃げ損ねたな、俺」
 「……あんたの話じゃないでしょ」
 「でも、今のは“自分にも言ってる”って感じした」
 遥輝は、まるで読み取るような目でこちらを見てきた。
  希は視線をそらす。
「……外、見に行く」
  そう言って、希は鞄を持ち上げることもなく、そのまま教室を出た。
  行くあてもなく、ただ歩いていた。
 でも――気づけば、足は自然と屋上の階段へ向かっていた。
 そこは、本来立入禁止の場所。
  でも、生徒の間では“鍵が甘い日がある”という噂がまことしやかに流れていた。
 案の定、今日のドアは――開いていた。



 屋上のドアを開けると、冷たい空気が頬に触れた。
  コンクリートの床はまだ濡れていなかったが、空はすでに鉛色で、雨粒が空中で踊っている。
 希はフェンスの手前まで歩き、足元に鞄を置いた。
  見下ろせば、校庭も体育館の屋根も雨に包まれ、遠くの山も霞んで見えた。
 灰色の世界の中、希は立ちすくむ。
  自分の中に渦巻く感情は、名前のつけられないものばかりだった。
 達成感じゃない。安心でもない。
  むしろ、期待されたことへのプレッシャーと、また誰かを裏切るかもしれない恐れが胸を締めつける。
「――やっぱりここにいた」
 振り返ると、遥輝が階段を上がってきたところだった。
  右手に、小さな折りたたみ傘を提げている。
「どうやって……」
「階段下で見た。なんか、そんな気がしただけ」
  遥輝は悪びれもせず言いながら、傘をフェンスにひっかけて、希の隣に立つ。
 しばしの沈黙が流れる。
  雨がゆっくりと、コンクリートに小さな輪をつくりはじめた。
「……なんで来たの?」
「さっき、顔に“話しかけんな”って書いてたけど、逆に話さなきゃなって思った」
 「……ほんと、空気読めないね」
 「たまに言われる」
 希は苦笑するような、ため息のような音を漏らす。
  屋上に響くその音が、なぜか少し軽く感じられた。
「……あたし、委員長とか副委員長とか、向いてないんだよ。ああいうの、苦手」
 「苦手なままでいいんじゃない?」
「……は?」
 「得意じゃなくても、やろうとしてるだけで、けっこうすごいと思うよ」
 その言葉に、希の足元がぐらついたような気がした。
  雨音が強くなり、二人の傍らに置かれた傘が軽く揺れる。
「中学のとき、文化祭で全部背負わされた。みんな、口だけで手伝ってくれなかった。
  最後は勝手に失敗したって言われて。……担任にも、“そうなる前に誰かを頼ればよかったね”って言われた。
  でも、頼って断られるのが怖かった。断られて、また自分の無力を突きつけられるのが……」
 遥輝は何も言わず、ただ希の横に立ち続けていた。
  雨の粒が、彼の肩をわずかに濡らし始めている。
「だから、怖いんだよ。また失敗したら、って。副委員長って言われた瞬間から、心の中がざわざわして……」
「でも、今回の委員会は、全員そこそこ変な奴ばっかだったじゃん」
 「変……っていうか、濃いよね」
 「うん。だから、一人で全部抱え込まなくても、誰かしら面白がって動いてくれる気がする。……俺とかも含めて」
 希はふと横を向く。
  遥輝の目は、冗談めいているのに、どこか真っ直ぐだった。



「……なんでそんなに呑気でいられるの?」
  希は自然に口をついて出た疑問を、そのまま遥輝にぶつけた。
「呑気じゃないつもりだけどなあ」
  遥輝は首をすくめながら言った。
 「ただ――俺、小学校のときに入院してたんだよ。半年くらい」
「え……」
「怪我とかじゃないよ。持病。でも、まあ、ベッドから動けない時期があってさ。
  そのとき、毎日を“つまんない”って思ってたら、ほんとに全部が無色になるんだって思った」
 希は、じっと彼の言葉に耳を傾けた。
「でも、ある日、看護師さんが“今日の空すごく青いね”って言ってきて。
  ……その日だけは、病室から見る空がちょっと違って見えたんだよな」
 ふと、遥輝が顔を上げた。
  まだ雨の降る空を見つめながら、笑みを浮かべる。
「それからかな。どんなことでも、面白がったほうが、人生トクだなーって思うようになったの」
「……あたしには、できないよ。そうやって笑えるほど、器用じゃないし」
「無理に笑わなくていいよ。怒ってるときは怒ってていいし、落ち込んでるときは落ち込んでていい。
  でも、もしちょっとでも“助けてほしい”って思ったときは――俺に言って」
 言い終わると、遥輝はそっと傘を広げた。
  その下に入るように、無言で希に差し出す。
 希は一瞬、迷った。けれど、次の瞬間には傘の中に身体を滑り込ませていた。
  気づけば、肩がほんの少し、触れている。
「……この傘、ちっさくない?」
「だよね。でもまあ、密着する言い訳になるかなって」
「……ほんと、バカ」
 けれど、怒ったように聞こえるその声に、希自身が驚いていた。
  あまりにも自然で、あまりにも柔らかくて――心の奥にある棘が、少しずつ溶けていくのを感じた。
「行こっか、相棒」
「……その呼び方、やめなよ」
 「じゃあ、パートナー?」
 「もっとダサい」
 「じゃあ、運命共同体?」
「それ最悪」
 二人の声が、雨の屋上に消えていく。
  夕暮れの空の向こう、微かな晴れ間が雲の隙間に顔をのぞかせていた。
 ほんの少しだけ――明日が楽しみになる。
  そんな放課後の、秘密の屋上だった。
(第3話 完)
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