文化祭実行委員会、恋も友情も停電も!―桜陽高校ラブフェスティバル―

乾為天女

文字の大きさ
3 / 26

第3話「放課後の雨と秘密の屋上」

しおりを挟む
 四月十八日、金曜日の放課後。
  校内放送の終了チャイムが鳴ると同時に、空がにわかに曇り、ぽつぽつと雨が降り出した。
 教室の窓の外では、グラウンドを走っていた生徒たちが慌てて屋根のある廊下へと避難していく。
 そんな中、希は教室に一人残っていた。
 今日は、委員会の仕事も、部活の予定もない。
  けれど、気持ちがどこか晴れない。
  理由は――自分でもわかっている。
「……なんで、あたしが副委員長なんか……」
 あのとき、咄嗟に言葉を飲み込んでしまった。
  でも本当は、まだ少し怖かったのだ。
  また誰かに押しつけられるんじゃないか。
  期待されて、裏切るんじゃないか――そんな不安。
 ガラリ、と音がして後ろを振り返ると、誰もいないはずの教室のドアから、遥輝が顔をのぞかせた。
「いた。やっぱり残ってた」
「……なに?」
「傘、持ってる?」
 「持ってるよ」
 「うそ」
「……」
 希は、返す言葉を見つけられなかった。
 遥輝はゆっくりと教室に入り、窓際まで来ると、外の様子を見上げた。
  雨は本降りになりつつあった。
「逃げ損ねたな、俺」
 「……あんたの話じゃないでしょ」
 「でも、今のは“自分にも言ってる”って感じした」
 遥輝は、まるで読み取るような目でこちらを見てきた。
  希は視線をそらす。
「……外、見に行く」
  そう言って、希は鞄を持ち上げることもなく、そのまま教室を出た。
  行くあてもなく、ただ歩いていた。
 でも――気づけば、足は自然と屋上の階段へ向かっていた。
 そこは、本来立入禁止の場所。
  でも、生徒の間では“鍵が甘い日がある”という噂がまことしやかに流れていた。
 案の定、今日のドアは――開いていた。



 屋上のドアを開けると、冷たい空気が頬に触れた。
  コンクリートの床はまだ濡れていなかったが、空はすでに鉛色で、雨粒が空中で踊っている。
 希はフェンスの手前まで歩き、足元に鞄を置いた。
  見下ろせば、校庭も体育館の屋根も雨に包まれ、遠くの山も霞んで見えた。
 灰色の世界の中、希は立ちすくむ。
  自分の中に渦巻く感情は、名前のつけられないものばかりだった。
 達成感じゃない。安心でもない。
  むしろ、期待されたことへのプレッシャーと、また誰かを裏切るかもしれない恐れが胸を締めつける。
「――やっぱりここにいた」
 振り返ると、遥輝が階段を上がってきたところだった。
  右手に、小さな折りたたみ傘を提げている。
「どうやって……」
「階段下で見た。なんか、そんな気がしただけ」
  遥輝は悪びれもせず言いながら、傘をフェンスにひっかけて、希の隣に立つ。
 しばしの沈黙が流れる。
  雨がゆっくりと、コンクリートに小さな輪をつくりはじめた。
「……なんで来たの?」
「さっき、顔に“話しかけんな”って書いてたけど、逆に話さなきゃなって思った」
 「……ほんと、空気読めないね」
 「たまに言われる」
 希は苦笑するような、ため息のような音を漏らす。
  屋上に響くその音が、なぜか少し軽く感じられた。
「……あたし、委員長とか副委員長とか、向いてないんだよ。ああいうの、苦手」
 「苦手なままでいいんじゃない?」
「……は?」
 「得意じゃなくても、やろうとしてるだけで、けっこうすごいと思うよ」
 その言葉に、希の足元がぐらついたような気がした。
  雨音が強くなり、二人の傍らに置かれた傘が軽く揺れる。
「中学のとき、文化祭で全部背負わされた。みんな、口だけで手伝ってくれなかった。
  最後は勝手に失敗したって言われて。……担任にも、“そうなる前に誰かを頼ればよかったね”って言われた。
  でも、頼って断られるのが怖かった。断られて、また自分の無力を突きつけられるのが……」
 遥輝は何も言わず、ただ希の横に立ち続けていた。
  雨の粒が、彼の肩をわずかに濡らし始めている。
「だから、怖いんだよ。また失敗したら、って。副委員長って言われた瞬間から、心の中がざわざわして……」
「でも、今回の委員会は、全員そこそこ変な奴ばっかだったじゃん」
 「変……っていうか、濃いよね」
 「うん。だから、一人で全部抱え込まなくても、誰かしら面白がって動いてくれる気がする。……俺とかも含めて」
 希はふと横を向く。
  遥輝の目は、冗談めいているのに、どこか真っ直ぐだった。



「……なんでそんなに呑気でいられるの?」
  希は自然に口をついて出た疑問を、そのまま遥輝にぶつけた。
「呑気じゃないつもりだけどなあ」
  遥輝は首をすくめながら言った。
 「ただ――俺、小学校のときに入院してたんだよ。半年くらい」
「え……」
「怪我とかじゃないよ。持病。でも、まあ、ベッドから動けない時期があってさ。
  そのとき、毎日を“つまんない”って思ってたら、ほんとに全部が無色になるんだって思った」
 希は、じっと彼の言葉に耳を傾けた。
「でも、ある日、看護師さんが“今日の空すごく青いね”って言ってきて。
  ……その日だけは、病室から見る空がちょっと違って見えたんだよな」
 ふと、遥輝が顔を上げた。
  まだ雨の降る空を見つめながら、笑みを浮かべる。
「それからかな。どんなことでも、面白がったほうが、人生トクだなーって思うようになったの」
「……あたしには、できないよ。そうやって笑えるほど、器用じゃないし」
「無理に笑わなくていいよ。怒ってるときは怒ってていいし、落ち込んでるときは落ち込んでていい。
  でも、もしちょっとでも“助けてほしい”って思ったときは――俺に言って」
 言い終わると、遥輝はそっと傘を広げた。
  その下に入るように、無言で希に差し出す。
 希は一瞬、迷った。けれど、次の瞬間には傘の中に身体を滑り込ませていた。
  気づけば、肩がほんの少し、触れている。
「……この傘、ちっさくない?」
「だよね。でもまあ、密着する言い訳になるかなって」
「……ほんと、バカ」
 けれど、怒ったように聞こえるその声に、希自身が驚いていた。
  あまりにも自然で、あまりにも柔らかくて――心の奥にある棘が、少しずつ溶けていくのを感じた。
「行こっか、相棒」
「……その呼び方、やめなよ」
 「じゃあ、パートナー?」
 「もっとダサい」
 「じゃあ、運命共同体?」
「それ最悪」
 二人の声が、雨の屋上に消えていく。
  夕暮れの空の向こう、微かな晴れ間が雲の隙間に顔をのぞかせていた。
 ほんの少しだけ――明日が楽しみになる。
  そんな放課後の、秘密の屋上だった。
(第3話 完)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

モブの私が理想語ったら主役級な彼が翌日その通りにイメチェンしてきた話……する?

待鳥園子
児童書・童話
ある日。教室の中で、自分の理想の男の子について語った澪。 けど、その篤実に同じクラスの主役級男子鷹羽日向くんが、自分が希望した理想通りにイメチェンをして来た! ……え? どうして。私の話を聞いていた訳ではなくて、偶然だよね? 何もかも、私の勘違いだよね? 信じられないことに鷹羽くんが私に告白してきたんだけど、私たちはすんなり付き合う……なんてこともなく、なんだか良くわからないことになってきて?! 【第2回きずな児童書大賞】で奨励賞受賞出来ました♡ありがとうございます!

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

9日間

柏木みのり
児童書・童話
 サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。  大事なのは最後まで諦めないこと——and take a chance! (also @ なろう)

マジカル・ミッション

碧月あめり
児童書・童話
 小学五年生の涼葉は千年以上も昔からの魔女の血を引く時風家の子孫。現代に万能な魔法を使える者はいないが、その名残で、時風の家に生まれた子どもたちはみんな十一歳になると必ず不思議な能力がひとつ宿る。 どんな能力が宿るかは人によってさまざまで、十一歳になってみなければわからない。 十一歳になった涼葉に宿った能力は、誰かが《落としたもの》の記憶が映像になって見えるというもの。 その能力で、涼葉はメガネで顔を隠した陰キャな転校生・花宮翼が不審な行動をするのを見てしまう。怪しく思った涼葉は、動物に関する能力を持った兄の櫂斗、近くにいるケガ人を察知できるいとこの美空、ウソを見抜くことができるいとこの天とともに花宮を探ることになる。

影隠しの森へ ~あの夏の七日間~

橘 弥久莉
児童書・童話
 小学六年の相羽八尋は自己肯定感ゼロ男子。 幼いころに母親を亡くした心の傷を抱えつつ、 大きな夢を抱いていたが劣等生という引け目 があって前を向けずにいた。 そんなある日、八尋はふとしたきっかけで 入ってはいけないと言われている『影隠しの 森』に足を踏み入れてしまう。そこは夏の間、 奥山から山神様が降りてくるという禁断の森 で、神様のお役目を邪魔すると『影』を取ら れてしまうという恐ろしい言い伝えがあった。  神様も幽霊も信じていない八尋は、軽い気 持ちで禁忌を犯して大事な影を取られてしま う。影、カゲ、かげ――。なくても生きてい けるけど、ないとすごく困るもの。自分の存 在価値すらあやうくなってしまうもの。再び 影隠しの森に向かった八尋は、影を取り戻す ため仲間と奮闘することになって……。  初恋、友情、そしてひと夏の冒険。忘れら れない奇跡の七日間が始まる。※第3回きずな児童書大賞奨励賞受賞作品 ※この物語はフィクションです。作中に登場 する人物、及び団体は実在しません。 ※表紙画像はたろたろ様のフリー画像から お借りしています。

処理中です...