文化祭実行委員会、恋も友情も停電も!―桜陽高校ラブフェスティバル―

乾為天女

文字の大きさ
23 / 26

第23話「百合香プランB」

しおりを挟む
 文化祭当日、午後三時。青空にうっすらと雲が伸び始めた屋上に、百合香の真剣な声が響いた。
「代替案は、スカイランタンです」
 風に揺れる長い髪を後ろに払いながら、百合香は言った。その正面には、腕を組んで立つ亮汰と、少し離れて見守る真緒の姿がある。
「また新しいことを、この土壇場で……」
 亮汰は顔をしかめた。
「しかも、それって火気使うんじゃないの? 雨の後にそんなもん飛ばしたら事故るぞ」
「いえ、火は使いません。LED式のスカイランタン。無線連動で一斉に点灯できるタイプを、予備の予算で調達済みです」
「え……? いつの間に?」
「昨日の夜、停電時の備えとして校内照明用に業者からレンタルを打診していた分を、急遽転用しました。保険は委員長承認済み」
 百合香は躊躇なく台本のように説明する。その語り口に迷いはなく、むしろ亮汰が追い込まれていく。
 真緒が苦笑しながら耳打ちした。
「すごいよね、あの子。言ってること全部正論なんだもん。反論の余地ないよ」
「……でもなあ」
 亮汰が苛立ちを抑えきれずに下を向いた。
「俺さ、去年の花火でやらかしたんだよ。手違いでタイミング遅れて、皆に冷たい目で見られて。だから今年こそ花火で挽回したくて、ずっと準備してたのに……」
 ぽつりと漏らしたその言葉に、百合香の目がゆっくりと細まった。だが彼女は慰めようとはしなかった。ただ、淡々とこう言った。
「それは、あなたの気持ち。だけど、今年の文化祭は“みんなの祭り”です。成功させるために、自己満足ではなく“安全に喜ばれる方法”を選ぶべきです」
 亮汰は顔を上げた。百合香のまなざしは、どこまでもまっすぐだった。
「花火が中止になっても、空に光は灯せます。形は変わっても、想いは届けられる。それが今回の代替案です」
 静寂が訪れる。数秒の間のあと、亮汰は息を吐いて空を仰いだ。
「……くそ、ぐうの音も出ねぇな。分かったよ。お前の案、採用しよう」
「ありがとうございます」
 百合香は深く頭を下げた。
 その背後で真緒がぽつりとつぶやく。
「……こうしてまた一人、百合香信者が増えるわけか」



 午後三時二十分。校舎裏の資材搬入口に、白いワゴン車が一台停車した。
「よっ、ランタン搬入でーす!」
 明るい声を響かせて現れたのは、百合香が手配した業者のスタッフ。百合香はすでに段取りを済ませており、搬入口で笑顔のまま迎えた。
「ありがとうございます。こちらで荷受けを行います。台車はこちらに」
「助かります~。って、お嬢さん……生徒さん?」
「はい、本校の文化祭実行委員です」
「……デキる子ってやつだ」
 スタッフが感嘆混じりにつぶやき、百合香は微笑んだまま手際よく指示を出し始める。真緒と亮汰も遅れて到着し、台車の荷降ろしに加わった。
「まさか午後になって追加設営があるとはな……はは……」
 亮汰が苦笑交じりに呟くと、真緒が頷いた。
「百合香、昨日からほとんど寝てないらしいよ。停電トラブルのフォローの裏で、こっそり準備してたんだって」
「……マジか。そこまで考えて動ける人間がいるとは思わなかった」
 言葉に込めたのは、驚きと、そして敬意だった。
 一方その頃、校内放送室では遥輝と希が構内アナウンスの原稿を整えていた。
「これが今日のフィナーレになる。点灯開始のカウントダウン、君に読んでほしい」
「……私が?」
 希はやや驚きながらも台本を受け取った。そこには、手書きのメモが貼られていた。
『未来を灯す光』
 みんなで空に願いを送ろう。
「……いいタイトルだね」
 希が小さく笑った。
「百合香が考えた。『中止じゃなく、代替って言葉が似合う夜にしたい』って」
「……あいつ、本当にすごいな」
 希の言葉に、遥輝は静かに頷いた。
「でも、ここからは俺たちの番だ。このランタン点灯を、最高の瞬間に仕上げよう」
 ふと窓の外を見ると、さっきまでうっすら広がっていた雲が、少しずつ晴れていくのが見えた。
 午後四時、準備は着々と進みつつあった。生徒たちは最後の催しを終え、ランタン点灯に向けて屋外に集まり始めている。
 その中心にいる百合香は、無線で全体の配置確認を行っていた。ランタンのリリース順、タイミング、合図。誰一人として迷わないよう、手書きの地図と配置表が各班に配られている。
「タイムチェック、Tマイナス五分。全班準備完了です」
 無線の返答に、百合香は短く「了解」と返す。
 その姿を見ていた真緒は、口元に笑みを浮かべてぽつりとつぶやいた。
「百合香、ほんとにいい顔してる。やりたいこと、全部やれてるんだね」
「……ああ。あいつ、本気なんだよ。たぶん、俺よりもずっと」
 隣で呟いた亮汰の声には、悔しさと、認めたくない自分の姿が滲んでいた。
 真緒は少し間を置き、ふっと笑って彼の肩を軽く叩いた。
「じゃあ、見届けよう。君の“後輩”が、空にどんな未来を描くのか」



 午後五時五十五分。
  夕暮れが静かに校舎を包み込み始める。西空に沈む陽が、雲の切れ間から射してランタンの白布を仄かに照らした。
 遥輝の合図で、構内放送が流れる。
『皆さん、本日は文化祭へのご参加、ありがとうございました。これより、本校文化祭のフィナーレとして――“スカイランタン点灯”を行います』
 音楽が流れ出すと、緊張の面持ちだった生徒たちが、少しずつ視線を空へと向けていく。
 希の声が続く。
『テーマは、“未来を灯す光”。
  失われた時間を、決して無駄にしないように――今この瞬間、あなたの願いを、空へ。』
 放送室のスイッチが切られ、百合香が無線を握った。
「全班、カウントダウン準備。……五、四、三、二、一――リリース!」
 その瞬間、校庭のあちこちから、無数の光球がふわりと浮かび上がった。
 LEDが内蔵された布製ランタンが、白く、青く、金に、淡く光を揺らしながら、夏の終わりの空に吸い込まれていく。風は穏やか。まるでその時だけ、空気が祝福に変わったかのようだった。
 見上げる生徒たちから、小さなどよめきと、自然な拍手が起こる。
 真緒が思わず息を飲んだ。
「……綺麗」
 志歩は小声で隣にいた優作に問う。
「これ、文化祭実行委員の功績って……後輩たちにも残るよね?」
「ああ。来年以降、“ランタンの伝統”として残る。百合香の提案、正しかったんだよ」
 亮汰が静かに呟いた。
「認めるしかねえよな……俺には、あんな構想も、根回しもできなかった」
 その言葉に、真緒がちらりと微笑んだ。
「大丈夫。亮汰にもできるよ。ちゃんと、自分に向き合えれば、ね」
 その言葉が耳に残る中、百合香はただ、空を見上げていた。ランタンの一つ一つが、まるで彼女の祈りのようだった。
「……ありがとう」
 誰に向けた言葉だったのか、自分でもわからなかった。
 けれど、目の前の夜空がその全てに応えてくれるようで、胸が少しだけ熱くなった。
 フィナーレを見届けた実行委員たちは、手分けして片づけに向かう。
  そして、残された時間は、夜へと続いていく――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

モブの私が理想語ったら主役級な彼が翌日その通りにイメチェンしてきた話……する?

待鳥園子
児童書・童話
ある日。教室の中で、自分の理想の男の子について語った澪。 けど、その篤実に同じクラスの主役級男子鷹羽日向くんが、自分が希望した理想通りにイメチェンをして来た! ……え? どうして。私の話を聞いていた訳ではなくて、偶然だよね? 何もかも、私の勘違いだよね? 信じられないことに鷹羽くんが私に告白してきたんだけど、私たちはすんなり付き合う……なんてこともなく、なんだか良くわからないことになってきて?! 【第2回きずな児童書大賞】で奨励賞受賞出来ました♡ありがとうございます!

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

9日間

柏木みのり
児童書・童話
 サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。  大事なのは最後まで諦めないこと——and take a chance! (also @ なろう)

マジカル・ミッション

碧月あめり
児童書・童話
 小学五年生の涼葉は千年以上も昔からの魔女の血を引く時風家の子孫。現代に万能な魔法を使える者はいないが、その名残で、時風の家に生まれた子どもたちはみんな十一歳になると必ず不思議な能力がひとつ宿る。 どんな能力が宿るかは人によってさまざまで、十一歳になってみなければわからない。 十一歳になった涼葉に宿った能力は、誰かが《落としたもの》の記憶が映像になって見えるというもの。 その能力で、涼葉はメガネで顔を隠した陰キャな転校生・花宮翼が不審な行動をするのを見てしまう。怪しく思った涼葉は、動物に関する能力を持った兄の櫂斗、近くにいるケガ人を察知できるいとこの美空、ウソを見抜くことができるいとこの天とともに花宮を探ることになる。

影隠しの森へ ~あの夏の七日間~

橘 弥久莉
児童書・童話
 小学六年の相羽八尋は自己肯定感ゼロ男子。 幼いころに母親を亡くした心の傷を抱えつつ、 大きな夢を抱いていたが劣等生という引け目 があって前を向けずにいた。 そんなある日、八尋はふとしたきっかけで 入ってはいけないと言われている『影隠しの 森』に足を踏み入れてしまう。そこは夏の間、 奥山から山神様が降りてくるという禁断の森 で、神様のお役目を邪魔すると『影』を取ら れてしまうという恐ろしい言い伝えがあった。  神様も幽霊も信じていない八尋は、軽い気 持ちで禁忌を犯して大事な影を取られてしま う。影、カゲ、かげ――。なくても生きてい けるけど、ないとすごく困るもの。自分の存 在価値すらあやうくなってしまうもの。再び 影隠しの森に向かった八尋は、影を取り戻す ため仲間と奮闘することになって……。  初恋、友情、そしてひと夏の冒険。忘れら れない奇跡の七日間が始まる。※第3回きずな児童書大賞奨励賞受賞作品 ※この物語はフィクションです。作中に登場 する人物、及び団体は実在しません。 ※表紙画像はたろたろ様のフリー画像から お借りしています。

処理中です...