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第23話「百合香プランB」
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文化祭当日、午後三時。青空にうっすらと雲が伸び始めた屋上に、百合香の真剣な声が響いた。
「代替案は、スカイランタンです」
風に揺れる長い髪を後ろに払いながら、百合香は言った。その正面には、腕を組んで立つ亮汰と、少し離れて見守る真緒の姿がある。
「また新しいことを、この土壇場で……」
亮汰は顔をしかめた。
「しかも、それって火気使うんじゃないの? 雨の後にそんなもん飛ばしたら事故るぞ」
「いえ、火は使いません。LED式のスカイランタン。無線連動で一斉に点灯できるタイプを、予備の予算で調達済みです」
「え……? いつの間に?」
「昨日の夜、停電時の備えとして校内照明用に業者からレンタルを打診していた分を、急遽転用しました。保険は委員長承認済み」
百合香は躊躇なく台本のように説明する。その語り口に迷いはなく、むしろ亮汰が追い込まれていく。
真緒が苦笑しながら耳打ちした。
「すごいよね、あの子。言ってること全部正論なんだもん。反論の余地ないよ」
「……でもなあ」
亮汰が苛立ちを抑えきれずに下を向いた。
「俺さ、去年の花火でやらかしたんだよ。手違いでタイミング遅れて、皆に冷たい目で見られて。だから今年こそ花火で挽回したくて、ずっと準備してたのに……」
ぽつりと漏らしたその言葉に、百合香の目がゆっくりと細まった。だが彼女は慰めようとはしなかった。ただ、淡々とこう言った。
「それは、あなたの気持ち。だけど、今年の文化祭は“みんなの祭り”です。成功させるために、自己満足ではなく“安全に喜ばれる方法”を選ぶべきです」
亮汰は顔を上げた。百合香のまなざしは、どこまでもまっすぐだった。
「花火が中止になっても、空に光は灯せます。形は変わっても、想いは届けられる。それが今回の代替案です」
静寂が訪れる。数秒の間のあと、亮汰は息を吐いて空を仰いだ。
「……くそ、ぐうの音も出ねぇな。分かったよ。お前の案、採用しよう」
「ありがとうございます」
百合香は深く頭を下げた。
その背後で真緒がぽつりとつぶやく。
「……こうしてまた一人、百合香信者が増えるわけか」
午後三時二十分。校舎裏の資材搬入口に、白いワゴン車が一台停車した。
「よっ、ランタン搬入でーす!」
明るい声を響かせて現れたのは、百合香が手配した業者のスタッフ。百合香はすでに段取りを済ませており、搬入口で笑顔のまま迎えた。
「ありがとうございます。こちらで荷受けを行います。台車はこちらに」
「助かります~。って、お嬢さん……生徒さん?」
「はい、本校の文化祭実行委員です」
「……デキる子ってやつだ」
スタッフが感嘆混じりにつぶやき、百合香は微笑んだまま手際よく指示を出し始める。真緒と亮汰も遅れて到着し、台車の荷降ろしに加わった。
「まさか午後になって追加設営があるとはな……はは……」
亮汰が苦笑交じりに呟くと、真緒が頷いた。
「百合香、昨日からほとんど寝てないらしいよ。停電トラブルのフォローの裏で、こっそり準備してたんだって」
「……マジか。そこまで考えて動ける人間がいるとは思わなかった」
言葉に込めたのは、驚きと、そして敬意だった。
一方その頃、校内放送室では遥輝と希が構内アナウンスの原稿を整えていた。
「これが今日のフィナーレになる。点灯開始のカウントダウン、君に読んでほしい」
「……私が?」
希はやや驚きながらも台本を受け取った。そこには、手書きのメモが貼られていた。
『未来を灯す光』
みんなで空に願いを送ろう。
「……いいタイトルだね」
希が小さく笑った。
「百合香が考えた。『中止じゃなく、代替って言葉が似合う夜にしたい』って」
「……あいつ、本当にすごいな」
希の言葉に、遥輝は静かに頷いた。
「でも、ここからは俺たちの番だ。このランタン点灯を、最高の瞬間に仕上げよう」
ふと窓の外を見ると、さっきまでうっすら広がっていた雲が、少しずつ晴れていくのが見えた。
午後四時、準備は着々と進みつつあった。生徒たちは最後の催しを終え、ランタン点灯に向けて屋外に集まり始めている。
その中心にいる百合香は、無線で全体の配置確認を行っていた。ランタンのリリース順、タイミング、合図。誰一人として迷わないよう、手書きの地図と配置表が各班に配られている。
「タイムチェック、Tマイナス五分。全班準備完了です」
無線の返答に、百合香は短く「了解」と返す。
その姿を見ていた真緒は、口元に笑みを浮かべてぽつりとつぶやいた。
「百合香、ほんとにいい顔してる。やりたいこと、全部やれてるんだね」
「……ああ。あいつ、本気なんだよ。たぶん、俺よりもずっと」
隣で呟いた亮汰の声には、悔しさと、認めたくない自分の姿が滲んでいた。
真緒は少し間を置き、ふっと笑って彼の肩を軽く叩いた。
「じゃあ、見届けよう。君の“後輩”が、空にどんな未来を描くのか」
午後五時五十五分。
夕暮れが静かに校舎を包み込み始める。西空に沈む陽が、雲の切れ間から射してランタンの白布を仄かに照らした。
遥輝の合図で、構内放送が流れる。
『皆さん、本日は文化祭へのご参加、ありがとうございました。これより、本校文化祭のフィナーレとして――“スカイランタン点灯”を行います』
音楽が流れ出すと、緊張の面持ちだった生徒たちが、少しずつ視線を空へと向けていく。
希の声が続く。
『テーマは、“未来を灯す光”。
失われた時間を、決して無駄にしないように――今この瞬間、あなたの願いを、空へ。』
放送室のスイッチが切られ、百合香が無線を握った。
「全班、カウントダウン準備。……五、四、三、二、一――リリース!」
その瞬間、校庭のあちこちから、無数の光球がふわりと浮かび上がった。
LEDが内蔵された布製ランタンが、白く、青く、金に、淡く光を揺らしながら、夏の終わりの空に吸い込まれていく。風は穏やか。まるでその時だけ、空気が祝福に変わったかのようだった。
見上げる生徒たちから、小さなどよめきと、自然な拍手が起こる。
真緒が思わず息を飲んだ。
「……綺麗」
志歩は小声で隣にいた優作に問う。
「これ、文化祭実行委員の功績って……後輩たちにも残るよね?」
「ああ。来年以降、“ランタンの伝統”として残る。百合香の提案、正しかったんだよ」
亮汰が静かに呟いた。
「認めるしかねえよな……俺には、あんな構想も、根回しもできなかった」
その言葉に、真緒がちらりと微笑んだ。
「大丈夫。亮汰にもできるよ。ちゃんと、自分に向き合えれば、ね」
その言葉が耳に残る中、百合香はただ、空を見上げていた。ランタンの一つ一つが、まるで彼女の祈りのようだった。
「……ありがとう」
誰に向けた言葉だったのか、自分でもわからなかった。
けれど、目の前の夜空がその全てに応えてくれるようで、胸が少しだけ熱くなった。
フィナーレを見届けた実行委員たちは、手分けして片づけに向かう。
そして、残された時間は、夜へと続いていく――。
「代替案は、スカイランタンです」
風に揺れる長い髪を後ろに払いながら、百合香は言った。その正面には、腕を組んで立つ亮汰と、少し離れて見守る真緒の姿がある。
「また新しいことを、この土壇場で……」
亮汰は顔をしかめた。
「しかも、それって火気使うんじゃないの? 雨の後にそんなもん飛ばしたら事故るぞ」
「いえ、火は使いません。LED式のスカイランタン。無線連動で一斉に点灯できるタイプを、予備の予算で調達済みです」
「え……? いつの間に?」
「昨日の夜、停電時の備えとして校内照明用に業者からレンタルを打診していた分を、急遽転用しました。保険は委員長承認済み」
百合香は躊躇なく台本のように説明する。その語り口に迷いはなく、むしろ亮汰が追い込まれていく。
真緒が苦笑しながら耳打ちした。
「すごいよね、あの子。言ってること全部正論なんだもん。反論の余地ないよ」
「……でもなあ」
亮汰が苛立ちを抑えきれずに下を向いた。
「俺さ、去年の花火でやらかしたんだよ。手違いでタイミング遅れて、皆に冷たい目で見られて。だから今年こそ花火で挽回したくて、ずっと準備してたのに……」
ぽつりと漏らしたその言葉に、百合香の目がゆっくりと細まった。だが彼女は慰めようとはしなかった。ただ、淡々とこう言った。
「それは、あなたの気持ち。だけど、今年の文化祭は“みんなの祭り”です。成功させるために、自己満足ではなく“安全に喜ばれる方法”を選ぶべきです」
亮汰は顔を上げた。百合香のまなざしは、どこまでもまっすぐだった。
「花火が中止になっても、空に光は灯せます。形は変わっても、想いは届けられる。それが今回の代替案です」
静寂が訪れる。数秒の間のあと、亮汰は息を吐いて空を仰いだ。
「……くそ、ぐうの音も出ねぇな。分かったよ。お前の案、採用しよう」
「ありがとうございます」
百合香は深く頭を下げた。
その背後で真緒がぽつりとつぶやく。
「……こうしてまた一人、百合香信者が増えるわけか」
午後三時二十分。校舎裏の資材搬入口に、白いワゴン車が一台停車した。
「よっ、ランタン搬入でーす!」
明るい声を響かせて現れたのは、百合香が手配した業者のスタッフ。百合香はすでに段取りを済ませており、搬入口で笑顔のまま迎えた。
「ありがとうございます。こちらで荷受けを行います。台車はこちらに」
「助かります~。って、お嬢さん……生徒さん?」
「はい、本校の文化祭実行委員です」
「……デキる子ってやつだ」
スタッフが感嘆混じりにつぶやき、百合香は微笑んだまま手際よく指示を出し始める。真緒と亮汰も遅れて到着し、台車の荷降ろしに加わった。
「まさか午後になって追加設営があるとはな……はは……」
亮汰が苦笑交じりに呟くと、真緒が頷いた。
「百合香、昨日からほとんど寝てないらしいよ。停電トラブルのフォローの裏で、こっそり準備してたんだって」
「……マジか。そこまで考えて動ける人間がいるとは思わなかった」
言葉に込めたのは、驚きと、そして敬意だった。
一方その頃、校内放送室では遥輝と希が構内アナウンスの原稿を整えていた。
「これが今日のフィナーレになる。点灯開始のカウントダウン、君に読んでほしい」
「……私が?」
希はやや驚きながらも台本を受け取った。そこには、手書きのメモが貼られていた。
『未来を灯す光』
みんなで空に願いを送ろう。
「……いいタイトルだね」
希が小さく笑った。
「百合香が考えた。『中止じゃなく、代替って言葉が似合う夜にしたい』って」
「……あいつ、本当にすごいな」
希の言葉に、遥輝は静かに頷いた。
「でも、ここからは俺たちの番だ。このランタン点灯を、最高の瞬間に仕上げよう」
ふと窓の外を見ると、さっきまでうっすら広がっていた雲が、少しずつ晴れていくのが見えた。
午後四時、準備は着々と進みつつあった。生徒たちは最後の催しを終え、ランタン点灯に向けて屋外に集まり始めている。
その中心にいる百合香は、無線で全体の配置確認を行っていた。ランタンのリリース順、タイミング、合図。誰一人として迷わないよう、手書きの地図と配置表が各班に配られている。
「タイムチェック、Tマイナス五分。全班準備完了です」
無線の返答に、百合香は短く「了解」と返す。
その姿を見ていた真緒は、口元に笑みを浮かべてぽつりとつぶやいた。
「百合香、ほんとにいい顔してる。やりたいこと、全部やれてるんだね」
「……ああ。あいつ、本気なんだよ。たぶん、俺よりもずっと」
隣で呟いた亮汰の声には、悔しさと、認めたくない自分の姿が滲んでいた。
真緒は少し間を置き、ふっと笑って彼の肩を軽く叩いた。
「じゃあ、見届けよう。君の“後輩”が、空にどんな未来を描くのか」
午後五時五十五分。
夕暮れが静かに校舎を包み込み始める。西空に沈む陽が、雲の切れ間から射してランタンの白布を仄かに照らした。
遥輝の合図で、構内放送が流れる。
『皆さん、本日は文化祭へのご参加、ありがとうございました。これより、本校文化祭のフィナーレとして――“スカイランタン点灯”を行います』
音楽が流れ出すと、緊張の面持ちだった生徒たちが、少しずつ視線を空へと向けていく。
希の声が続く。
『テーマは、“未来を灯す光”。
失われた時間を、決して無駄にしないように――今この瞬間、あなたの願いを、空へ。』
放送室のスイッチが切られ、百合香が無線を握った。
「全班、カウントダウン準備。……五、四、三、二、一――リリース!」
その瞬間、校庭のあちこちから、無数の光球がふわりと浮かび上がった。
LEDが内蔵された布製ランタンが、白く、青く、金に、淡く光を揺らしながら、夏の終わりの空に吸い込まれていく。風は穏やか。まるでその時だけ、空気が祝福に変わったかのようだった。
見上げる生徒たちから、小さなどよめきと、自然な拍手が起こる。
真緒が思わず息を飲んだ。
「……綺麗」
志歩は小声で隣にいた優作に問う。
「これ、文化祭実行委員の功績って……後輩たちにも残るよね?」
「ああ。来年以降、“ランタンの伝統”として残る。百合香の提案、正しかったんだよ」
亮汰が静かに呟いた。
「認めるしかねえよな……俺には、あんな構想も、根回しもできなかった」
その言葉に、真緒がちらりと微笑んだ。
「大丈夫。亮汰にもできるよ。ちゃんと、自分に向き合えれば、ね」
その言葉が耳に残る中、百合香はただ、空を見上げていた。ランタンの一つ一つが、まるで彼女の祈りのようだった。
「……ありがとう」
誰に向けた言葉だったのか、自分でもわからなかった。
けれど、目の前の夜空がその全てに応えてくれるようで、胸が少しだけ熱くなった。
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そして、残された時間は、夜へと続いていく――。
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