VRMMO [AnotherWorld]

LostAngel

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第四十五話

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[第四十五話]

 司書のおじさんは俺を連れ立って、二階に上がる階段の方に向かっていく。

 図書館の階段は木製の螺旋階段になっている。

 しかい、床には木の板が隙間なく張られていて、とても地下への通路に続く扉があると思えない。

 そのなにもなさそうなスペースへ足を進めると、司書さんは短い杖を振るって魔法を唱えた。

「『ウッド・コントロール』」

 彼がそう言い放つと、木の板がまるで風に揺られた暖簾みたいに、ぐにゃりと奥側に折り畳まれる。

 もしかして、木属性魔法で木材を操作したのか!

「ここにこんな入り口があること、そして私が木属性魔法を覚えていることは他言無用で頼むよ」

「もちろんです」

 俺は首をぶんぶんと縦に振りながら即答する。

 [AnotherWorld]に木属性の魔法があることは知っていたが、簡単に習得することのできない珍しいものだと聞いている。

 もちろん、おいそれと周囲に言えるはずがない。

「さあ、入って」

「ありがとうございます」

 司書さんが、木の暖簾の奥へと俺を案内する。

 そこは黴臭く、薄暗い石造りの階段だった。

「私が案内できるのはここまでだ。受付業務があるのでね。下で見たことも内緒で」

 唇に人差し指を当てながら、ゆっくりと木の板を閉めるおじさんはやけにダンディに見えた。

 って、なんて気持ち悪いことを解説してるんだ、俺。

 変なことを考えながら階段を降り、地下室の重そうな鉄扉を開けるとそこには…。

「ここに来たということは、『知ってしまった』か、それともゲラルトのお墨付きをもらったか、どっちだ?」

 数々の本棚が並ぶ地下室の床の上に、なんかよく分からないものがいた。

 中心に大きな目を持った球体があり、そこから無数の触手が伸びた面妖な姿。

 触手の一部は球体を支えるのに使われ、また一部は本を掴むのに使われている。

 なんだこの生き物は?本を読んでいるのか?

「黙っていられちゃ分からないから、まずきみの疑問から応えようか。私は”知識の悪魔”。古来から生きる悪魔の一人。そして今は、本を読みながらきみに話しかけている」

「あ、はい、ありがとうございます。水魔法使いのトールっていいます」

「私は名前を聞いているのではない。ここに来た理由だ。『知ってしまった』か、ゲラルトに気に入られたか、どっちだ?」

 変な物体は眼球をぎょろぎょろと動かし、持っている本のページへとしきりに視線を這わせながら質問してきた。

 男性とも女性とも判断しづらい中性的な声が、眼球のある場所から聞こえてくる。

 喉も声帯もないのに、どうやって話しているんだ?

 …まあそれはいいとして、ゲラルトというのは多分司書のおじさんのことだろう。

 が、『知ってしまった』とはなんだ?

 分からないから、ここは素直に聞こう。

「すみません。質問の意図が分かりません。『知ってしまった』というのは、魔界代のことですか?」

「ほお!その名を私に無遠慮に聞くということは、前者だな!」

 前者。

 つまり、『知ってしまった』ということか?

「久しぶりの獲物だな!『サンダー・ランス』!」

「え、ちょ…」

 わけの分からないうちに、おそらく雷属性の魔法を使われた。

 瞬時に俺の全身に雷撃が迸り、死に戻りするのであった。


 ※※※


「は?」

 ゲラルトと呼ばれた司書のおじさんに、あの目玉。

 一体、なんなんだ?本当に意味が分からない。

 ダンディな司書さんが案内した地下室に目玉の化け物がいて、そいつに瞬殺されました。

 は?

 今さっき起きた状況を説明した文章なのに、ラノベのタイトルにもならないレベルの意味不明な言葉の羅列になっている。

「意味不明だが、このまま泣き寝入りする選択肢はないな」

 こうなってしまった以上、俺がやることはただ一つ。

 あの二人(?)への、復讐だ。

「もしもしローズ、今時間あるか?」

「シズクさん、」

 俺は早速、ゲーム内でローズとシズクさんに連絡を取った。

 どちらもログインしていたが、フィールドに出ているため、戻るのに一時間くらいかかるという。

 俺としてもありがたい。今から会うことになっても、この工房の存在を二人に知られるわけにはいかないからな。

「ゆっくり戻ってきてくれていいぞ。二十一時くらいに中央広場でどうだ?」

「よろしくってよ、トール」

「急いでもいませんし大事な用事ではないので、遅れて来て頂いても構いません。二十一時を目安でお願いします」

「トールの頼みを無下にするわけにはいかない。了解した」

 それぞれと少し話し合った結果、中央広場に来てもらうことにした。

 あそこは人が多くて後ろ暗い話はしづらいが、だからこそ待ち合わせに選んだ。

 さあ、復讐を始めよう。 


 ※※※


 一時間後、噴水広場に二人が来てくれた。

 時刻は二十一時ちょうどだ。

「トール、どうしたんですの、こんな時間に」

「明日は学校があるから、早めにログアウトしたい」

「すいません、二人とも。今日は『魔界代っ!!!』…について二人と話したくて」

 夜が更けつつも未だ人通りの多い広場の中心で、俺はわざと『魔界代』と大声で発音する。

 すると予想通り、びっくりした通行人が何人かこちらを見る。

「そんなに大声を出さなくても聞こえてる。…それで、その魔界代っていうのはなに?」

「『魔界代っていうのは、古代よりもさらに昔の時代のことらしいっ!!!』」

「……」

 ばれないようにしているが、大勢の通行人が聞き耳を立てているのが分かる。

 いいぞ。

「トール、周りの人に迷惑ですわよ。どこか別の場所で…」

「それが、ローズ。ローズの奥義にも関係する話なんだ」

「私の?[マカイコウタン]とですか?」

 ローズが窘めようとするが、話題を変えると食いついてくれた。

 この調子だ。

「そう、『詳しくは王立図書館のゲラルトさんっていう司書が知っているみたいだっ!!!』」

「トール、うるさい」

 シズクさんからお叱りがはいるが、どこ吹く風だ。

 一度やると決めたことはやり通す。

「『ゲラルトさんに連れられて、図書館の地下室に行ったんだっ!!!』そこにはなんていうか、目玉の化け物がいた。自らを古来より生きる悪魔と言っていた」

 聴衆の何人かが足を動かす音が聞こえる。

 ぜひ、図書館を訪ねてみてくれ。

「…それが、私の奥義とどう関係してるんですの?」

「ローズの奥義は多分、異次元と交信するものじゃない。指定した空間の一部を、魔界代にタイムスリップさせるものなんじゃないか?」

 奥義に関することが広まるとまずいので、ここはひそひそ声で言う。

 ちなみに、今俺が話した説は推測だ。

 [マカイコウタン]という名前からして、魔界代という時代に関係があると見ていい。

 そして、魔界代は異次元の世界というわけではなく、この[AnotherWorld]の世界における現代よりも前の時間軸に存在していた時代の名前だということも判明している。

 であるならば、[マカイコウタン]は空間の移動ではなく、時間の移動を伴う奥義ではないか。

 という推理だ。確証は全然ない。

「えっ!?…ですわ」

「だからもっと、ローズの奥義について情報が欲しい。後日また話し合おう」

「魔界なのにタイムスリップ。こんがらがってきましたわね…」

 ローズは肩を落とし、言われたことの意味を咀嚼する段階に入った。

 その間に、俺はシズクさんに向き直る。

「次にシズクさんとしたい話なんですが、メカトニカが故障していた理由がわかりました」

「理由?そんなの考えたことなかった。…それはなに、トール?」

「『魔界代の幽霊ですっ!!!』その幽霊がメカトニカを乗っ取ろうとしたため、古代の人が重要なパーツを外すことで、メカトニカを無力化したみたいなんです。『詳しくは、司書のゲラルトさんか地下室の悪魔に聞くといいですよっ!!!』」

「トール、本当に聞こえているから…」

「おねえさ…シズクさん。もう終わりますから、辛抱ですわよ」

 俺はなおも、ところどころを大声にして話を続ける。

 しかし流石に、ローズは俺の意図に気づいたみたいだ。

「『以上ですっ!!!』…すいません、シズクさん。芝居に参加させちゃって」

「どういうこと、トール、ローズ?」

 ここで種明かしだ。

「シズクさん。トールはいわば、二重の演説をしたんですわよ」

「二重の演説?」

「そうです。片方はシズクさんとローズに向けた話を、一方で、広場にいる全員に知ってほしいことを発信してたんです。ちょっと強引だったかもしれないですけど」

『魔界代っ!!!』

『魔界代っていうのは、古代よりもさらに昔の時代のことらしいっ!!!』

『詳しくは王立図書館のゲラルトさんっていう司書が知っているみたいだっ!!!』

『ゲラルトさんに連れられて図書館の地下室に行ったんだっ!!!』

『魔界代の幽霊ですっ!!!』

『詳しくは、司書のゲラルトさんか地下室の悪魔に聞くといいですよっ!!!』

『以上ですっ!!!』

 この七つのメッセージをオーディエンスに聞かせることで、王立図書館のゲラルトさんと地下室の悪魔、それと『魔界代』についての興味を惹かせる。

 あとは噂がどんどん広まり、図書館に野次馬がなだれ込むのを待つだけだ。

 これが、俺の復讐。

 ささやかなことと思うかもしれないが、あの化け物によると、魔界代について『知ってしまった』ことは死に値するものに等しいらしい。

 それなら、もし…。

 もし、ここにいる大勢の王都民たちが『知ってしまった』のなら、どんなにまずいことになるでしょうねえ。

「トール、悪い笑みを浮かべている」

「どす黒い感情があふれていますわ…。いったいなにがあったんでしょう」

 心の中でほくそ笑みながら、俺は二人に別れを告げて、少し早めのログアウトをするのだった。
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