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第二十章 王都の民の憩いの場を造ったよ

第671話 市井からの人材登用を再開したよ

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 マリアさんから持ち掛けられた市井からの文官登用の再開。
 その場に宰相を呼んで相談してみたところ、何か必要な人材があるみたい。

「なに? おいら、何か難題を吹っ掛けたっけ?」

 宰相は難航している課題に新しい人材を充てたいと考えているようだけど。
 おいらには難しいことを指示した覚えが無いんだ。

「先日、陛下から提案のあった地下貯水池の件で御座います。
 あれから直ちに設計と見積もりを指示したのですが…。」

 ああその件なら、おいらは初めから無理筋かと思ってたんだよ。
 だけど、マリアさんから王都の民のためだからと言われて、一応宰相に相談したんだよね。
 無理だと返されるかと思いきや、宰相の方が乗り気になっちゃったの。

 どうやら、何か問題があったようで、宰相は言い難そうに言葉を濁していたよ。

「何が問題だったの?」

「ええ、実は陛下の提案通りの広大な地下貯水池を造ろうと思うと。
 落盤、陥没の恐れあり、中々容易ではない事が分かったのです。
 しかも、粗々とした見積もりでも、銀貨五百万枚程の予算が必要と見込まれまして…。」

 おいら、予算が膨大なものとなってとても無理じゃないかとは予想していたんだけど。
 予算の制約もさることながら、それ以前に技術的な問題があったみたいだね。

「それで、何か良い案を持っている人材を市井から登用しようと言うのだね。」

「はい、今回の地下貯水池の件だけではなく。
 ヒーナルの治世下で停滞していた国土の整備を進めるためにも。
 土木工事に関する卓越した知識を有する者を召し抱えておくのは有益なことでも御座いますし。」

 ヒーナルは私腹を肥やす事のみにご執心で、治水、治山、街道整備といったことに全く手を付けなかったんだ。
 そのため、色々と不都合なことが起こっているみたいなの。
 初めてトアール国からこの王都に来た時に、街道が酷く荒れていることに気付いたものだから。
 定職に就かずブラブラしてる冒険者を中心に仕事を与える目的もあって、即位後すぐに街道整備には着手したけど。
 治水、治山など、まだまだ課題は山積みになっているようだよ。

 そのためにも役立つので、優秀な土木技術者を市井から募集したらどうかと宰相は言ったんだ。

         **********

 そんな訳で…。

『急募! 土木技術者
 大規模地下貯水池の設計が出来る方を探しています。
 応募資格 試練の塔の最終試練を合格していること。
      面接時に試練突破の『証』の提示をお願いします。
      身分、年齢は不問です。
 待  遇 王宮内規定に基づき上級官吏として処遇します。』


 翌日にはこんな募集要項が、王都の各所にある告知板に貼り出されたよ。
 もちろん、試練の塔にも掲示してもらったんだ。

 毎朝恒例のトレント狩りの帰り道、街の人の反応を窺うため広場に立ち寄ると。

「おおっ、久し振りに見たな王宮の登用告知。
 ヒーナルの野郎、王宮に平民は不要だとほざいてたみたいだが。
 やっぱり、マロン様は分かってらっしゃる。」

 告知板を見ていた中年男性がそんな言葉を漏らすと。

「なあ、おっさん。俺、こんな貼り紙初めて見るけど。
 昔は王宮が平民を雇うなんてことをしてたのか。
 王宮ってのは貴族しかいないんじゃないのかよ?」

 その言葉を聞いた二十歳前後らしき青年が尋ねていたの。
 二十歳前後じゃ、ヒーナルが簒奪を行う前のことなんて知らないよね。
 まだ子供だったはずだし、役人募集の告知なんて気に留めるはずもないもの。

「おう、そうだぜ。
 俺が若い頃には、王宮の文官登用が毎年のようにあったんだ。
 あそこに建ってる高い塔があるだろう。
 あれが試練の塔と言って、あそこで三段階の試練を受けるんだ。
 平民からの文官登用には全ての試練を突破していることが条件でな。
 立身出世を夢見るモンは、あそこに籠って試練突破を目指していたもんだぜ。」

 中年男性が、昔を懐かしむように説明していたよ。

「なに、おっさんもその試練ってのに挑んだクチかよ。」

「いや、いや。試練に挑む奴らってのは頭の切れる奴らばかりだぜ。
 俺みてえな、凡庸な人間にはとても挑めるようなもんじゃないよ。」

「なんだ、それ。 試練ってのは頭の良し悪しが試されるものなのか?」

「ああ、それも相当難しいらしいぞ。
 試練の内容ってのは門外不出らしくて、俺も知らねえが。
 塔に籠って何年も文献を読み漁って、ごく一握りの者だけが突破できるらしいぜ。」

「ふーん、でもよ、さっきのおっさんの口振りじゃ。
 もう随分と長いこと平民の登用が無かったんだろう。
 王宮に出仕するって目標も無くて、その試練なんてものに挑んでた奴なんているのか?
 塔に籠って小難しい本を読み漁るなんて、苦行以外の何ものでもないぞ。
 俺だったら、何のご褒美も無しじゃやってられないぜ。」

「馬鹿だな、そんな奴は端から突破できるような試練じゃないんだよ。
 塔の試練を突破できる奴なんて、本の虫と言うか…。
 文官登用なんて関係なく、自分から進んで知識を得ようとするような連中ばかりだぜ。」

 この中年男性、知り合いに試練突破者が居たのか、自分は試練に挑んだことが無い割に詳しいね。
 その話を聞いた青年は苦い顔をして…。

「そんなものか。 少なくとも俺には縁が無いことは分かったぜ。
 このチラシを見て、一旗揚げるチャンスかと思ったが…。
 とても試練を突破できる気はしねえや。
 しかし、急募って…、これから突破しようと思っても間に合わねえじゃん。」

 青年はチラシを見て自分にもチャンスがあるかと思ったみたいだけど。
 中年男性の説明を聞いて無理だと判断したようで、興味を無くした様子で立ち去ったよ。

 まあ確かに、今回の募集は既に試練を突破している人の中から該当する人を探そうって目論見だからね。
 そして市井からの文官登用を再開したことを知らしめること自体も目的の一つだし。
 それによって試練の塔の利用者を増やせれば、その中から埋もれていた逸材を発掘できるかも知れないしね。 
 
 しばらく告知板の前で様子を窺っていたんだけど。
 募集告知に関心を示して見て行く人は結構いたよ。

 前回市井からの文官登用が行われたのは十年以上前だから、塔の試練を知らない人も多い様子だった。
 興味深げに募集告知を見た後、物知りな人から塔の試練のことを聞いて諦める人が多かったの。

 おいらが広場に居た時間はそんなに長く無かったこともあって、文官登用に応募しようと言う声は聞こえなかったよ。

        **********

 適当な人材を発掘するのは中々難しいかなと思いつつ、試練の塔にも様子を見に行くと。

「マロン陛下、さっそく文官登用を再開してくださり感謝致します。
 これを機会に塔の利用者が増えれば嬉しいです。」

 おいらの顔を見るなり、一階の司書をしているピタコ姉さんが声を掛けて来たの。
 そんなピタコ姉さんの後ろの壁には、募集告知がしっかり掲示されてたよ。

「うん、でも…。
 さっき、広場の告知板を見て来たけど…。
 応募しようと言う声は聞こえなかったし。
 この塔の試練に挑もうと言う熱意のある人も見当たらなかったよ。」

 おいらが広場で見てきた様子をピタコ姉さんに伝えると。

「いえ、心配しなくても平気だと思いますよ。
 元々、試練に挑む人は少数なのです。
 最近はそれが少数どころか皆無になっていました。
 ですが、文官登用が再開されたとなれば。
 その少数の人が再び塔に足を運ぶようになるでしょう。」

 ピタコ姉さんは余り落胆した様子は無かったよ。
 試練が難しいと聞いただけで尻込みするような人には、端から期待してないみたいだった。

 すると、三階の司書をしているポアソン姉さんが顔を出して。

「話は聞いてました。
 もし、適当な応募者が居ないようであれば。
 私達にも協力できることはありますよ。。
 塔には試練突破者の名簿と利用者別貸出記録がありますので。
 塔の四階で土木関係の書物を多く利用している方に声を掛けてみます。」

 四階の書物を利用しているということは、最終試練を突破していると言うことだからね。
 その中で、土木関連の書物を多く利用している人なら適当な人はいるかも知れないね。

 それじゃ、ポアソン姉さんの声掛けに期待しましょうか。 
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