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第二十章 王都の民の憩いの場を造ったよ

第672話 ない袖は振れないからね…

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 さて、広場に文官募集の告知を掲示した一月後のこと。

「おい、見ろよ。
 この間告知されてた王宮の人材募集。
 合格者が出ているぜ。
 あれ、本当に平民を登用するつもりがあったんだ。」

 告知板に掲示された合格者発表の貼り紙の前に集まった人から、驚きの声が聞こえたよ。
 どうやら、声の主は文官募集の告知が形ばかりで、王宮が本当に平民を採用するとは思って無かったみたい。

「いや、マロン陛下のことだから本気で言ってると思ってたぜ。
 何せ、陛下の周りには平民から登用した騎士やメイドが沢山いるからな。
 俺としては、塔の試練を突破してた奴が居た方が驚きだぜ。
 平民の登用が無くなってから、十年以上経つからな。
 もう試練を突破してる奴なんて、いないんじゃないかと思ってたよ。」

 この人、試練を突破した人が居なくなっちゃったと言ってた訳じゃないよ。
 過去に試練を突破してた人はもういい歳だろうから、今更役人に転職する人なんていないだろうって。

 すると、一人のおじさんが掲示板を指差して。

「おや、一番上に書かれている名前…。
 聞いたことがあると思ったら、そこの雑貨屋の倅じゃないか。
 二十歳になろうってのに、嫁も貰わず、定職にも就かずで。
 いつも小難しい本ばかり読んでるっていう。」

 どうやら、合格の一人を知っているらしい。
 ちなみに今回採用したのは三人。いずれも試練の塔のポアソン姉さんに勧められて応募して来た人達なんだ。
 おいら、採用には関与してないので、どんな人を採用したのかは知らないけど。
 ポアソン姉さんが勧めた人だけあって中々優秀な人達だったそうで。
 当初一人の採用を考えていたのだけど、宰相が三人とも採用したいと主張したの。
 雇用するための予算には余裕があるらしいので、宰相の意見を承諾しておいたよ。

「俺も聞いたことがあるぜ。
 毎朝、丘の上の塔に入って行っては夕方まで出て来ないって。
 うちのかかあが言ってたぞ。
 あんな所に籠って、一日中何をしているのだろうって。」

 宰相の言葉ではとても優秀な人らしいけど、街では変わり者と噂された人のようだね。
 さっきのおじさんの言葉じゃないけど、王宮が市井からの登用を停止して十年以上になるそうだし。
 告知板の前に集まってる野次馬達の中にも、『塔の試練』を知らない人が多そうだったから。
 試練の塔に籠って書物を読み漁っている人は、奇異に見えるのかも知れないね。

「何だ、何だ、最近の若いもんは知らないのか。
 昔はあの塔の試練を突破するのが、立身出世の近道だったんだぜ。
 ヒーナルのバカ野郎が王になる前は、王宮は毎年平民を登用してたんだ。
 その時、塔の試練を突破していることが応募の条件だったんだよ。
 今回の募集告知でも、ちゃんと書かれていただろうが。 
 今回合格した三人は塔に通って、試練に挑んでたんだろう。」

 少しだけ年嵩のおじさんが、塔の試練について若い人に教えてあげると。

「あの塔って、そんな事をしてたのか。 知らなかったぜ。
 それじゃ、その試練って奴を突破しとけば、誰にでも役人になるチャンスはあるってことか。」

「まあ、今後も市井からの登用が続けばだけどな。
 さっき誰かが言ってたが、マロン様は平民にも分け隔てなく接してくださるから。
 俺も、平民の登用は続くと予想しているがな。」

「そっか、良いことを聞かせてもらったぜ。
 俺も、その塔の試練ってのに挑んでみるよ。
 王宮に採用されれば将来安泰だしな。」

「あっ、こら、ちょっと。」

 若い兄ちゃんは、おじさんの説明を聞くと塔に向かって駆け出したよ。
 おじさん、まだ伝えたいことがあったようで、引き留めたんだけど…。
 制止する声は耳に届かなかったようで、最期まで聞かずに走り去ったの。

「塔の試練を突破できるのは、ほんの一握りだけなのに…。」

 走り去る兄ちゃんを見ながら、物知りなおじさんは呟いていたよ。
 まあ、あんな迂闊な人が試練を突破するのは難しいかも知れないけど。
 今回の文官登用の結果を見て、塔の試練に挑もうとする人が増えるなら目論見通りだね。

      **********

 それから暫くしてピタコ姉さんに話を聞いたところ、試練の塔の利用者は大分増えたらしいの。
 やっぱり、平民から王宮の役人が登用されたと言う情報はインパクトがあったようで。
 後に続けとばかりに、野心溢れる若者が塔に集まって来たんだって。
 塔の管理を任されているミネルバ家の人達は、利用者が増えて大喜びらしい。

 ピタコ姉さんが担当している一階は子供向けの内容の本ばかりが収蔵されているので。
 そこそこ賢い人は、早々に試練を突破して二階へ上がっていくそうだよ。

 そして。

「陛下、先日採用した三人、中々優秀ですぞ。
 地下貯水池の設計が出て来ましたが、どうやら何とかなりそうです。
 陛下のお言葉に従って市井からの登用をした甲斐がありましたぞ。」

 いや、市井からの人材登用を言い出したのは、おいらじゃなくてマリアさんだから…。
 どうやら、登用したばかりの三人が良い案を出してくれたみたいで、宰相はご機嫌だったよ。
 空席や新たに必要な役職が出来たら、これからも市井からの登用を続けたいって言ってた。
 優秀な人材を埋もれさせてしまったら勿体ないってね。

「そう、良かったね。
 じゃあ、地下貯水池の件は任せたよ。」

 何とかなりそうだとの事なので、おいらは宰相に丸投げすることにしたよ。
 元々おいらは無理筋だと思っていたのに、宰相が前向きにやりたいと言い出したことだから。
 下手においらが口を挟むより、宰相に任せてしまった方が良いと思ったんだ。

「まあ、そう仰らずに。少し、相談に乗ってください。
 確かに、設計上は何とかなりそうなのですが…。」

 丸投げしようとしたら、宰相はそんなことを言い出したんだ。
 子供のおいらに相談しても仕方ないだろうに。

「何か問題でもあるの? さっき、何とかなりそうだと言ったじゃない。」

「はい、落盤や、陥没の問題はクリアできそうですので。
 技術的には地下貯水池を造ることが可能だと分かったのですが。
 やはり総工費が銀貨五百万枚ほどになるようでして…。」

 全然ダメじゃん…。やっぱり、予算オーバーなんだね。

「国庫の余剰金から銀貨五百万枚捻出することが難しいってこと?
 ヒーナルや取り潰した貴族から没収した財産じゃ足りなかった?」

「まあ、端的に言えば…。
 街道整備に大分資金を投じているものですから…。」

 歯切れの悪い言葉を返して来た宰相。
 宰相の言うところでは、現状はかなりの資金が国庫に眠っているらしい。
 ただ、おいらが全国の街道整備を最優先に掲げているため、今後の街道整備事業に大部分が持ってかれちゃうんだって。

「それは、街道整備を後回しにして、地下貯水池にお金を回したいってことなの?」

「はあ、そうでなければ。
 やはり、増税を検討して頂くか…。」

「でも、地下貯水池の恩恵を受けるのは王都だけだよね。
 おいらとしては荒廃している辺境の再建が優先だと思うんだ。
 街道整備を停めるくらいなら、地下貯水池なんて要らないと思うけど。」

 王都の人は暮らしに困って無いけど、ヒーナルが無茶苦茶な政をしたせいで辺境部の人の暮らし向きは悪くなっているんだ。
 先ずは流通網を整備して、物の動きを活発にしないと辺境に富が行き渡らないからね。

「そう仰られるな。
 王都の水不足は深刻ですぞ。
 そのせいで、この百年、王都は一向に発展してないのですから。」
 
 宰相は、老齢の自分が子供の時から変り映えしない王都を快く思ってはいないみたい。
 自分が生きている間に少しは発展させたいと思っているのかな。

 おいらは、こじんまりとしてて、落ち着いた佇まいの今の王都が結構好きなんだけど。

 実は、おいらの『積載庫』の中にそのくらいの銀貨はあるんだよね。
 ネーブル姉ちゃんが嫁入りした時に持参した『生命の欠片』とライム姉ちゃんが騎士団の補強のために買い取ってくれた『生命の欠片』。
 その売却代金が手付かずに残っているから。 

 ここはやっぱり、あの人に相談してみようか。 地下貯水池の言い出しっぺだし。
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