精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第6章 王家の森

第134話【閑話】ある老婆の嘆き ③

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 皇太子妃が診療活動を終えてここへやってきた。

 ぞろぞろと子供を七人も従えているではないか。大人は皇太子妃一人しかいない。
 七人の中に私を治療してくれた少女とその隣で別の患者を診ていた少女が混ざっているところを見るとこの子たちみんなが治癒術師だというのかい。
 中には少女というより幼子と言ったほうが良い子供までいる。


 私は最初にここに来た一番の目的であるグラウベのしでかした数々の無礼についての謝罪を済ませた。

 そのうえで、私が素人が見よう見まねで治癒術を使うことの危うさについて説教をするつもりで来たこと、実際に見て清潔な天幕内や患者への気配りなどに感心すると共に治癒術の水準の高さもわかり説教をする気が失せたことを率直に話した。


 そして、 

「でも、ミルト様達が使っている治癒術って、私達が治癒術と呼んでいるものと根本的に違うよね。」 

と直截に尋ねた。


 すると何故か返答は皇太子妃ではなく、私を治療してくれた少女からなされた。

 少女の説明は衝撃的であった、私は今日ここに来てから驚いてばかりいるがこれが今日一番の驚きだった。

 なんと、少女は精霊の力を借りて患者を癒しているというではないか。
 少女がすることは判断して精霊にお願いをする、そして対価に自分のマナを渡す、それだけ。
 しかも、子供には難しいと思われる判断についても精霊の助言がもらえるという。
 そして、精霊は指示された内容を的確にしてくれるという
 何という万能治癒術、もはやイカサマと言ってもいいくらいだ。
 

 精霊という超常的なモノの存在、にわかには信じ難いが、その存在を肯定してしまうと色々と腑に落ちる。

 九歳の子供が患者の症状を見抜き的確に治癒術を使うということより、彼女に憑いた精霊がやってくれると言われた方がよっぽど私には信憑性が感じられるからだ。


 そして、ティターニアと名乗った少女こそが皇太子妃達に精霊の加護をもたらした人物らしい。
 精霊の力について一番詳しいので、何か説明が必要なときはもっぱらティターニアが行っているそうだ。

 一方で、ティターニアから教えてもらった情報では、皇太子妃を含めて今ここにいる娘達しか精霊の力を借りることができないらしい。何か条件があるようだが、それには触れられなかった。

 まあ、目の前の娘達を見れば、最低限『色なし』と呼ばれる形質をしている必要があるのだろうとは推測ができる。それだけではないかもしれないが…。

 皇太子妃は、創世教とは別に国として治癒術師を養成したいという希望を持っているという。
 しかし、治癒術が皇太子妃が使う精霊の力のようにお手軽に使えるようになるものではないことを認識できているのだろうか。

 私がそのことを指摘すると皇太子妃は待ってましたと言わんばかりに私に三冊の本を差し出した。


     **********


 手渡された本を見ると、『初めて学ぶ人体の仕組み』、『初等疫学概論』、『公衆衛生学入門』とある。
 名前からすると初歩の医学書なのであろうか?

 私は子供向けに書かれたと思われる『初めて学ぶ人体の仕組み』という本の中身をパラパラと流し読みした。
 子供向けに易しい言葉を使っていて、挿絵が多用されている。
 これなら子供も興味を持つだろうと思って心臓や肺の説明を流し読みしていた。
 そして数ページ目で思わず絶句してしまった。
 そこには、脳の仕組みとあって、「大脳はものを考えたり決めたりする知的な働きをします。」、「小脳は歩く、走るといった運動を調節する働きをします。」、「脳幹は呼吸など生命活動を調節する働きをします。」と書かれていた。
  そして、リアルな挿絵を挟んで更に細かく分けて説明がされている。

 ちょっと待った、脳の部位ごとの役割なんてわかっていないぞ。

 更に読み進むと免疫細胞なんてものが出てきた。
 未知のものだったが子供向けに書かれていたのでよく理解できた。

 私は、私でさえ知らないことが子供向けに書かれていることに驚いた。
 思わずこの本の出所を聞くと更に驚かされることとなった。

 皇太子妃の返答は、
  
「それは、旧魔導王国の書物です。
 二千年前の魔導王国の言葉で書かれていたもので、翻訳に難儀しました。
 この子の母親が大切に保存していたものを一部譲っていただいたのです。」 

というものだった。
 
 これが二千年前の物だと言うのか、いったい我々のこれまでの研究はなんだったのだ。
 聞けば翻訳が終わっているのはこの三冊だけだが医学書は数百冊あり、現在翻訳中だという。
 私はその本にどれだけ未知の事象が記されているのが、年甲斐もなく好奇心がかきたてられた。

 それにしてもこれだけ貴重な文献を保存していたティターニアの母親って何者なのだ?


 一方で、私も研究者の端くれだ書かれている事を鵜呑みにするわけにはいかない。
 私はこの内容が正しいか検証はできているのかを尋ねると、やはり皇太子妃も頭を悩ませていたらしい。この国の医学は遅れているので検証が困難だったと自嘲気味に言っていた。

 ただ、運よく医学が進んでいるという南の大陸の医者を確保したらしい。
 南の大陸の医学がどのくらい進んでいるかは知らないが、現在の南の大陸の認識と大きな齟齬はないようだ。
 南の大陸の医師は二千年前の魔導王国の知識に興味を持ってしまい翻訳を手伝っているという。私もやりたいぞ。


 皇太子妃のプランでは国による治癒術師の育成はかなり長期計画のようで、その間に医学書の翻訳を進め、併せて南の大陸の医師に検証させるという。
 皇太子妃もまだ二十代なので、そう急いてはいないようだ。
 そういう意味では、まだプランが骨子だけなのはしょうがないだろう。

 でも、私は五十台半ば過ぎ、老い先短いのだ。

 私は思い切って、皇太子妃に協力を申し出た。
 一番の理由は、金儲けのためではなく広く病や怪我で苦しむ民に癒しを施したいという若いときからの信念が捨てられないこと。
 次いで、皇太子妃が譲り受けたという魔導王国の医学書に対する好奇心。


 しかし、もう一つ切実な理由もあるのだ。
 前任のグラウベが信徒を敵に回しすぎたのだ。
 あいつの露骨な拝金主義に嫌気が差した信徒が次々と脱退を申し出ている。それこそ、毎日千人単位で。

 創世教も組織を維持していかねばならない、最低限の金は必要なんだ。
 創世教では毎年一人当たり銀貨数枚を寄進してもらっている、数枚というのは子供と大人で変わるとか色々あるから。
 一万人信徒が減ってみろ、毎年きちんきちんと定期的に入る収入が金貨数百枚減るのだ。
 信徒には何とか思いとどまるように説得しているが、何らかの餌が必要だった。

 それで、揉め事の発端となった治癒術の施術料を減額することにしたんだ。
 そもそも、最低金貨一枚というのは以前から評判が悪かったし、私も高すぎだと思っていた。
 今回、普通の稼ぎの信徒でも支払えるように思い切って十分の一の銀貨十枚まで下げることにした。
 

 銀貨十枚を基本に収支計算したところ、今のように治癒術師を丸抱えにする体制は維持できないことがわかった。
 治癒術の素養が発現するのが早い子で五歳、実際私が五歳だった、それから創世教の施設で預かって二十歳近くまで育成する。中には思うように育たない子もいる。
 多くの子供を長い年月丸抱えにするのは多大な経費がかかるのだ。
 現在の体制を維持するには患者の増加を見込んでも銀貨十枚では少なすぎるのだ。

 しかし、これ以上の金額では今の脱退申し出がある信徒の中心となっている普通の稼ぎの信徒が恩恵を受けられるとは思えない。

 結局、育成する治癒術師を減らして創世教の負担を軽減する。その分を国の育成に頼るしかないのだ。
 そうすると早々に国の方にも体制を整えてもらう必要がある、皇太子妃の言うような悠長な計画では拙いのさ。


    **********


 私はその点も正直に皇太子妃に打ち明けて、協力を申し出た。
 まあ、グラウベがガタガタにしてしまった王都の創世教を立て直してからだから数年後のことになるだろうがね。

 正直なところ、私も最近の創世教の拝金主義にはうんざりしていたんだ。
 私が若い頃はここまで酷くはなかったのだがね。

 今日ここに来て良かった、鬱々とした気分が晴れたよ。
 次の楽しみが決まっていれば、面倒な後始末も苦にならないさ、早く片付けないとね。

 最後のご奉公は若い治癒術師の育成と過去の英知の解明か、楽しみなことだ。
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