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第12章 三度目の夏休み

第293話 船の上で

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 今回、わたしと一緒に旅するのは、ミルトさん、リタさん、リリちゃんの三人とミルトさんの精霊三人娘、ソールさん、フェイさん、アリエルさんの上位精霊六人。
 
 今回、風の上位精霊アリエルさんを連れてきたらテーテュスさんが大喜びだった。これで凪の心配をする必要がなくなったって。失礼な、アリエルさんは船の動力じゃないよ。

 目指すはリリちゃんの生まれ故郷ルーイヒハーフェン、ポルトに一番近い帝国の貿易港らしい。
 一番近いといってもポルトから海路で三十シュタットほど離れているそうだ。

 リリちゃんはスラムから出たことがなかったらしく、自分の住んでいた町の名前を知らなかったの。
 だから、捕縛した二人を締め上げたよ、ようやく聞き出せたのがルーイヒハーフェンという港町。
 奴らの自白が嘘なら行っても無駄足になるので、裏付けを取るのが大変だったよ。
 ポルトへ行って入港記録を確認すると、自白通り奴らがポルトに着いたとする日にルーイヒハーフェンから来た船の名が記されていた。
 幸いなことにその船が帰り荷を仕入れるためポルトに留まっていたので、船のクルーに奴らを乗せてきたという確認を取ることができたの。

 こうして、リリちゃんの故郷はルーイヒハーフェンで間違いなかろうということになった。
 最初、わたしはリリちゃんだけを連れて魔導車で行こうかと思っていたのだけど、ミルトさんが魔導車では目的のモノが乗せられないだろうと言い出した。
 ちょうどその時、テーテュスさんが新造帆船の試験航海を計画しているとの知らせが届いたの。
 これ幸いとミルトさんが、試験航海の目的地をルーイヒハーフェンにして、わたし達を乗せて欲しいとテーテュスさんに頼み込んだの。

 そういうことで、ピオニール号の記念すべき初航海の行き先はルーイヒハーフェンになったの。
 今回はルーイヒハーフェンまで四日で着く予定みたい、だいたい二時間で一シュッタット進むくらい速さだそうだ。
 魔導車と比べ大したことないなと思っていたら、顔に出ていたらしく、これでも従来の王国の船に比べて数段速いとテーテュスさんに怒られてしまった。

 このピオニール号は大陸の沖合いを無寄港でルーイヒハーフェンまで行くが、従来の王国の船にそんな航海能力はなく途中小さな港伝いに進むため十二日くらい掛かるそうだ。
 えらい遅いんだねと思っていたら、これでも近場だからあまり差がつかない方なんだって。
 西大陸と往復すると所要日数に六倍くらいの差が出るらしい。

 テーテュスさんとそんな話をしていると、ミルトさんにこんなふうに注意されてしまった。

「ターニャちゃん、自分が乗っている魔導車を基準に考えたら判断を間違えるわよ。
 従来の船だって馬車に比べたら相当速いのよ、三十シュタットを十二日だったら馬車と比べてどうかはターニャちゃんならすぐ計算できるでしょう。
 それを基準に考えたらピオニール号がどんなに速いかわかるわよ。」

 あっ、そうか。馬車って一日に一シュタットくらいしか進めないんだ。従来の船は三十シュタットを十二日で進むのだから馬車よりも二倍以上速いのか。
 このピオニール号はその船よりも更に三倍以上速いのだから、一般的な移動手段である馬車に比べたらもの凄い速さなんだね。
 ダメだね、ミルトさんの言う通り、判断の基準が一般的なものから大幅に乖離しているみたいだよ。   


    **********


「すごーい、海ってこんなに広かったんだぁ!」

 リリちゃんが船の縁にしがみ付くようにして海を見ている。

「あれ、リリちゃんは船で来たんだよね、海は見ていないの?」

 わたしが尋ねるとリリちゃんの表情が暗くなった、なにか嫌なことを思い出したみたい。

「うん、港からは毎日見ていたけど、お船の上からは今日初めて見た。
 リリ、あのおじさんたちに狭いところに閉じ込められて連れて来られたの。
 お船の中は狭くてすっごく揺れて気持ち悪かった…。
 もうお船は二度と乗らないって思ったの、でもこのお船ってあんまり揺れないんだね。
 お部屋も広くてきれいだし、来た時と全然違う。」

 どうもリリちゃんは密航させられたようで、荷室に荷物と一緒に閉じ込められていたらしい。
 狭くて真っ暗な場所に閉じ込められた上にすごく揺れるので怖かったとこぼしている。
 こんな小さな子になんてことをするんだ、本当にあいつらロクでもないな…。

「そういえばこの船本当に揺れないわね。船ってかなり揺れるものだと聞いていたのだけど。
 昨年、ポルトでレコンキスタ号に試乗したときはもう少し揺れたわよね。
 もしかして、テーテュス様が気を利かせてくださっているのかしら?」

 リリちゃんの話しを聞いていたミルトさんがテーテュスさんに尋ねた。

「まさか、私がそんな事までするわけなかろう。
 そんな事をすればクルー達の操船技術が向上しないじゃないか。
 これは、クルー達の操船が巧いのと、この船の安定性が良いからだよ。
 なによりも、今日は海が静かだ、少し時化れば結構揺れるぞ。」

 何でも精霊の力に頼ったら人の技術が向上しないからダメだとテーテュスさんは言う。


     *********


 テーテュスさんに時化れば結構揺れると脅されたが、幸いにして海が時化ることはなかった。
 また、逆にべた凪で船が進まなくなることもなく、ピオニール号の初航海は天候に恵まれて極めて順調に進んだ。

 そして、変わり映えのしない海の景色に飽きはじめた四日目の夕方、大陸から距離をとって航海していたピオニール号は進路を少し変えて大陸に近付いて行った。
 やがて、大陸がはっきりと視認できる距離まで近付くと、ポルトよりかなり小ぶりな港町が見えてきた。テーテュスさんの説明ではあの町が今回の目的地ルーイヒハーフェンらしい。

「リリちゃん、あれがリリちゃんの住んでいた町じゃないかと思うのだけど、見覚えはあるかな?」

 わたしがリリちゃんに尋ねるとリリちゃんはジッと町を見つめている。
 やっぱり、スラムから出たことがないんじゃ、外から町を見たことはないか。
 わたしがそう思っていたとき、リリちゃんは何か見覚えがあったようで、それを指差して言った。

「あっ、あれ知っている。
 あの海に飛び出しているの、灯台っていうの。
 よくお兄ちゃんがあそこにお魚を獲りに連れて行ってくれたの。
 うん、あそこは何度も行ったから覚えている、間違いないよ。」

 あの灯台のたもとは魚がたくさん獲れるらしくスラムの子供達が食糧確保に良く行ったそうだ。
 どうやら、リリちゃんの故郷はルーイヒハーフェンで間違いないみたいだね。
 それじゃあ、乗り込みましょうか。
 








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