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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない
第416話 廃村を見に行ってみた
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ハイジさんが行ってみようと言ったので、わたし達はマルクさんの村の跡を見に行くことになった。
同行するのは案内役のマルクさんと村で大工仕事をしていたおじさん一人。
無駄な時間は掛けたくないので、さっそくハンデルスハーフェンの町を出て廃村に向かうことになった。
町を出て街道を東に進む、ヤスミンちゃんの村を過ぎて間もなく街道から南に分岐する道(?)があったの。
「これ、道ですか?」
思わず聞いちゃったよ…。
人の往来がなくなって久しいのだろう、かつて道だったモノは周囲の荒地と同化している。
よく注意して見ると、平坦にならされたまっすぐな帯状の土地が続いていてかろうじて道かなと思える状態なの。
「へえ、おらが村はこの道のどん詰まりにあったんでごぜえます。
昔は、この道を小麦をつめた麻袋を満載した荷馬車で通ったもんです。」
どうやら、この道はマルクさんの村で行き止まりで他の町や村に通じていないらしい。
マルクさんの村が廃村になると共にこの道も利用されなくなったのだね。
で、この位置なんだけど…、なんか、オチが見えたような気がする…。
マルクさんの案内に従い路面の新た道をいつもの半分以下の速度で三十分ほど魔導車を走らせた。
街道から分岐して二ドルフ程の場所にかつてのマルクさんの村の跡があったの。
「川が流れている……。一滴の水もなくなった川が……。」
水を湛えてゆっくりと目の前を流れる灌漑用水を見てマルクさんが声を失った。
他方、ハイジさんやヤスミンちゃんも薄々気が付いていたみたい。
わたし同様、『やっぱり』という表情をしている。
これ、ヤスミンちゃんの村の池から流れ出す灌漑用水だよね。
やっぱり下流にもこの用水を利用する村があったんだ……。
街道から南に分岐する場所がヤスミンちゃんの村に近いと思ったんだよね。
あの時点で、この灌漑用水を利用していたのだろうと予想が付いたの。
どうやら、灌漑の心配は要らないみたい、後は住む場所の確保か。
マルクさんの村に入るとまさにそこには廃村という言葉がピッタリの光景が広がっていた。
総数三十軒くらいだろうか?
朽ち果てて躯体がむき出しになったかつて民家だったもの、それが幾つも建ち並んでいる。
ただ、その中でたった一軒、大分傷んではいるが昔の面影を残す建物があったの。
「おらの屋敷だ、あれなら手入れすればまだ住めるでねえか。
おらの屋敷なら部屋はいっぺぇある、家が再建できるまでおらの屋敷に住めばいい。」
マルクさんはそういうと、元大工の男と屋敷の中に入って行った。
しばらくすると、採光と換気のためだろう、あちこちの窓が開け放たれた。
「おそらくマルクさんの家系も帝国に併合される前は郷士の家柄だったのでしょう。
普通の村長の屋敷にしては立派過ぎますもの。」
「はい、造りがうちの屋敷と似ていますので、おそらくそうかと。」
ハイジさんの言葉にヤスミンさんが相槌を入れている。
とりあえず、灌漑用の水と住む場所が確保できれば農地を再生することは何とかなるかな。
ただ、問題は別のところにあるような気がする……。
屋敷の外で待つことしばし、マルクさんと元大工の人が屋敷から出てきた。
「屋敷の中を見てもらいやしたが、何とかなるだろうって言ってやす。
屋根が落ちていなかったで、屋敷の中は土ぼこりが凄かったども、住むのはできそうだって。」
マルクさんの話では家族用の寝室が五つ、客室が十二室、使用人部屋が五つあるそうだ。
その他にもリビングを雑魚寝に使っても良いと言っている。
今、消息が分かっている元村民は百二十名ほど。
その殆んどが生活に窮していて、マルクさんが声を掛ければ村に戻ってくれると言っている。
そう、じゃあ、問題は法的な部分だけだね。
「ハイジさん、マルクさん達なんだけど帰ってきて大丈夫なの?
法的にはマルクさん達って罪人になるんじゃいの?」
そう、わたしが危惧したのは、帝国では農民が農地を捨てて逃げるのは犯罪なの。
なんと言っても、納税の義務を履行しないのだから。
でも、実際には農民の逃亡が罪に問われることは殆んどない。
普通は一度逃げ出してしまえば行方が分からなくなり、捕捉不可能だから。
しかし、戻ってきたとなれば話は別だ。
お役人がやってきて、少なくとも村長は捕縛され重い刑が科されるだろう。
村民も、今まで滞納していた税の他、罰則金を支払うことになると思う。
そんなことになったら多分村民の生活は破綻してしまう。
それともう一つ、水利権の問題だ。
ヤスミンちゃんの村で使いきれなかった水を下流のこの村が使うことは全く問題ない。
問題は、水量が減った時に、ヤスミンちゃんのと村と騒動が起こる恐れがあること。
用水の流量が減った時、ヤスミンちゃんの村が普通に使用しているだけで、下流の村は水不足になるとことがあるから。
流量の減少は、昔から上流の村と下流の村でいがみ合いの原因であり、時として死者が出るほどの衝突になることがあると聞いたことがあるの。
元々この灌漑用水の水源である池はヤスミンちゃんの先祖が大事に守ってきた水源でもあり、上流に位置するヤスミンちゃんの村に優先権があるのは明らかに思える。
マルクさんはそれを承知しているのだろうか?
わたしはその辺をハイジさんに尋ねてみた。
「ええ、ターニャちゃんの言う通り、マルクさんがここに戻ってきたことが領主に知れたら問題になると思います。
あの欲深で小悪党のハンデルスハーフェンの領主が見逃す訳ないですもの。
そこで、私に一つ提案があります。
この提案に従ってもらえば、水利権の問題も解決します。」
「へえ、提案でごぜえますか、それはどういったもので?
たしかに、おらが若い頃、川の水が枯れてきたときにゃ、上流の村に文句を言いに行って喧嘩になることはしょっちゅうでした。
水で揉めなくなるのなら、それは有り難いことですが。」
マルクさんにも促されてハイジさんは自分のプランを示したのだけど……。
正直、わたしには微妙なプランに思えたの。
あの強欲で小悪党の領主が自分が損をする話に乗ってくるのだろうか疑問を感じたから。
一方で、マルクさんも微妙な顔をしている。
こちらは、わたしと違う点で微妙なのだと思う。
ハイジさんのプランに従うと、この村を再興した時の自分の立ち位置がかつてよりも低くなるのだから。
「私の案を飲んでいただければ、村長を始めこの村の人々が村を捨てて逃げたことを誰も罪には問えなくなります。
水の問題もなくなるでしょう。」
マルクさんは一度村を捨てた負い目もあるのだろう、ハイジさんの提案に渋々従っていたの。
マルクさんの承諾を取り付けたハイジさんの号令でわたし達はハンデルスハーフェンの町にとんぼ返りすることになった、あの小悪党の領主に面談するために。
本当に上手くいくのかな……。
*二ドルフ=約10キロメートル
同行するのは案内役のマルクさんと村で大工仕事をしていたおじさん一人。
無駄な時間は掛けたくないので、さっそくハンデルスハーフェンの町を出て廃村に向かうことになった。
町を出て街道を東に進む、ヤスミンちゃんの村を過ぎて間もなく街道から南に分岐する道(?)があったの。
「これ、道ですか?」
思わず聞いちゃったよ…。
人の往来がなくなって久しいのだろう、かつて道だったモノは周囲の荒地と同化している。
よく注意して見ると、平坦にならされたまっすぐな帯状の土地が続いていてかろうじて道かなと思える状態なの。
「へえ、おらが村はこの道のどん詰まりにあったんでごぜえます。
昔は、この道を小麦をつめた麻袋を満載した荷馬車で通ったもんです。」
どうやら、この道はマルクさんの村で行き止まりで他の町や村に通じていないらしい。
マルクさんの村が廃村になると共にこの道も利用されなくなったのだね。
で、この位置なんだけど…、なんか、オチが見えたような気がする…。
マルクさんの案内に従い路面の新た道をいつもの半分以下の速度で三十分ほど魔導車を走らせた。
街道から分岐して二ドルフ程の場所にかつてのマルクさんの村の跡があったの。
「川が流れている……。一滴の水もなくなった川が……。」
水を湛えてゆっくりと目の前を流れる灌漑用水を見てマルクさんが声を失った。
他方、ハイジさんやヤスミンちゃんも薄々気が付いていたみたい。
わたし同様、『やっぱり』という表情をしている。
これ、ヤスミンちゃんの村の池から流れ出す灌漑用水だよね。
やっぱり下流にもこの用水を利用する村があったんだ……。
街道から南に分岐する場所がヤスミンちゃんの村に近いと思ったんだよね。
あの時点で、この灌漑用水を利用していたのだろうと予想が付いたの。
どうやら、灌漑の心配は要らないみたい、後は住む場所の確保か。
マルクさんの村に入るとまさにそこには廃村という言葉がピッタリの光景が広がっていた。
総数三十軒くらいだろうか?
朽ち果てて躯体がむき出しになったかつて民家だったもの、それが幾つも建ち並んでいる。
ただ、その中でたった一軒、大分傷んではいるが昔の面影を残す建物があったの。
「おらの屋敷だ、あれなら手入れすればまだ住めるでねえか。
おらの屋敷なら部屋はいっぺぇある、家が再建できるまでおらの屋敷に住めばいい。」
マルクさんはそういうと、元大工の男と屋敷の中に入って行った。
しばらくすると、採光と換気のためだろう、あちこちの窓が開け放たれた。
「おそらくマルクさんの家系も帝国に併合される前は郷士の家柄だったのでしょう。
普通の村長の屋敷にしては立派過ぎますもの。」
「はい、造りがうちの屋敷と似ていますので、おそらくそうかと。」
ハイジさんの言葉にヤスミンさんが相槌を入れている。
とりあえず、灌漑用の水と住む場所が確保できれば農地を再生することは何とかなるかな。
ただ、問題は別のところにあるような気がする……。
屋敷の外で待つことしばし、マルクさんと元大工の人が屋敷から出てきた。
「屋敷の中を見てもらいやしたが、何とかなるだろうって言ってやす。
屋根が落ちていなかったで、屋敷の中は土ぼこりが凄かったども、住むのはできそうだって。」
マルクさんの話では家族用の寝室が五つ、客室が十二室、使用人部屋が五つあるそうだ。
その他にもリビングを雑魚寝に使っても良いと言っている。
今、消息が分かっている元村民は百二十名ほど。
その殆んどが生活に窮していて、マルクさんが声を掛ければ村に戻ってくれると言っている。
そう、じゃあ、問題は法的な部分だけだね。
「ハイジさん、マルクさん達なんだけど帰ってきて大丈夫なの?
法的にはマルクさん達って罪人になるんじゃいの?」
そう、わたしが危惧したのは、帝国では農民が農地を捨てて逃げるのは犯罪なの。
なんと言っても、納税の義務を履行しないのだから。
でも、実際には農民の逃亡が罪に問われることは殆んどない。
普通は一度逃げ出してしまえば行方が分からなくなり、捕捉不可能だから。
しかし、戻ってきたとなれば話は別だ。
お役人がやってきて、少なくとも村長は捕縛され重い刑が科されるだろう。
村民も、今まで滞納していた税の他、罰則金を支払うことになると思う。
そんなことになったら多分村民の生活は破綻してしまう。
それともう一つ、水利権の問題だ。
ヤスミンちゃんの村で使いきれなかった水を下流のこの村が使うことは全く問題ない。
問題は、水量が減った時に、ヤスミンちゃんのと村と騒動が起こる恐れがあること。
用水の流量が減った時、ヤスミンちゃんの村が普通に使用しているだけで、下流の村は水不足になるとことがあるから。
流量の減少は、昔から上流の村と下流の村でいがみ合いの原因であり、時として死者が出るほどの衝突になることがあると聞いたことがあるの。
元々この灌漑用水の水源である池はヤスミンちゃんの先祖が大事に守ってきた水源でもあり、上流に位置するヤスミンちゃんの村に優先権があるのは明らかに思える。
マルクさんはそれを承知しているのだろうか?
わたしはその辺をハイジさんに尋ねてみた。
「ええ、ターニャちゃんの言う通り、マルクさんがここに戻ってきたことが領主に知れたら問題になると思います。
あの欲深で小悪党のハンデルスハーフェンの領主が見逃す訳ないですもの。
そこで、私に一つ提案があります。
この提案に従ってもらえば、水利権の問題も解決します。」
「へえ、提案でごぜえますか、それはどういったもので?
たしかに、おらが若い頃、川の水が枯れてきたときにゃ、上流の村に文句を言いに行って喧嘩になることはしょっちゅうでした。
水で揉めなくなるのなら、それは有り難いことですが。」
マルクさんにも促されてハイジさんは自分のプランを示したのだけど……。
正直、わたしには微妙なプランに思えたの。
あの強欲で小悪党の領主が自分が損をする話に乗ってくるのだろうか疑問を感じたから。
一方で、マルクさんも微妙な顔をしている。
こちらは、わたしと違う点で微妙なのだと思う。
ハイジさんのプランに従うと、この村を再興した時の自分の立ち位置がかつてよりも低くなるのだから。
「私の案を飲んでいただければ、村長を始めこの村の人々が村を捨てて逃げたことを誰も罪には問えなくなります。
水の問題もなくなるでしょう。」
マルクさんは一度村を捨てた負い目もあるのだろう、ハイジさんの提案に渋々従っていたの。
マルクさんの承諾を取り付けたハイジさんの号令でわたし達はハンデルスハーフェンの町にとんぼ返りすることになった、あの小悪党の領主に面談するために。
本当に上手くいくのかな……。
*二ドルフ=約10キロメートル
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