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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第453話 呆れた魔導王国滅亡の真相、バッカじゃないの…

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「何だ、小娘、わが一族を侮辱すると言うのか。」

 教皇は声を荒げるが、そのくらいで怯みはしないよ。

「裏切り者を、裏切り者と罵って何が悪いのよ。
 国民を実験動物のように扱って、多くの命を奪って国を滅亡させた。
 ただ、自分の願望を実現させるためだけにね。
 これが、国に対する裏切り行為でなくてなんなのよ。
 まさか、魔晶石精製工場の事故が、初代教皇が人為的に起こしたものとは思わなかったわ。」

 そう、瘴気の森ができる切欠となった高濃度の瘴気汚染。
 その原因は魔晶石の精製工場の事故だと聞いていた、限界を超える大きな魔晶石を作ろうと試みて失敗したと。

 たくさんの物資や人を乗せて大空を飛ぶ魔導具、その積載量と航続距離を伸ばすため。
 魔導王国の王都全体を夜でも昼のように明るく照らす野外照明網を築くため。

 大容量で高出力の魔晶石の必要性が生じたのは確かだったみたい。
 その魔晶石を作る過程で事故が起こり、高濃度の瘴気汚染が起こったのも事実だったの。

 聞いていた話と違ったのは、その事故が『黒の使徒』の教祖、いやスタインベルグ領主によって意図的に起こされた事件だったと言うこと。衝撃の事実その一がこれなんだ。

 正確な資料が残されていないので分からないけど、何十万人もの命が一夜のうちに失われた大災害がまさか一人の男によって引き起こされていたなんて。


     **********


 そもそも、リタさんの仮説にあったスタインベルグ領主が魔導王国の分家王家だったというのが間違い。

 魔導王国が滅亡した時のスタインベルグ領主は、ゼンターレスリニアール家の本流も本流。
 だって、前王だったのだもの。

 この人、魔導王国が滅びる直前に、王位を分家の当主に譲ったらしい。
 以前、リタさんが言っていたが、魔導王国は王位を巡って骨肉の争いが絶えなかった。
  
 皇太子であったこの人は、王であった父親の早世で若くして王に即位したらしい。
 王継承権一位だったこの人は、幼少の頃から分家の当主に命を狙われていたそうだ。
 しかも、若くして王になったため侮られたのか王位に就いた後もしつこく狙われたみたい。

 話が飛ぶようだけど、この人の時代、進化論というものが流行っていたという。
 よく分からないのだけど、生命の進化に方向性があるかどうかが物議を醸していたそうだ。
 そして、この人も皇太子時代に進化論に惹かれた一人だったみたい。

 当時優勢だったのが、進化には方向性はなく、単にその生命がおかれている環境に適応したものが生き残るという自然淘汰に基づく考えだったの。

 ただ、単に適応したものというだけでは進化とはいえない、獲得した形質が子孫へと受け継がれないといけない。
 生命には常に突然変異が生じており、その中で偶々環境に適応したもの、更にその中でその環境に適応した形質が偶々子孫に受け継がれるのが進化という現象だという考え方が主流だったそうなの。

 そして、この人は思った、環境に適応した個体を人為的に作れないかと。
 この人は幼少の頃、息をするように自然に術を使って田畑を耕し、作物を成長させる精霊使いを目にしたことがあるそうだ。

 その時思ったらしい、「何で、この女はこんな素晴らしい力を土臭いことに使っているのだ」と。
 風が操れるのなら敵軍の中で竜巻を起こしてやればよい、火が操れるのなら敵軍を焼き払ってやればよい、この力は戦の中でこそ輝く力ではないかと。

 同時に周囲から精霊使いは人を傷つける行為には絶対に力を貸さないとも聞いていたらしい。
 従来、魔導王国の為政者は精霊の術を道具に置き換えられないかを探求し、魔導具を開発、これによって国を栄えさせてきたの。

 でも、進化論に被れていたこの人はチョッと違ったの。

 『力を貸してくれないのなら、創ってしまえば良い。』

 そう考えたこの人の行動力は凄かった。

 繁殖力が異常に強いという畑ネズミを大量に捕まえてきて、魔晶石の精製工場の隣に実験施設を造ったの。
 そこで、大量の畑ネズミに対し高濃度の瘴気、当時の人は魔素と呼んでいたみたい、による曝露実験を繰り返したそうだ。
 高濃度の瘴気に生き残った個体同士を掛け合わせて、何世代も、何世代も。
 あっ、畑ネズミって繁殖力が強いので何世代と言ってもそんな長い期間ではないみたい。

 そして、数年後、この人は小躍りした。
 火を吹く畑ネズミが誕生したの、この人はそれを火吹きネズミと呼んでいる。まんまだね…。

 でも、この人はここで満足はしない。
 はた迷惑なことに、火吹きネズミを野に放したの。
 目的は自然環境の中で、普通の畑ネズミと交雑して、獲得形質を遺伝させることが可能か否かを検証するため。
 
 更に数年後、王都近郊農村では農作業中に火傷を負う農民や野外で遊んでいて大火傷をする子供が相次ぎ、役場は火吹きネズミの駆除に翻弄されることになった。

 この人はこの様子を見て大変満足したそうだ。何と迷惑な…、人としてどうかと思うよ…。
 この人はこの時確信したと言う。


 『高濃度の魔素に人を晒せば、魔素の適応して精霊使いのように魔素を操れる人を創れる。』

 …と。

 時折りしも、魔導航空機や屋外照明網に使うための大容量高出力の魔晶石の精製施設が完成間際となっていたそうなの。
 そして、身近には命をつけ狙う分家の者がうろついている。

 この人は考えたという。

 『ちょうど良い、王都の住民を実験台にして、ついでに目障りな分家の奴らを葬ってやろう』と。

 思い立ったら吉日ではないが、この人は速やかに王位を分家の当主に譲り、自分は瘴気災害が起こっても絶対に大丈夫と考えられるスタインベルグに移り住んだらしい。
 この人は姑息にも、王位を譲ると言いながら国璽と王冠を渡さなかったらしい。
 こっそりと精巧なニセモノとすり替えたみたい、多分本物は今でもこの建物にあるのだと思う。

 その頃、この人には三人だけ気の許せる肉親がいた。
 それは、妾腹の弟三人で、妃にもなれない妾の子であったため王位継承権がなかったらしい。
 継承権争いに関係ないため気安く接することが出来き、幼少の頃からよく懐いていたそうだ。

 この人はこの三人にこっそり王位継承権を与え、西部の辺境に与えた領地に移住させた。
 港町に近い場所に領地を与え、もしもの時は西の大陸に渡るようにと多額の資金と船を用意したと手記には記されていた。
 この三人が、現在の西大陸の三王国の始祖になるんだね。

 そして、この人が王都を去りスタインベルグに向かうその前日、完成間近の魔晶石精製設備に致命的な細工を施したそうだ。
 外からでは細工したか否かが判別が出来ないほど僅かな細工、しかし、確実に事故に繋がる細工を。

 この人がスタイベルク領主に就任して数ヵ月後、魔晶石精製設備は完成し、計画通りに事故を起こしたそうだ。当時数十万人と伝えられている王都の住民を犠牲にして…。

 自分の願望を実現するために、何十万もの命を奪うなんて狂気の沙汰だ。
 国民に対する裏切り行為の何物でもないとわたしは思うのだけど、違うかな。


    ***********


 わたしが裏切り者と罵った根拠をあげると、教皇は悪びれずに答えた。

「それの何が悪いと言うのだ、民草の生殺与奪の権利は王にあるのだ。
 そんなことは、まったく問題にはならんのだよ。
 もっとも、儂もご先祖様の振る舞いは過ちだとは思うがな。」

 教皇は魔導王国を滅亡させた先祖の行為を過ちだとして、耳を疑うようなことを言ったの。

「自分の願望のために栄華を極めた魔導王国の富をふいにするとは本当に愚かだよ。
 人体実験をしたいのであれば千人でも万人でも民草を捕まえてきて実験施設ですれば良かったのだ、畑ネズミでやったように。
 分家の者など、真っ先に実験台にしてやればよかろうに。」

 何という、身勝手な事を言うのだろう……。
 教皇が過ちだと言うのは、築き上げた財産を棒に振ったことについてだった。
 人の命を奪うことなどまったく気にしないような言い方、この一族は何処まで傲慢なのだろう。
 
 わたしは言いようのない怒りがふつふつと沸き立ってきたが、ぐっと抑えたの。
 まだだ、もう一つ聞いておかないといけないことがあるのだから。



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