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最終章 それぞれの旅路

第477話 本当はもっと過酷なはずですが…

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 四の月上旬、私達はポルト港を後にしました。
 コルテス王国の王都マゼランまでは約二ヶ月の航海を見込んでいます。

 スケジュールとしては六の月上旬に到着し、その月いっぱい交渉に臨むつもりです。
 そして、七の月の初めにマゼランを離れ年内にポルトへ帰還する予定となっています。

 片道二ヵ月を見込んでいますが、これはテーテュスさんが毎回の航海の所用期間だそうです。
 ちなみに、捕虜としたコルテス王国の者からの聴取では一番最近侵攻してきた者達でも半年は要しているようです。

 コルテス王国の艦隊の半分の期間で到着しようというのです、私には無謀に思えるのですが…。

 ポルト港を出て南に進むに従いどんどん気温が上がります。
 まだ四の月だというのに真夏のような暑さになってきました。
 私達が過ごすキャビンの中は空調の魔導具が効いており快適そのものです。
 しかし、操船する船乗りさんは暑い中での作業で大変そうです。

 すると…。

「みなさん、暑い中の作業、ご苦労様です。
 手の空いた方から、これを飲んで一休みしてください。」

 ミーナちゃんが何かを船乗りさん達に配って歩いたのです。
 どうやら持参した柑橘を絞りそこに少量の塩を加えて、精霊の術で作った冷水で希釈した飲み物のようです。

「おお、冷てえ!美味いな、これは。」

 船乗りさん達は手渡されたそれを飲んで、その美味しさに驚いています。

 ミーナちゃんは乗船する時に柑橘が詰まった大量の木箱を船に持ち込んでいました。
 何に使うのかと思ったら、こんなことに使ったのですね。

 ミーナちゃんの話では炎天下で作業を行うと発汗により脱水症状を引き起こすそうです。
 そのため、こまめな水分補給が必要になるのですが、その際に発汗で失った塩分を補う方が効果的だというのです。
 ただ、塩水は飲み難いし、余計にのどが渇いた気分になります。
 そのため、柑橘の果汁と混ぜるのだそうです。

 柑橘の持つ甘みと酸味は、薄い塩水を飲み易くするだけでなく、体力回復の効果もあるそうです。
 ミーナちゃんは南大陸へ行くと聞いたときから、炎天下で作業する船乗りの健康管理を考えていたそうです。
 もちろん、艦隊全ての船に柑橘は持ち込まれ、ミーナちゃんから厨房の者に飲み物を配るように指示は出されていました。

 ただ、精霊の術が使える者のいない軍艦の船乗りたちは給水の魔導具で作られた生温い果実水を飲むことになったのです。
 冷水が作れるのは私とミーナちゃん、それに水の精霊の皆さんだけですから。

 それだけではありません、高温対策にテーテュスさんが航海に支障が出ない程度の薄い霧を作っています。
 霧状に体に付着した水分は気化する際に体の表面の温度を奪ってくれるそうです。
 非常に涼しく感じるとのことでしたので、私も甲板に出て体験してみました。効果は抜群です。

 そうそう、健康管理と言えば、これもミーナちゃんの指示で甲板に葉物野菜の苗が植えられた木箱が並べれられています。航海に出てから一月後くらいから収穫できるそうです。
 また、ライスシュタットから籾殻を外して精白する前のライスを大量に各艦の食糧倉庫に運び込んでいます。このライスはこのまま精白しないで、パエリアなどの料理に用いるそうです。

 この二つは共に『船乗りの死病』対策に持ち込まれたもので、期待通りの効果が得られれば一人の罹患者も出さずに航海できるとのことです。
 ちなみに、ポルトに辿り着いたコルテス艦隊の乗組員のうち半数以上が『船乗りの死病』に罹患しているそうです。
 なので、ミーナちゃんの試みが成功したなら絶対にコルテス王国の者に知られる訳にはいきません、厳重対外秘ですね。

 こうして、過酷な暑さもなんのその、私達の艦隊は体調を損ねる者を一人も出すことなく航海を進めたのです。


     ***********


 そして、茹だるような暑さの中、艦隊が赤道付近に到達した時のことです。
 風が止んだのです、完全な無風状態になりました。

 テーテュスさんの説明ではここが難所の一つだそうです。
 無風状態は帆船の敵です、動力が失われるのですから。
 多くの船がここで長期間の足止めをくらい、結果として『船乗りの死病』を患う切欠となるそうです。

「おおい、ターニャ!チョッと手伝ってもらえるか?」

 テーテュスさんがターニャちゃんに声をかけると、ターニャちゃんとは事前に打ち合わせ済みのようで…。

「わかった、あれだね。じゃあ、ちょっちょっとやってくるよ。」

 そう答えると空に舞い上がったのです。 

 無風状態の海を私達の艦隊は悠々と船足を落とさずに進んでいきます。
 テーテュスさんが大洋の海流に影響を与えない程度に海の表層に潮流を作りにその上を進んでいるのです。
 テーテュスさんはいつもこの手段でこの海域を渡ってくるそうです。
 ただ、難点は潮流だけで重い船を動かすと速度が出ないのです。
 補助に精霊が作った風を使うのですが、テーテュスさんは風を操ることが出来ません。
 いつもは風のおチビちゃんが作る弱い風を補助とするため速度はどうしても落ちるそうです。

 今回、この艦隊は一味違います、万能の大精霊ターニャちゃんがいるのですから。
 空からターニャちゃんがいい感じの風を作り出します。
 それを大きな帆に受けて、四十一隻の大型帆船は何事もないかのように順調に進んでいきました。

 結局全く船足は落とさずに僅か十日で凪の海を渡りきりました。
 普通の船では風待ちのため運が良くて二十日、最悪一月近い足止めを食らうそうです。

 凪の海を越えてしばらく行くと今度は逆に酷い時化の海に行き当たります。
 波が荒いだけではなく、潮流が複雑で船が流され操船が困難な海域だそうです。
 この海域を乗り越えることが出来ずに北の大陸へ行くことを断念した船乗りが多いそうです。
 また、初期のコルテス王国の艦隊はこの海域で多大な被害を出していたそうです。

 そんな荒波の海もなんのその、テーテュスさんとターニャちゃんの二人に掛かれば何の障害にもなりません。
 風も、波も思いのままなのですもの、イカサマもいいところです。

 この二人を抜きで航海しろと言われたら、絶対に出来ない自信があります。情けないですが…。


    **********


 そして、荒れた海域を抜けて穏やかな海域に辿り着いた時のことです。
 テーテュスさんの話では後二十日もせずにコルテス王国の王都マゼランの港に着くと聞いた頃です。

 はるか前方に、私達と同じ規模の船団が見えました。
 数時間後、船影がはっきり確認できる距離に船団が接近してきました。

 どうも、北の大陸に向かうコルテス王国の艦隊のようです。
 もう、出航したのですね、随分時の早いことで、などとのんきに艦隊を眺めていたのです。

 すると、両艦隊のすれ違いざまにコルテス王国の艦隊の大砲が一斉に火を吹きました。

 まったく、動くものを見れば誰彼かまわず襲い掛かってくるなど、どこの暴れ牛ですか……。
 
 彼我の距離は約六百シュトラーセ程、船に積んだ最新の大砲の射程が五百シュトラーセですから、完全な威嚇です。
 ちなみに、射程が五百シュトラーセと言いましたが、実際に当てようとすると静止物で百シュトラーセがやっとだそうです。

 五百シュトラーセ先の動くものなど狙って当てることはできないと聞いています。

 実際、予想したとおり全ての砲弾は私達よりずっと手前で海に着弾しました。
 しかし、大きく上がる水柱が何本も立ち上る様は壮観です。

 すると、コルテス王国の艦隊は回頭して再びすれ違おうとします。
 今度は若干双方の距離が縮まっていて、三百シュトラーセくらいでしょうか。
 まだ狙って当たる距離ではありません、ただし砲弾が届く距離なので安心は出来ません。
 まぐれ当たりはあるのです。

 その時、こちらの旗艦が三門だけ火を放ちました。
 テーテュスさんが発砲の指示を出したようです。
 先程、砲撃を受けた時にテーテュスさんとターニャちゃんが旗艦へ飛んだのです。

 こちらが撃ち放った砲弾は、大型艦の一隻の舳先をへし折り、同じ船のマストを二本へし折りました。

 彼我の距離三百シュトラーセで全弾同じ船に命中です、砲撃訓練の成果が出ました。
 ごめんなさい、大嘘です。
 そんな技術、我が国の海軍にはありません、そもそも先ほど説明した通り大砲の性能上この距離で百発百中はありえないのです。

 何のことはありません、ターニャちゃんが風を操って砲弾を誘導したのです。
 きっと相手は度肝を抜かしていることでしょう。

 案の定、コルテス艦隊から白旗が揚がりました。

 するとテーテュスさんが戻ってきて説明をしてくれます。

「あの白旗に騙されたらいけないぞ。
 あいつ等卑怯者だから、砲撃戦では勝ち目がないと見て白兵戦か、近距離でのマスケットの撃ち合いに持ち込もうとしているんだ。
 白旗を揚げて相手が近付いてくるのを待ち構えているんだぞ。」

 とのことで、ターニャちゃんを送り込んで、艦隊の乗組員全員を眠らしてもらうそうです。
 テーテュスさんが戻ってきたのは、あの艦隊をどうするかの相談のためらしいです。

 困りましたね、せっかくの獲物なのにここからでは持ち帰ることが出来ません。
 放置して北の大陸に攻め込まれたら、それはそれで面倒ですし。

 私がそう言うとテーテュスさんが提示した案はこうです。

 ターニャちゃんの術を使って、大砲と砲弾は鉄の塊に戻してしまう。
 火薬は全て海に投棄する、そして食料も四分の三を投棄してしまう。

 食料を投棄するのは抵抗があります、勿体ないお化けが出そうです。
 テーテュスさんが言うには食料の四分の一というのは、コルテス王国に戻るギリギリの量なんだそうです。
 兵員が目覚めてそれしか食料が残っていなければ引き返すしかないと判断するだろうとのことでした。

 艦隊の皆さん驚くでしょうね、目覚めてみれば大砲と砲弾はただの鉄の塊になっていて、食料と火薬がなくなっている。
 さぞかし、絶望することでしょう、航海を続ける気がなくなるくらいに。


 結局捨てるのは勿体ないという事で食料は有り難く頂戴することにしました。
 ついでに提督以下幹部と思われる人の所持していた金品も全て頂戴しました。
 それと、マスケット銃が以前頂戴したものより構造が改善されていて使い易くなっていました。
 これも、マスケット銃用の銃弾と薬苞と共に頂戴することにしたのです。

 海賊みたいで気が引けましたが、テーテュスさんがこれ以上航海を続けようとするモチベーションを挫いておいた方が良いと言うので従うことにしたのです。

 それと、舳先とマストをへし折った軍艦一隻は乗組員を他の艦に移して曳航していくことにしました。コルテス王国の人達に見せ付けてあげるために。

 コルテス王国の皆さん驚くでしょうね、嫌がらせもいいところです。

 この様に、本来であれば大変な思いをしたであろう航海も、ターニャちゃんとテーテュスさんという超常の力の持ち主とミーナちゃんの先見の明のおかげで全く何事もなく進み……。

 ポルト港を出航してから二ヵ月後、私達の目の前にはコルテス王国の王都マゼランの光景が広がっていました。

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