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最終章 それぞれの旅路
第497話 いつまでも一緒に……
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さて、私の皇帝在位も三十年を過ぎてしまいました。
中継ぎのつもりで引き受けたのに随分と長居してしまったものです。
『皇帝』という名の『土木作業員』の仕事も娘が生まれる頃には一段落しました。
ターニャお姉ちゃんのおかげで、その頃には農地の再生がほぼ完了したからです。
穀物の自給率が上がり、王国からの輸入を加えれば、飢えで苦しむ人はない状態まで食糧事情は好転しました。
あとは人々の自助努力に任せる範囲でした、なんでも私がやってしまうのでは人々の向上心を奪ってしまいますから。
その意味では東部地区の開発は上手くいきました。
ザイヒト元皇子の魔法の扱いの巧みさは目を見張るもので、彼の手腕で東部辺境は穀倉地帯へと姿を変えて行ったのです。
そのおかげで、東部辺境に新たな村ができ、ロッテちゃんの村のように町に姿を変えるところも出てきました。
帝国の復興に関して、その貢献度はザイヒト元皇子の右に出るものはいないでしょう。
横柄な人柄で、勉強はできない、魔法は大技しか使えないという典型的な劣等性だったのに。
今では見違えるような人格者です、人間変われば変わるものですね。
毎年彼を慕ってやってくる若い魔法使いを雇い入れ、今では帝国有数の大商会の経営者です。
その功労に対する褒章として、先日東部辺境の村の幾つかを領地とする男爵位を贈りました。
彼は今更貴族に戻るのには難色を示していましたが、長年の働きを認められたとヴィクトーリアさんが大変喜んだのです。
年老いた義母が喜ぶ姿を見て、彼の気が変わったようで彼は爵位を受け取ってくれました。
実母の側妃が亡くなってから、実の子の様に慈しんでくれたヴィクトーリアさんが喜んだことが嬉しかったようです。
この様に国土復興事業については比較的早く手離れし、市井の人々に任せることができました。
では、私は何をしていたのか?
決まっているじゃないですか、さっさと皇帝の座を押し付けるために娘の育成をしていたのです。
冗談です……。
二千年の間に腐りきった官僚機構の再構築に多大な時間を要したのです。
官吏の登用試験は皇帝就任後直ぐに導入しましたが、目に見えた成果が出るのに時間を要したのです。
だって、高等文官試験の合格者数が年に数人なのですから……。
私は識字率の低さを問題視し、まず最初に義務教育の導入から手がけました。
しかし、高等文官試験の合格者数の余りの少なさに目眩がしました。
私の母校王立学園のような官僚養成を主眼とした学園の必要性を痛感したのです。
人の育成には時間がかかります。
直ぐに学園を設立したのですが、最初の卒業生が出るのは十年後です。
学園設立から十年して、初の卒業生達のおかげで制度開始以来初めて高等文官試験の合格者が三桁に届きました。
それからです、優秀な官吏が増えて、不良官吏を本格的に駆逐することができるようなったのは。
今までは、人員が足りなくなるため不良官吏といえども閑職に配置換えして使っていました。
人員の入れ替えが徐々に進み、最近になってやっと官吏の水準に満足がいくようになりました。
これで、娘に多少至らぬところがあったとしても、国が傾くことはないでしょう。
やはり、しっかりとした官僚制度が国の要です。
**********
帝国の話はこのくらいにしておきましょう。
娘、ティッタを産んでからの私の話を少しましょうか。
初めてティッタを伴って両親の農場を訪ねたときは両親は大はしゃぎでした。
交互に初孫を抱いては、相好を崩していたのが今でも忘れられません。
たまの休みにはしばしばティッタを連れて両親の許を訪れましたが、その度に大歓迎です。
そのうち、片言に「じっちゃ」、「ばっちゃ」と呼ぶようになると、それこそ目の中に入れても痛くないと言うほどの可愛がりようでした。
私が農園の作物の生育状況を調整したこともあり、凶作知らずで両親の生活も安定していました。
可愛い孫もできて晩年は幸せな生活が送れたのではないでしょうか。
その両親も数年前、そろって鬼籍に入りました。
娘のティッタも精霊に好かれる体質で、三歳の頃から精霊の術を使い始めました。
ちょうどリリちゃんの娘ミーナちゃんも精霊の術を使い始めて、二人で慌ててしまいました。
術は不用意に使うと危険が伴います。
そんな時、二人の子供にわかり易く術の使い方を伝授してくれたのがターニャお姉ちゃんでした。
それからです、ティッタとミーナちゃんがターニャお姉ちゃんにベッタリと懐くようになったのは。
ティッタとミーナちゃんには私達の母校の王立学園に留学してもらいました。
その頃には帝国の学園も引けを取らないくらい充実していたのですけど、私達が楽しい時間を過ごした王立学園を経験して欲しかったのです。
幸い、フローラ女王の第二王女やミーナお姉ちゃんの末娘が同じ学年にいて、同じクラスで七年間机を並べることができたのです。
入学式や卒業式の折にはターニャお姉ちゃんがこっそりと王都まで連れて行ってくれて、フローラ女王やミーナお姉ちゃんと旧交を温めることができました。
特にミーナお姉ちゃんとは十年以上会うことが叶わなかったのでとても嬉しかったのでした。
子供の成長は早いもので、そんな娘も王立学園を卒業し、私の許で皇族としての職務に就きました。
結婚もして、つい最近、可愛い孫の顔も見せてくれました。
そして、昨年、娘が二十四歳の誕生日を迎えた日の事です。
その晩、私は娘と二人でささやかな誕生祝をしていました。
「ティッタ、よく聞きなさない。
来年の誕生日のプレゼントはもう決まっています。
それは、この帝国の玉座です。これは冗談でありません。
これからの一年間は引継ぎとあなたの心構えを作るための期間になります。
心しておきなさい。」
ぶっっっ!
娘が口に含んだ果実酒を噴出しました。あら、イヤだ、はしたない。
「お母様、藪から棒に何を言い出すのですか。
退位するには早いのではないですか、まだお元気なのに。
『聖女』と呼ばれるお母様の退位を知ったら民達が嘆きますよ。」
娘が慌てて抗弁しますが、もう決定事項なのです。
あんまりゆっくりし過ぎて、私、おばあちゃんになってしまったではないですか。
孫の行く末は精霊の姿で見守らせてもらいます。
「ティッタ、いつも言うように私が皇帝になったのは十五の時です。
あなたも来年は二十五歳、私が即位したときよりも十歳も年上なのですよ。
あなたには皇帝の心構えも必要とされる知識も全て教え込んだつもりです。
あなたを支えてくれる官僚機構も整備しました。
リリちゃんの娘さん、ミーナちゃんもあなたの支えになってくれるでしょう。
私も来年で即位三十五年になります、こんな皺だらけの『聖女』はもう帝国には不要ですよ。」
「お母様は皇帝の座を退いても私達を助けてくれるのですよね?」
私の決心が固いと感じた娘が恐る恐る尋ねてきました。
私は笑いながらこう答えたのです。
「ええ、もちろん。永遠にね。」
***********
それから一年が過ぎ、昨日無事娘の即位式を執り行い、皇帝の座を引き継ぐことができました。
そして、今日、私は娘に今生の別れを告げます。
「ティッタ、いえ、ティターニア。
私は今日、この世を去ります。帝国の民には病気のため崩御したと伝えなさい。
そして、『聖女』は国葬など望まず、ひっそりとこの世を去ることを望んだというのです。」
私は可愛い孫娘ミルトを抱きながら娘に言いました。
孫ももう抱き納めですね、あの体では抱き上げられないでしょうから。
「お母様、何をおっしゃっているのですか?
これからも私を助けてくれると約束したではないですか。」
娘は私が何を言い出したのか訳がわからない、そんな雰囲気でした。
「私はあなたが幼い時から何度も話しましたが、六歳の時餓死寸前のところを『聖女様』に救われました。
その後、『聖女様』に保護され王国で最高の教育を受けさせて頂いたのです。
『聖女様』は東部辺境を中心に何の代償も受けずに飢えや病に苦しむ人を救いました。
当時幼かった私も少しだけお手伝いしたので、『聖女様』の跡を継ぐ者として皇帝に祭り上げられたのです。
『聖女様』は帝国を蝕んでいた諸悪の根源『黒の使徒』と刺し違えてなくなったことになってます。
ですが、真実は違うのです。」
私がそこまで言ったところでターニャお姉ちゃんが不意に現われました。
「実はそうなんだ。ティッタちゃん、久し振りだね。」
「えっ、ターニャお姉ちゃん?どういうこと?」
事情が飲み込めない様子の娘に私は言いました。
「ティッタ、『聖女様』は亡くなったのではなくて精霊に生まれ変わったの。
それが、ティッタが子供の頃からお世話になっているターニャお姉ちゃん。
ターニャお姉ちゃんこそ、私の命の恩人で、『聖女様』なの。」
「ターニャお姉ちゃんが『聖女様』、じゃあ、元は人だったの?
それじゃあ、もしかして、お母様は……。」
流石に娘も察したようです。
「そう、私はこれから精霊となってターニャお姉ちゃんと一緒にいます。
私は六歳のあの日、ずっとターニャお姉ちゃんと一緒にいると約束したのです。
あなたは何の心配も要りません。
私は人の姿を捨ててもターニャお姉ちゃんと同じようにいつでもあなたの傍にいますから。」
私が娘にそういった時、リリちゃんがミーナちゃんを伴ってやって来ました。
「リリちゃん、ミーナちゃんにちゃんと説明はしたの?」
「ええ、ハンナちゃん、バッチリですよ。孫ともお別れを済まして来ました。」
リリちゃんの方はもう話が済んだようです。私もこれで終わりにしましょう。
「じゃあ、ティッタ、私はもう行きます。
これからはミーナちゃんと力を併せて帝国を導いてくのですよ。」
私がそう言うとターニャお姉ちゃんが言いました。
「もういいの?
二人とも、もう一度確認するけど、精霊になってしまったら人の輪廻の輪に戻れないよ。
本当に良いんだね。」
何を今更、私の答えはとうの昔に出ています。
「私はターニャお姉ちゃんと共にあると決めていましたから。」
「私も同じです。」
私の言葉にリリちゃんも続きます。
それを確認したターニャお姉ちゃんは、私とリリちゃんの手を取って言いました。
「自分のマナの流れはわかるよね、その流れを上手く外側に向かって溢れるように操作して…。」
わかります。自分のマナが殻のようなモノに当たっていることが、これが人の器なのですね。
「それを一気に壊すように放出するの!」
その瞬間マナの奔流が人の器を突き破るのを感じ、人としての自分が消滅するのを感じました。
どの位時間が経ったのでしょう、マナの奔流が収まると十二歳の姿のターニャお姉ちゃんを見上げるような目線の高さになっています。
この視線の位置は忘れもしない、ターニャお姉ちゃんが十二歳の時の高さ。
そう、私が十歳の時の。私は隣にいるリリちゃんの姿を見ました。
そこには懐かしい十歳の頃のリリちゃんの姿がありました。
「二人とも、私の時間に合わせてくれたんだね。
私が十二歳の時の姿になったよ、二人が十歳の時の姿そのものだよ。」
よかった、私も十歳の時の姿に戻れたようです、私だけおばあちゃん姿の精霊はイヤだなと思っていました。
「お母様なのですか?」
恐る恐る娘が尋ねて来ました。
「ええ、そうよ。これがターニャお姉ちゃんと共にあった頃の私の姿なの。
私はこれから何千年とかけてゆっくり成長していくの、この姿だからあなた達の前しか現れることはできないわね。
大丈夫、精霊が見えるあなた達にはいつでも姿を見えるようにしておくから。」
「お母さん、かわいい!」
ミーナちゃんがリリちゃんにいきなり抱きついて頬ずりを始めました。
まあ、順応してくれたようだから良いか……。
娘と交わした約束通り、暫くは娘の傍で色々と手助けするつもりです。
その前に、ウンディーネ様やエーオース様にご挨拶に行かないと。
私達はこれから何千年もの間、この大陸と子孫達を見守っていくことになります。
たとえ、果てのない旅路でも、ターニャお姉ちゃんやリリちゃんと一緒なら寂しくないでしょう。
やっと、念願がかないました、これからが楽しみです。
**********
いつもお読みいただき有り難うございます。
次話は1日お休みを頂き8月31日の20時の投稿とさせて頂きます。
本日、新作『最後の魔女は目立たず、ひっそりと暮らしたい』の第2話、第3話を投稿しました。
昨日投稿分はほんのさわりでしたが、今日投稿分から話が動き出しました。
読んでいただけたら、とても嬉しいです。
毎日20時に投稿する予定でいます。
↓ ↓ ↓PCの方はこのUrlです。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/255621303/713406747
中継ぎのつもりで引き受けたのに随分と長居してしまったものです。
『皇帝』という名の『土木作業員』の仕事も娘が生まれる頃には一段落しました。
ターニャお姉ちゃんのおかげで、その頃には農地の再生がほぼ完了したからです。
穀物の自給率が上がり、王国からの輸入を加えれば、飢えで苦しむ人はない状態まで食糧事情は好転しました。
あとは人々の自助努力に任せる範囲でした、なんでも私がやってしまうのでは人々の向上心を奪ってしまいますから。
その意味では東部地区の開発は上手くいきました。
ザイヒト元皇子の魔法の扱いの巧みさは目を見張るもので、彼の手腕で東部辺境は穀倉地帯へと姿を変えて行ったのです。
そのおかげで、東部辺境に新たな村ができ、ロッテちゃんの村のように町に姿を変えるところも出てきました。
帝国の復興に関して、その貢献度はザイヒト元皇子の右に出るものはいないでしょう。
横柄な人柄で、勉強はできない、魔法は大技しか使えないという典型的な劣等性だったのに。
今では見違えるような人格者です、人間変われば変わるものですね。
毎年彼を慕ってやってくる若い魔法使いを雇い入れ、今では帝国有数の大商会の経営者です。
その功労に対する褒章として、先日東部辺境の村の幾つかを領地とする男爵位を贈りました。
彼は今更貴族に戻るのには難色を示していましたが、長年の働きを認められたとヴィクトーリアさんが大変喜んだのです。
年老いた義母が喜ぶ姿を見て、彼の気が変わったようで彼は爵位を受け取ってくれました。
実母の側妃が亡くなってから、実の子の様に慈しんでくれたヴィクトーリアさんが喜んだことが嬉しかったようです。
この様に国土復興事業については比較的早く手離れし、市井の人々に任せることができました。
では、私は何をしていたのか?
決まっているじゃないですか、さっさと皇帝の座を押し付けるために娘の育成をしていたのです。
冗談です……。
二千年の間に腐りきった官僚機構の再構築に多大な時間を要したのです。
官吏の登用試験は皇帝就任後直ぐに導入しましたが、目に見えた成果が出るのに時間を要したのです。
だって、高等文官試験の合格者数が年に数人なのですから……。
私は識字率の低さを問題視し、まず最初に義務教育の導入から手がけました。
しかし、高等文官試験の合格者数の余りの少なさに目眩がしました。
私の母校王立学園のような官僚養成を主眼とした学園の必要性を痛感したのです。
人の育成には時間がかかります。
直ぐに学園を設立したのですが、最初の卒業生が出るのは十年後です。
学園設立から十年して、初の卒業生達のおかげで制度開始以来初めて高等文官試験の合格者が三桁に届きました。
それからです、優秀な官吏が増えて、不良官吏を本格的に駆逐することができるようなったのは。
今までは、人員が足りなくなるため不良官吏といえども閑職に配置換えして使っていました。
人員の入れ替えが徐々に進み、最近になってやっと官吏の水準に満足がいくようになりました。
これで、娘に多少至らぬところがあったとしても、国が傾くことはないでしょう。
やはり、しっかりとした官僚制度が国の要です。
**********
帝国の話はこのくらいにしておきましょう。
娘、ティッタを産んでからの私の話を少しましょうか。
初めてティッタを伴って両親の農場を訪ねたときは両親は大はしゃぎでした。
交互に初孫を抱いては、相好を崩していたのが今でも忘れられません。
たまの休みにはしばしばティッタを連れて両親の許を訪れましたが、その度に大歓迎です。
そのうち、片言に「じっちゃ」、「ばっちゃ」と呼ぶようになると、それこそ目の中に入れても痛くないと言うほどの可愛がりようでした。
私が農園の作物の生育状況を調整したこともあり、凶作知らずで両親の生活も安定していました。
可愛い孫もできて晩年は幸せな生活が送れたのではないでしょうか。
その両親も数年前、そろって鬼籍に入りました。
娘のティッタも精霊に好かれる体質で、三歳の頃から精霊の術を使い始めました。
ちょうどリリちゃんの娘ミーナちゃんも精霊の術を使い始めて、二人で慌ててしまいました。
術は不用意に使うと危険が伴います。
そんな時、二人の子供にわかり易く術の使い方を伝授してくれたのがターニャお姉ちゃんでした。
それからです、ティッタとミーナちゃんがターニャお姉ちゃんにベッタリと懐くようになったのは。
ティッタとミーナちゃんには私達の母校の王立学園に留学してもらいました。
その頃には帝国の学園も引けを取らないくらい充実していたのですけど、私達が楽しい時間を過ごした王立学園を経験して欲しかったのです。
幸い、フローラ女王の第二王女やミーナお姉ちゃんの末娘が同じ学年にいて、同じクラスで七年間机を並べることができたのです。
入学式や卒業式の折にはターニャお姉ちゃんがこっそりと王都まで連れて行ってくれて、フローラ女王やミーナお姉ちゃんと旧交を温めることができました。
特にミーナお姉ちゃんとは十年以上会うことが叶わなかったのでとても嬉しかったのでした。
子供の成長は早いもので、そんな娘も王立学園を卒業し、私の許で皇族としての職務に就きました。
結婚もして、つい最近、可愛い孫の顔も見せてくれました。
そして、昨年、娘が二十四歳の誕生日を迎えた日の事です。
その晩、私は娘と二人でささやかな誕生祝をしていました。
「ティッタ、よく聞きなさない。
来年の誕生日のプレゼントはもう決まっています。
それは、この帝国の玉座です。これは冗談でありません。
これからの一年間は引継ぎとあなたの心構えを作るための期間になります。
心しておきなさい。」
ぶっっっ!
娘が口に含んだ果実酒を噴出しました。あら、イヤだ、はしたない。
「お母様、藪から棒に何を言い出すのですか。
退位するには早いのではないですか、まだお元気なのに。
『聖女』と呼ばれるお母様の退位を知ったら民達が嘆きますよ。」
娘が慌てて抗弁しますが、もう決定事項なのです。
あんまりゆっくりし過ぎて、私、おばあちゃんになってしまったではないですか。
孫の行く末は精霊の姿で見守らせてもらいます。
「ティッタ、いつも言うように私が皇帝になったのは十五の時です。
あなたも来年は二十五歳、私が即位したときよりも十歳も年上なのですよ。
あなたには皇帝の心構えも必要とされる知識も全て教え込んだつもりです。
あなたを支えてくれる官僚機構も整備しました。
リリちゃんの娘さん、ミーナちゃんもあなたの支えになってくれるでしょう。
私も来年で即位三十五年になります、こんな皺だらけの『聖女』はもう帝国には不要ですよ。」
「お母様は皇帝の座を退いても私達を助けてくれるのですよね?」
私の決心が固いと感じた娘が恐る恐る尋ねてきました。
私は笑いながらこう答えたのです。
「ええ、もちろん。永遠にね。」
***********
それから一年が過ぎ、昨日無事娘の即位式を執り行い、皇帝の座を引き継ぐことができました。
そして、今日、私は娘に今生の別れを告げます。
「ティッタ、いえ、ティターニア。
私は今日、この世を去ります。帝国の民には病気のため崩御したと伝えなさい。
そして、『聖女』は国葬など望まず、ひっそりとこの世を去ることを望んだというのです。」
私は可愛い孫娘ミルトを抱きながら娘に言いました。
孫ももう抱き納めですね、あの体では抱き上げられないでしょうから。
「お母様、何をおっしゃっているのですか?
これからも私を助けてくれると約束したではないですか。」
娘は私が何を言い出したのか訳がわからない、そんな雰囲気でした。
「私はあなたが幼い時から何度も話しましたが、六歳の時餓死寸前のところを『聖女様』に救われました。
その後、『聖女様』に保護され王国で最高の教育を受けさせて頂いたのです。
『聖女様』は東部辺境を中心に何の代償も受けずに飢えや病に苦しむ人を救いました。
当時幼かった私も少しだけお手伝いしたので、『聖女様』の跡を継ぐ者として皇帝に祭り上げられたのです。
『聖女様』は帝国を蝕んでいた諸悪の根源『黒の使徒』と刺し違えてなくなったことになってます。
ですが、真実は違うのです。」
私がそこまで言ったところでターニャお姉ちゃんが不意に現われました。
「実はそうなんだ。ティッタちゃん、久し振りだね。」
「えっ、ターニャお姉ちゃん?どういうこと?」
事情が飲み込めない様子の娘に私は言いました。
「ティッタ、『聖女様』は亡くなったのではなくて精霊に生まれ変わったの。
それが、ティッタが子供の頃からお世話になっているターニャお姉ちゃん。
ターニャお姉ちゃんこそ、私の命の恩人で、『聖女様』なの。」
「ターニャお姉ちゃんが『聖女様』、じゃあ、元は人だったの?
それじゃあ、もしかして、お母様は……。」
流石に娘も察したようです。
「そう、私はこれから精霊となってターニャお姉ちゃんと一緒にいます。
私は六歳のあの日、ずっとターニャお姉ちゃんと一緒にいると約束したのです。
あなたは何の心配も要りません。
私は人の姿を捨ててもターニャお姉ちゃんと同じようにいつでもあなたの傍にいますから。」
私が娘にそういった時、リリちゃんがミーナちゃんを伴ってやって来ました。
「リリちゃん、ミーナちゃんにちゃんと説明はしたの?」
「ええ、ハンナちゃん、バッチリですよ。孫ともお別れを済まして来ました。」
リリちゃんの方はもう話が済んだようです。私もこれで終わりにしましょう。
「じゃあ、ティッタ、私はもう行きます。
これからはミーナちゃんと力を併せて帝国を導いてくのですよ。」
私がそう言うとターニャお姉ちゃんが言いました。
「もういいの?
二人とも、もう一度確認するけど、精霊になってしまったら人の輪廻の輪に戻れないよ。
本当に良いんだね。」
何を今更、私の答えはとうの昔に出ています。
「私はターニャお姉ちゃんと共にあると決めていましたから。」
「私も同じです。」
私の言葉にリリちゃんも続きます。
それを確認したターニャお姉ちゃんは、私とリリちゃんの手を取って言いました。
「自分のマナの流れはわかるよね、その流れを上手く外側に向かって溢れるように操作して…。」
わかります。自分のマナが殻のようなモノに当たっていることが、これが人の器なのですね。
「それを一気に壊すように放出するの!」
その瞬間マナの奔流が人の器を突き破るのを感じ、人としての自分が消滅するのを感じました。
どの位時間が経ったのでしょう、マナの奔流が収まると十二歳の姿のターニャお姉ちゃんを見上げるような目線の高さになっています。
この視線の位置は忘れもしない、ターニャお姉ちゃんが十二歳の時の高さ。
そう、私が十歳の時の。私は隣にいるリリちゃんの姿を見ました。
そこには懐かしい十歳の頃のリリちゃんの姿がありました。
「二人とも、私の時間に合わせてくれたんだね。
私が十二歳の時の姿になったよ、二人が十歳の時の姿そのものだよ。」
よかった、私も十歳の時の姿に戻れたようです、私だけおばあちゃん姿の精霊はイヤだなと思っていました。
「お母様なのですか?」
恐る恐る娘が尋ねて来ました。
「ええ、そうよ。これがターニャお姉ちゃんと共にあった頃の私の姿なの。
私はこれから何千年とかけてゆっくり成長していくの、この姿だからあなた達の前しか現れることはできないわね。
大丈夫、精霊が見えるあなた達にはいつでも姿を見えるようにしておくから。」
「お母さん、かわいい!」
ミーナちゃんがリリちゃんにいきなり抱きついて頬ずりを始めました。
まあ、順応してくれたようだから良いか……。
娘と交わした約束通り、暫くは娘の傍で色々と手助けするつもりです。
その前に、ウンディーネ様やエーオース様にご挨拶に行かないと。
私達はこれから何千年もの間、この大陸と子孫達を見守っていくことになります。
たとえ、果てのない旅路でも、ターニャお姉ちゃんやリリちゃんと一緒なら寂しくないでしょう。
やっと、念願がかないました、これからが楽しみです。
**********
いつもお読みいただき有り難うございます。
次話は1日お休みを頂き8月31日の20時の投稿とさせて頂きます。
本日、新作『最後の魔女は目立たず、ひっそりと暮らしたい』の第2話、第3話を投稿しました。
昨日投稿分はほんのさわりでしたが、今日投稿分から話が動き出しました。
読んでいただけたら、とても嬉しいです。
毎日20時に投稿する予定でいます。
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そんな彼女に愛想を尽かした王国は、新たに現れた完璧な治癒能力を持つ聖女リリアナを迎え入れ、セレスティアを「偽りの聖女」として追放する。
「まあ、田舎でスローライフも悪くないか」
追放された本人はいたって能天気。行く先も分からぬまま彼女は新天地を求めて旅に出る。
しかし、彼女の行く手には、王国転覆を狙う宰相が仕組んだシリアスな陰謀の影が渦巻いていた。
「お嬢さん、命が惜しければこの密書を……」
「話が長い! 要点は!? ……もういい、面倒だから全員まとめてかかってこい!」
刺客の脅しも、古代遺跡の難解な謎も、国家を揺るがす秘密の会合も、セレスティアはすべてを「考えるのが面倒くさい」の一言で片付け、その剛腕で粉砕していく。
果たしてセレスティアはスローライフを手にすることができるのか……。
※「小説家になろう」、「カクヨム」、「アルファポリス」に同内容のものを投稿しています。
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