精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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最終章 それぞれの旅路

第498話 違う道を選んだ人、そして…

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「みなさん、今日まで良く私に仕えてくれました。
 おかげさまで私の治世に国を傾けることもなく、豊かな国を娘に引き継ぐことが出来ました。
 これは偏にみなさんが私の力になってくれたおかげだと感謝します。
 みなさん、有り難う。
 さあ、これからは堅いこと抜きです、楽しく騒ぎましょう。
 乾杯!!」

「「「乾杯!!」」」

 フローラ様の後に続き、グラスを掲げたみんなの声が上がります。
 
 今日、フローラ様は退位し、新たな女王が即位しました。
 同時に、私達閣僚も後進に道を譲ることになりました。

 こんばんは、ミーナです。
 今日はフローラ様が設けてくださった私達の慰労会です。
 貴族たちを招いた大きなパーティではなく、内輪のささやかな打ち上げなのです。

 早いもので私が宮廷に出仕してから十二年が経ちました。
 私も今年で五十歳、すっかりお婆ちゃんです。

 リタさんが上手く職務の整理をしてくださったので、エルフリーデちゃんの負担も軽減されました。
 おかげで、フローラ様を支える閣僚は誰一人欠けることなく職務を全うできました。
 もちろん、その陰には、ミルト様やスイ様がこまめに『癒し』を施してくださったこともあるのですが。

 誰もが達成感を感じているのでしょう、グラスを傾けるみんなの表情は一様に明るいです。
 リタさんが宰相のときに貴族特有の婉曲な物言いや根回しを宮廷内で使うことを禁止してくれました。
 指示が正しく伝わらないこともあるし、なによりまどろっこしいからです。
 おかげで、私も円滑に仕事を進めることが出来ました。腹の探り合いをしながら仕事をするのは苦手です。
 
 そして、打ち上げの後のことです。
 私はフローラ様の私室でお茶を頂いています。
 フローラ様は何か言いたいようですが、言いあぐねています。
 私はフローラ様が言いたいことを想像できましたが、フローラ様の心が決まるまで待ちました。

「ミーナちゃんは、これからどうするつもりなの?」

 フローラ様の短い質問、もちろん王都を辞してから何をするつもりかとの問いでは有りません。

「今の時点では決めかねているのです。
 ターニャちゃんには返しきれないほどの恩が有りますけど、それを理由にターニャちゃんの許に行くのは違うと思います。
 そんな事をしても、ターニャちゃんは喜ばないでしょう。
 私はこのまま人として生き、人として死ぬのも良いと思っているのです。
 それが自然ですし、なんとなくお父さんとお母さんが待っているような気もしますので。
 一方で、ウンディーネ様のようにこの国の人達を見守るのも素敵だなと思う自分も居るのです。
 幸い、どうやら私達は長生きしそうなのでもう少し良く考えてみるつもりです。」

 私の答えを聞いたフローラ様はため息をついて言いました。

「そうね、私達にはお母様やターニャちゃん、それにウンディーネ様までついているから。
 早死にはさせてもらえないわね。
 私はもう決めたの。
 たぶん、後三十年近くある余生、それを精一杯楽しんだら人として生涯を終えるわ。
 もう十分、この国の人々には尽くしたと思うの。
 輪廻転生というものがあるとしたら、次の人生はもう少しお気楽に生きたいわ。
 それにね、お母様みたいなのは一人で十分、あんまり多いと子孫たちも疎ましく思うわ。」

 フローラ様はもう決めてしまったようです。その表情を見る限り決心が変わることはないでしょう。

「あら、私みたいなのとは失礼な。
 私は子孫たちをそっと見守るだけ、押し付けがましくとやかく言うつもりはないわよ。
 でも、あなたの決断がそれなら私は何も言わない。
 あなたがここ数日ずっと悩んでいたのは知っているもの。
 精霊なんて心の底から望んだ者だけがなれるもの。
 義務感からなるようなものでもなければ、なれるものでもないわ。
 私の愛するフローラ、あなたはあなたの思うとおりに生きなさい。」

 最初から話を聞いていたのでしょう、フローラ様の背後に現われたミルト様が背中からフローラ様を抱きしめて言いました。
 
 非常にシリアスな場面なのですが、母親に抱きつく娘のように見えるのが何とも言えないです。

「有り難う、お母様……。」

 フローラ様の口から出たのはその一言だけでした。


     **********


 その数日後、私はノイエシュタットで両親の墓前に手を合わせていました。

「お父さん、お母さん、ミーナは宮廷でのお勤めを済まして無事に帰ってきました。
 見守ってくれて有り難うございました。
 ミーナはここの隣に造った町、学園都市ハイリゲンフラウの領主となりました。
 フローラ様が多額の国費を投じて作ったハイリゲンフラウを、私が育てた町だからと下賜してくださったのです。
 お父さん、お母さんは褒めてくれるでしょうか?
 『よく頑張ったね』と言ってもらえると嬉しいです。」

 私が宮廷に出仕する前のことです。
 当初はノイヘシュタットの精霊神殿に付属して建てられた医学校でしたが、年々規模が大きくなり終にはノイエシュタットには収まりきれなくなったのです。
 私はフローラ様に相談して、思い切って医学校の移転を行う事にしました。
 そして、ノイエシュタットの近郊、私の住まいの直ぐ隣に医学校を持ってきたのです。

 公私混同ではないです、飲料水の確保の問題があったのです。
 何度も言うようですが、王国西部は不毛の大地を長年かけて開拓したものです。
 水源が余りないのです。
 私が住まう森には例によってフェイさんが作った枯れることのない泉が有ります。

 それまでは私の館で使う分以外は無駄に流していたのですが、これを学園で使う飲み水として使う事にしたのです。

 私が王宮に出仕するころには移転した医学校も大分大きくなり、医学校を中心に町が形成されました。
 当然ですよね、生徒だけは生活できないので色々な商店も必要ですものね。

 私が宮廷勤めの十二年間にも医学校を中心とした町は発展し、いつしか学園都市と呼ばれるようになりました。
 今では、総人口はノイエシュタットより大きいのです。

 今回、宮廷勤めの褒章として学園都市が下賜されることとなり、それまで無かった町の名が付けられました。
 私の家名をとって、ハイリゲンフラウと。

 さて、このときの私の周囲の状況ですが、長女と次女が私の跡を継がずに家を出てしまいました。
 長女は国政に興味を持ち学園卒業後宮廷に出仕したのです。
 このほど、局長に昇進して自力で爵位を取ってきました。
 自分の爵位があるので家は継がないと言うのです。

 次女は私が宮廷出仕中に知り合ったエルフリーデちゃんの長男と結ばれて、今はアデル侯爵夫人です。
 アデル侯爵家の一人娘だったエルフリーデちゃんは侯爵家を継がず、自分を飛ばして長男に侯爵家を継がせました。

 エルフリーデちゃんは宰相を退くとき褒章として、王都に隣接した小さな領地をもらったのです。
 そこが、エルフリーデちゃんのアデル伯爵領です。
 エルフリーデちゃんは、宰相退任後もフローラちゃんの側に居て共にあることを望んだのです。
 カリーナちゃんと二人でフローラちゃんの側に仕えるそうです。


 別に私が長女や次女に嫌われていた訳では有りません。
 三人とも私なりに精一杯慈しんで育てたつもりですので。

 上の二人が家を出たのには理由が有ります。
 今、白銀の髪を風になびかせて、私の横に立つ三女にハイリゲンフラウ家を継がせたかったようなのです。

 子供の頃から精霊に愛され、私以上の治癒術を使いこなす三女。
 私と同じ王立学園の医学科を卒業して、人を癒すことに生き甲斐を見出した三女を私の跡継ぎにと考えたようなのです。
 三人が納得してそうしたのなら、私は何も言いません。

 

   *********


 更に時間が流れて、十年後、もう歳は言いません。いいお婆ちゃんですもの。
 昨日、爵位を三女に譲りました、もう何処へ出しても恥ずかしくない伯爵家の当主です。

「お父さん、お母さん、ミーナは決めました。
 私はこの命が尽きた時に二人のもとに行って、『よく頑張ったね』と褒めてもらうのが夢でした。
 フローラちゃんの決意を聞いてから十年、ずっと考えてきたのです。
 そして決めました。
 ごめんなさい、お父さんとお母さんのもとには行けそうもないです。
 私は永劫の時を生きることにしました、あの子達と一緒に。
 結局、この世界に生きる者達すべてを愛しいと思った時点で人の感性を外れていたのですね。
 私はこれから、この大陸、この国、そして私の子孫たちを永遠に見守って生きて行きます。
 大丈夫、このお墓はずっと守るから。」

 私が墓前に手を合わせた後に振り返ると、そこには懐かしい三人の姿がありました。

「もう、お別れは全部済ましたの?」

 ターニャちゃんが尋ねてきます。
 いやだわ、お別れなんて。お別れなのはこの姿だけなのに……。

「ええ、行きましょうか、新しい旅に。
 ところで本当に大丈夫なのよね、私だけおばあちゃんの姿なんてイヤよ。」

「大丈夫、大丈夫、今までみんな、あの頃の姿に戻ったんだもの。
 心配しなくていいって。」

 ターニャちゃんのお気楽な返事がかえって不安を誘います。
 まあ、決めてしまったことです、今更臆したりはしませんよ。

 そして、私の体の中からマナの本流があふれ出します。
 体全体が暖かい光に包まれていきます……。

 さあ、旅立ちのときです。



 **********

 いつもお読み頂き有り難うございます。
 次話は明日9月1日20時に投稿します。よろしくお願いします。

 *お願い

 明日から始まるアルファポリスの第13回ファンタジー小説大賞にこの作品をエントリーしています。
 応援してくださる方がいらっしゃいましたら、本作品に投票して頂けるととても嬉しいです。
 ぶしつけにこのようなお願いをして恐縮ですが、よろしくお願いします。

 本日、新作『最後の魔女は目立たず、ひっそりと暮らしたい』の第6話を投稿しました。
 読んでいただけたら、とても嬉しいです。
 毎日18時10分に投稿する予定でいます。
 ↓ ↓ ↓PCの方はこのUrlです。
 https://www.alphapolis.co.jp/novel/255621303/713406747
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