精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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最終章 それぞれの旅路

第499話 背中を押してくれた人、優しく迎えてくれた人

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 マナの奔流が収まると、目の前にはターニャちゃんの姿が。
 ターニャちゃんが大きくなったようで私の目線の高さにターニャちゃんの顔が有ります。
 いえ、違いますね。私が小さくなったのです。

 私は自分の両手の掌を見ました。小さな手、まるで成長期前の子供のような……。

「昔のままの姿だよ、ミーナちゃん。安心してお婆ちゃんじゃないから。
 十二歳の頃の姿そのものだよ。」

 良かった、私だけよぼよぼのお婆ちゃん姿の精霊になったら嫌だなと思っていましたから。
 ターニャちゃんによると、自分がこうありたいと一番願う姿になるようです。
 私がみんな一緒だったあの頃に戻りたいと願ったからこの姿になったのでしょう。

「でも意外だった、ミーナちゃんもこっち側に来ちゃうなんて。
 わたしね、精霊になったとき予想していたんだ。
 多分、ハンナちゃん、リリちゃん、ミルトさんはこっち側の人間だろうって。
 でも、ミーナちゃんとフローラちゃんは人であることを選ぶんじゃないかと思っていたの。」

「あら、ターニャちゃんは私がこっちに来たら嫌だった?
 歓迎してくれないのかしら、だとしたら、私、悲しいわ。」

 私は少し意地悪な言い方で拗ねてみました。

「そんな訳ないじゃない、私はミーナちゃんが来てくれて嬉しいよ。
 私、ミーナちゃんが大好きだから。
 なんて言っても、最初のお友達だものね。
 でも、だからこそ……。
 意に沿わないことはして欲しくなかったの。」

 そういうところ、昔とちっとも変わっていませんね。
 私に気を使って、私の意思を尊重してくれる優しいターニャちゃん。
 でもね…。

「以前ミルト様が言っていたの。
 精霊は心の底から望んだ者だけがなれる、義務感からでは精霊にはなれないって。
 私が精霊になれたのは心から望んでいたからよ、意に沿わなくなんかないの。
 たしかに、ずっと迷っていた……。
 でも、あの人が最期に背中を押してくれたの。」

 そう、私は自分がどちらを選択するか迷っていました。
 十年前のあの日、フローラちゃんに問われたことの答えはまだ出ていなかったのです。
 でも、先日逝ってしまった私の夫の最後の言葉が私の背中を押したのです。


      ***********


 今まで話す機会がありませんでしたが、私の夫は南の大陸から戦禍を逃れてきた医学者でした。
 私がノイエシュタットに医学校を設立するときに協力してくれたメンバーの一人です。

 彼は平和なこの国を気に入り、医学を広めるのに精力的に働いてくれました。
 私が設立した医学校の発展は彼と共に在ったのです。
 そして、共に働くうちに惹かれあい、結ばれました。

 そんな夫も先日永久とわの別れを告げたのです。
 病気などでは有りません、天寿を全うしたのです。
 十歳以上年上だったのですもの。

 そんな夫が私に言いました。

「僕は戦乱に明け暮れる大陸に生まれ、戦禍を逃れてあちこち移り住んだんだ。
 この国はやっと辿り着いた安住の地だった。
 ここで、君に出会えたのが一番の幸運だと思う。
 君のおかげで僕は自分が培ってきた知識や技術を人々の役に立てることができた。
 君のおかげで温かい家庭も持てた、ゆとりのある生活だってできた。
 君のおかげでとても幸せな人生を過ごす事ができたよ、有り難う。
 最期に君にお願いがあるんだ、ミーナ。
 君はずっと何か迷っているのだろう。
 子供たちも立派に独り立ちした、私もここを去る事になる。
 もうなにも君を縛るものはない、あとは自分の思うとおりにやりたいようにしておくれ。
 これが僕の最期の願いだ、愛しているよ、ミーナ。」

 このすぐ後、夫は眠るように安らかに私のもとを去りました。
 夫は私の迷いに気付いていたのです。
 そして、自分のやりたい道を選べと背中を押してこの世を去ったのです。

 夫の言葉を反芻し、私は気付きました。


     **********


「結局は、人の世界の常識とかしがらみが私を縛っていたの。
 いえ、私が自分でそれに捕らわれていたのかな。
 ウンディーネ様を見ていて羨ましいと思ったのが私の素直な気持ちだったのね。
 だから、私はこの国を、私の子孫たちをずっと見守っていくの、ウンディーネ様みたいに。」

 私の言葉を聞いたターニャちゃんが昔と変わらない屈託のない笑顔で言いました。

「そう、良い旦那さんだったんだね。
 じゃあ、改めてよろしくねミーナちゃん、これからもずっと一緒だよ。」

 すると今まで黙って私達の会話を聞いていたハンナちゃんが私とターニャちゃんの間に立ったのです。

 そして、片手で私の手を取り、もう片手でターニャちゃんの手を取り言ったのです。

「えへへ、こうやってターニャお姉ちゃんとミーナお姉ちゃんと手を繋いで歩くのって久し振り。
 こうしていると、本当にあの頃に戻ったみたいだね。嬉しい!」

「あああ、ハンナちゃんだけずるい!じゃあ、私も!」

 私とターニャちゃんに挟まれて手を繋いだハンナちゃんがとても嬉しそうに笑うとリリちゃんもターニャちゃんの反対側の手を握りました。
 そう言えば、昔もよくこうして四人で手を繋いで歩きましたね。
 ハンナちゃんとリリちゃんが交互に私とターニャちゃんに挟まれた位置に立ったのですよね。
 本当に懐かしいです。

 さて、じゃあ、あの人のところに挨拶に行きましょうか。


      ***********


 ここは、ヴィーナヴァルトの王宮の最奥、公には亡くなったことになっているミルト様の私室は以前のままです。 

「いらっしゃい、今日は新顔もいるわね。
 改めてこれからよろしくね、ミーナちゃん。
 あの頃の寮のメンバー、全員が揃っちゃったのね。」

 二十代の姿のミルト様が笑って私を迎え入れてくれました。
 ミルト様は相変わらずこの部屋をねぐらとしています。
 もちろん、ヒカリ、スイ、ミドリも相変わらずミルト様にベッタリです。

「「「あああ、ミーナがちっちゃくなってる!!!」」」

 三人娘が驚きの声を上げます。そうですね、つい最近までお婆ちゃんの私を見ていたのですから。
 今は、この三人の方が年上に見えます。

 精霊は食べる必要も眠る必要もないのですが、この四人は食べて、寝て、人のような生活をしているのでねぐらが必要なのです。

 以前から、フローラ様がブツクサ言っていますが、その実、母親のミルト様がいつも傍にいてくれるのが嬉しいようです。

「ふーん、てっきり、ミーナちゃんはフローラと同じ道を歩むのかと思っていたけど。
 結局こっちを選んだのね、これからもよろしくね。
 そうだ、ウンディーネ様とはもう会ったの、まだなら挨拶して行けばいいわ。
 ねえ、ウンディーネ様。」

 ミルト様が宙空に向かい声を掛けると姿を現したウンディーネ様が降り立ちました。

「流石に、五人目ともなると驚きませんわ。
 何千年もの間有り得なかった人から精霊への変化が、何故起こるようになったかは未だにわからないけどね。」

 そう言ってミルトさんの横に腰掛けると、私を見て言いました。

「ミーナちゃん、その姿は本当に久し振りね。これからよろしくね。
 でも良かったわ、みんなあの頃の姿になったのはきっと頑張ったご褒美ね。
 しばらくは、人の世界に交じって子供の時間を楽しむといいわ。
 何千年も時間はあるのですもの、精霊としての役割はそれからでも十分でしょう。」

 ウンディーネ様は精霊となった私を温かく迎え入れてくださいました。
 人であった時に若いうちから忙しく働いた分、しばらく羽を伸ばせとおっしゃるのです。

 そうですね、私も子供たちの様子を窺いつつ少しのんびりさせていただきましょう。


     **********

 お読みいただき有り難うございました。
 次話が最終話になります。
 書き上げて登録してあるのですが、修正を施したいので1日お休みを頂きます。
 最終話は9月3日20時の投稿予定です。
 最後まで応援してくださると嬉しいです。よろしくお願いします。

 *お願い
 今日から始まりましたアルファポリスの第13回ファンタジー小説大賞にこの作品をエントリーしています。
 応援してくださる方がいらっしゃいましたら、本作品に投票して頂けるととても嬉しいです。
 ぶしつけにこのようなお願いをして恐縮ですが、よろしくお願いします。
 投票は、PCの方は表題ページの左上、「作品の情報」の上の『黄色いボタン』です。
 スマホアプリの方は表題ページの「しおりから読む」の上の『オレンジ色のボタン』です。

 本日、新作『最後の魔女は目立たず、ひっそりと暮らしたい』の第7話、第8話を投稿しました。
 読んでいただけたら、とても嬉しいです。
 毎日20時に投稿する予定でいます。
 ↓ ↓ ↓PCの方はこのUrlです。
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