精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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追補の章

その3 ボクのお母さん【その瞳には抗えません】

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 ここは大陸の北の果て。
 極北へとつながる海は、夏場は穏やかだけど、冬場は大時化となるんだ。
 今は秋から冬に向かうところ、まだ波は穏やかだけど北から吹いてくる風は既に冷たい。

 吹く風が厳しい冬の到来を予感させる、そんな砂浜に佇む人影が一つ。
 その後ろ姿は物悲しく、見ているこっちが切なくなる。そんな、佇まいだった…。

 まっ、あの方は人ではないので、寒さなんか感じないのだろうけど。 

「ウンディーネ様、また来ていたんだね。」

「あら、若領主、こんな所で仕事をサボっていて良いのかしら。」

「いやだな、サボってるなんて、人聞きの悪い。
 領内の見回りですよ、み・ま・わ・り。
 これは領主の一番大事な仕事なんだよ。
 領民に何か困った事が起こってないか、領内の隅々にまで目を配るのは。」

「まあ、一丁前な口をきいちゃって。
 とても、あの寝坊助のセリフとは思えないわね。
 今でも覚えているわよ、仲間に置いてけぼりを食らってミーナちゃんに泣きついていたのを。」

「うわぁ、また、随分古い話を持ち出して…。
 ボクだって、一応成長するだよ。
 こう見えても、もう一児の母親なんだから。」

「まだ、十年しかたっていないじゃない、私達、悠久の時を生きる精霊にとっては一瞬の事よ。
 まあ、だけど、短い人の一生の中では、十年というはそれなりの時間かしら。
 あのチャランポランで、お調子者のルーナちゃんも、母親になって、領主になったのだものね。」

 チャランポランで、お調子者って…。この方の中では、ボクの評価ってそんなもんなんだ。
 まあ、確かに十年前のボクはそんな感じだったかも。
 あの頃は、母親になることなど未だ考えもしなかったし、ましてや領主になるなんて夢にも思っていなかった。

 そう、これはターニャちゃんやハンナちゃんの様な特殊な能力は持たない、ごく普通の少女のその後の話。

     ********

 出会いはターニャちゃんがまだ精霊になる前のこと、私が王立学園の初等部最終学年の時。

 いつもなら、初等部の校舎から寮に帰る時はターニャちゃん達の魔導車に便乗させてもらうのだけど。
 その日は、春の日差しが心地良かったから、ボクは散歩がてら一人だけ歩いて帰ったんだ。

 初等部の校舎裏から疎林の中を通って寮まで続く遊歩道を歩いていると。
 何処から子供の言い争う声が聞こえて来たんだよ、まだ変声期前の少年たちの声が。

 何となく気になったので、声のする方へ歩いて行くと。

「なあ、良いだろう、少し小遣い銭を恵んでくれよ。
 エリート子爵家の御曹司なんだからよ。
 俺の家は伯爵家だから、それなりに見栄を張らないといけねえ。
 でもよ、おまえのオヤジと違って下っ端官吏だから給金が安いんだよ。
 おかげで、俺が自由にできる小遣いも少ないんだ。
 爵位に相応しい振る舞いが出来なくて困ってるんだよ。」

「そ、そんな、僕だって学園にはお金は持ってきていませんよ。
 学園の中じゃ、必要ないですから。」

 へええ、これが巷であると聞くカツアゲと言うものかな。
 裏通りにいる無頼者ならともかく、貴族の子女が通う王立学園でカツアゲの現場に出会うとは思わなかった。

 子爵家の息子だという気の弱そうな少年は、持ち合わせがないと言って逃れようとしてるけど。

 伯爵家の息子の取り巻きの一人が少年に詰め寄って、更に脅しをかけたんだ。

「ふかしてんじゃねえよ。
 お偉い局長さんの御曹司が、学園の中とは言え、無一文のはずがねえだろう。
 おい、そんなことを言うんだったら、その場でちょっと飛んでみろよ。」

 脅された少年は訳が分からない様子で、その場で一度飛び跳ねた。
 
 すると…。

『チャリン』

 ああ、そうい事か。
 あの頭の悪そうなガキ、そういうところには悪知恵が働くんだ。

「親分、やっぱり、こいつ、金を持ってますぜ。」

「なんだ、なんだ、おまえ、俺達に逆らうつもりだったのか。
 よっぽど痛い目を見たいようだな。
 まあ、制裁は後回しにして、まずは持っているモノを出してもらおうか。」

 あんまり悠長に眺めていると、怯えている少年が可哀想だね。
 ボクは、怯える少年を助けることにしたんだ。

「おまえら、こんな所で何をしている。」

 ボクが一団の前に歩み寄り、そう声を掛けると。

「なんだ、この女。
 関係ない奴はひっこんでろ。
 それとも、お優しいお姉さんが、俺達に小遣いを恵んでくれるってか。」

 一団の親分格らしき伯爵家の息子が、ボクにすごんで来たんだけど。

「親分、こいつは拙いっす。
 この女、二つ上の学年にいるフローラ王女の取り巻きの一人ですぜ。」

 こいつらボクよりも二つも年下なんだ。
 まだ、十歳でカツアゲなんて、ロクな大人にならないね。
 そういえば、以前ターニャちゃんに連れて行ってもらった帝国のスラム。
 十歳くらいで、とんでもない悪さをしている連中がいたっけ。
 貴族の子供がスラムの子供と変わらない事をしているなんて、嘆かわしいね。

「それが何だってんだ、王女様がこんなちっぽけなことに首を突っ込む訳ねえだろうが。」

「親分知らないんすか。
 フローラ王女の母ちゃん、ミルト皇太子妃の話。
 あの皇太子妃、俺ら伝統派貴族を目の敵にしていて、お取り潰しにする口実を探しているんでさあ。
 俺は親父から、何をしても良いが、間違ってもフローラ王女の不興だけはかうなときつく言われたんす。」

「そういえば、オヤジの仲間が幾つか取り潰されて、貴族じゃなくなったって聞いたことがある。
 オヤジがブツブツ文句を言ってたけど、それをやったのが皇太子妃なのか?」

「そうでっせ。
 特に、アロガンツ伯爵、俺達の仲間にも息子がいたでしょうが。
 フローラ王女の取り巻きの一人にちょっかいを掛けて潰されたともっぱらの評判になってるんす。」

 ああ、アロガンツ伯爵ってターニャちゃんにちょっかいかけて手痛いしっぺ返しを食らった貴族だね。
 取り巻きの悪ガキ、本当に色々と詳しいんだ、頭悪そうなのに。 
  
 取り巻きの話を聞いた伯爵家の息子は急に焦りの色を見せたんだ。

「ちっ、しょうがねえな。
 今日のところは勘弁してやるとするか。
 でもな、成り上がりの子爵家の分際で、でっかい顔しているんじゃねえぞ。」

 そう言って、すごすごと尻尾を巻いて退散していく伯爵家の息子とその取り巻き達。
 あれが、負け犬の遠吠えって言うんだね。初めて聞いたよ。 

 取り残されたのは、ボクと脅されていた少年の二人。
 少年はハンナちゃんと同じ年のはずだけど、ハンナちゃんより少し幼い感じだった。
 きれいな金髪はボクよりもきちんと手入れされていてとってもサラサラ、女の子みたいだった。

「お姉ちゃん、助けてくれて有り難う。
 僕は、ペーター・ブラウン。
 ブラウン子爵家の次男で今初等部の二年生です。」

 そう言ってペーターは嬉しそうに抱き付いて来たんだ。
 そう、これが出会いだったの。

     ********

 突然抱き付かれて戸惑ったけど、小さな男の子だし、弟ってこんな感じなのかなとその時は思ったんだ。
 ペーターの自己紹介を受けて、私も自己紹介をしたんだけど。

「これから、ルーナお姉ちゃんって呼んでいい?」

 抱き付いたまま上目遣いに尋ねてくるペーター。
 本当に弟ができたみたいに感じた私は思わずウンと言ってしまったよ。

「ボク、寮でもあの人達に虐められているの。
 あの人達が普通クラスなのに、男爵家の僕が特別クラスにいるのが気に入らないみたいだったの。
 お父さんが出世して、子爵に格上げされたのが気に食わないようで、最近いじめが酷いんだ。
 きっと、寮に帰ったら、さっきの腹いせにもっと虐められちゃう。
 ねえ、ルーナお姉ちゃん、お願い。
 今日はルーナお姉ちゃんのお部屋に泊めてもらえる?」

 上目遣いで言うペーター、ずるい、そんな捨てられた子犬みたいな目で見られたらダメと言えないじゃない。
 ボクはその時思ったんだ、『』と。

 結局その日は、そのままボクの部屋に連れて来たのだけど。
 部屋に向かう途中、ペーターはボクと手をつないでとっても楽しそうにしていたんだ。

 その晩、ペーターはボクの部屋に泊まったのだけど…。

「ルーナお姉ちゃん、一人じゃ心細くて眠れないの。
 一緒に寝て良い?」

 ボクがうとうとしていると、枕を抱えたペーターがボクの寝室にやって来て言ったんだよ。
 あの上目遣いで…。

 ボクにダメと言える訳もなく、その晩はペーターと一緒に眠ることになったんだ。
 ボクは、ウンディーネ様に寝坊助と言われたように、異常に寝つきが良くて、寝起きが悪いんだ。
 でもこの晩は、なかなか眠れなかったの。
 私の懐で眠るペーターのあどけない寝顔を見ていると、懐かしい昔を思い出してしまって…。
 おかげで次の日は寝不足で、授業中に居眠りをしちゃって、すごく怒られたっけ。

 その日以降、ペーターはなんだかんだと言っては、ボクの部屋に来るようになり。
 結局のところ、居着いてしまったんだ。
 夕食を取るとボクの部屋に来て、朝食前に自分の寮に戻る。
 いつの間にかそんな生活パターンが出来上がっていたの。

 でも、そんな生活も結構気に入っていたんだ。
 ペーターは、線が細く見た目女の子のようなんだけど、性格にも女性的な細やかなとこがあって。

「まったく、ルーナお姉ちゃんは、こんなに部屋を散らかして…。
 あんまり汚くしていると、部屋に虫が湧いちゃよ。」
 
 そう言って、『汚部屋』と言われたボクの部屋の片付けをしてくれるようになったの。
 幾ら子供とは言え男の子を部屋に連れ込んでいると、厳格なエルフリーデちゃんあたりに叱られるかと思っていたけど。

「全く、気の利く良い子ね。
 あなたとこの子なら、間違いは起こらないだろうから、私は何も言わないわ。
 この子がいてくれれば、『汚部屋』に戻ることもないだろうし。
 何より、毎朝この子があなたを起こしてくれるから、私達も大助かりだわ。」

 厳格なエルフリーデちゃんもそう言ってペーターを歓迎したんだ、完全な寮則違反なのに。

     ********

 そんなボクに転機が訪れたのは高等部の二年生の時だった。
 ボクには四歳年上の兄貴がいたんだ。
 『いたんだ』という過去形だけど、別に死んじゃった訳じゃないよ。今でもピンピンしている。

 兄貴は、親父に似て脳筋タイプで勉強が苦手だったの。
 それで、王立学園の普通クラスに在籍していたんだ、その時は高等部の三年生で卒業を間近に控えていたんだけど。

 兄貴は卒業後、親父の後を継いで領主になるべく、アルムートへ帰って親父の手伝いをする予定だったの。
 ところが、この兄貴がしでかしてくれたんだ。
 同じクラスにいた南部地方の名門伯爵家の一粒種、婿を取って家を継ぐ予定の一人娘に手を出しちゃった。
 しかも、あてちゃったし…。

 両家ですったもんだがあって、結局兄貴は伯爵家に婿入りすることになっちゃった。いわゆるデキ婚というやつ。

 そして、

「まあ、出来ちゃったもんは仕方がない。
 心構えが出来ていないおまえにゃ悪いが、今日からおまえが俺の跡継ぎだ。
 学園を卒業したら、アルムートへ帰って来て、仕事を覚えてもらうぞ。
 そうと決まったら、早々に見合いでもして婿を取ってもらわんとな。」

 過ぎてしまった事を気に病まないがモットーのボクの親父、兄貴の結婚式の後、そんなことを言いやがった。
 ガハハハッって笑いながら…。

 ボクはちゃらんぽらんに見えるかも知れないけど、勉強は出来る方で特別クラスの中でも成績は上位だったの。
 もちろん、ターニャちゃん、ミーナちゃん、エルフリーデちゃんには負けていたけど。
 だから、卒業したら官吏になって王都に残る予定にしてたんだ。高等文官になれば、将来が安泰だからね。

 ところが、兄貴の不始末のせいで故郷に戻って領主になるハメになっちゃった。

 この時、私は十四歳、ペーターは相変わらず私の部屋に居着き毎晩同じベッドで寝ていたんだ。
 そろそろ、二人共大人になりかけて、枕を共にするのは拙い年頃になっていたけど。

 相変わらずペーターは実際の年齢より幼く見え、私達は姉弟のように接していたんだ。
 周囲の人もそんな私達に苦言を呈する人はいなかった。
 寮監ですら血縁のある親戚だと勘違いして見逃していたくらいだから。

 そんなペーターがある晩、ボクにおイタをしたんだ。
 それまで、そんな気配は微塵も感じさせたことなかったのに。
 え、いくら寝つきの良いボクだって、体をまさぐられれば目を覚ますって。

 羽交い絞めにして、問い詰めるとペーターは泣きそうな顔をして言ったの。

「だって、ルーナお姉ちゃん、お見合いをして婿を取るって。
 そんなのいやだよ。僕、ずっとルーナお姉ちゃんと一緒にいたいの。
 ルーナお姉ちゃんのお兄さんみたいに、子供を作っちゃえばずっと一緒にいられると思って。」

 どうやら、ボクの兄貴が悪いお手本になったみたい。

「ねえ、ルーナお姉ちゃん、僕じゃダメなの?
 僕、ルーナお姉ちゃんのお婿さんになりたい。
 次男だから、婿入りしても平気なんだよ。」

 そう言って、上目遣いで訴えるペーター。
 例によって、捨てられた子犬が保護を求めるような、縋るような目でボクと一緒にいたいと訴えかけてくる。

 その時のペーターが、あの時のあの子の顔にダブって見えたの。
 『あーあ、このパターンか』、ボクはそう思いつつペーターに告げたんだ。

「そうね、それじゃあ、この命尽きるまで一緒にいることにしましょうか。」

 こうして、ボクはペーターを生涯の伴侶とする事を決めたんだ。

 もちろん、そう言う事は結婚するまでお預けにしたよ。
 この歳で子供は無理だし、第一、十二歳の子供を婿にする訳にはいかないからね。
                            (つづく)

 
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