17 / 29
第十七話 身の内に宿る才の芽から、瑞々しい若葉が
しおりを挟む
次はラルーチェの番だと思い、彼女の方へ視線を向けた私は、自分の目を疑った。
「それは……自分でやったのか?」
彼女は自身の名前を表す<ラルーチェ>という文字を、空中に書いていたのだ。誰に教わったでもなく、私の言語による説明を横で聴いていただけで。
稀に、本当に極稀にいるのだ。彼女のような魔法を自然に扱えてしまう人間が。
「え、は、はい。ダメでしたか」
駄目なはずがない。
人はその身の内にいくつもの蕾を宿しているが、それがいつ、どの分野で花開くのかは、様々なことに挑戦し無ければわからない。ゆえに、一輪の花すらも咲かせることができないまま、天寿を全うする人も少なくない。
だというのに、この子は今、魔法現出者としての潜在能力を十分過ぎるほどに開花させた。
「いや、いい。むしろよくやってくれた」
魔法を知らないにも関わらず、言葉を一度聴き、現出過程を二度見ただけで魔法を現出させることができてしまうような人間を、私は一人しか知らない。
「それでは、ラルーチェにはもう少し難しい魔法をやってもらおう」
私は、心の奥底から久々に湧き上がってきた興奮を悟られないよう、努めて柔らかな表情を作り、落ち着いた声でラルーチェに語りかける。
「君には、燃える水を生み出してもらう」
液体燃料を燃焼させると考えるのではなく、あくまでも水が燃えるという現象を魔法によって具現化してもらう。
水という物質は流動的で一定の形状を持たないので、現出させるのが難しい。その上、可燃性という特性を本来燃えるはずのない水に付与させることは、魔法学部を卒業した魔法現出者でも至難の業だ。
しかし、この子ならば出来てしまうかもしれない。
「先ほど空中に文字を描いたように、君の頭の中にある水のイメージをそのまま空中に描いてみてくれ」
先ほどのウィルとは違い、言葉だけで魔法の現出過程を説明していく。言語によって伝わってきた不鮮明な情報の継ぎ目を、彼女自身の想像力によって補うことで、正解への道筋を見つけ出してほしいからだ。
「必ずしも水を水と考える必要はない。灰色の雲から降ってくる小さな粒、川に流れている涼しげな液体、喉を潤すための冷たい飲み物、結果として生み出されるのが水であれば、考える現象は何でもいいんだ」
既存の魔法を魔導書通りに現出させるだけならば、そう遠く無い未来に魔法道具で代替可能になるだろう。それゆえ、この子達は『魔法使用者』としてではなく、魔法現出者としての能力を鍛える必要がある。
その能力の最たるものの一つが、水平思考だ。水平思考とは、特定の結果を先に立て、それを達成するための過程を多角的に検討する思考法で、魔法現出に必須である存在定義を創造するのに有効な手段の一つだ。この能力を体得するためには、求めている結果を導くための過程を数多く考え、その中から一番自分に合うと思われる過程を選択して実行する、という思考プロセスを踏む必要がある。
この水平思考を身に付けてもらうためにも、私は魔法の現出過程を1から10まで説明するのではなく、現象だけを詳しく説明し、現象に至る過程についてはラルーチェ自身に考えてほしいのだ。
これは、魔法を覚えたての人間に要求する技術としてはレベルが高い。
だが、私の目の前で静かに思考している少女の表情は、難題に立ち向かう挑戦者のそれでも無ければ、不可能を直感した敗北者のそれでも無い。それは、召喚したばかりの召喚獣に似た、人間らしからぬ無表情だった。
---------------------
造語解説
『魔法使用者』:かつては『魔法現出者』と一括して魔法使いと呼ばれていたのだが、魔法道具の登場により、誰にでも魔法が使えるようになったため、単に既存の魔法を使用する者を魔法使用者、独自の魔法を生み出す者を魔法現出者と区別するようになった。
「それは……自分でやったのか?」
彼女は自身の名前を表す<ラルーチェ>という文字を、空中に書いていたのだ。誰に教わったでもなく、私の言語による説明を横で聴いていただけで。
稀に、本当に極稀にいるのだ。彼女のような魔法を自然に扱えてしまう人間が。
「え、は、はい。ダメでしたか」
駄目なはずがない。
人はその身の内にいくつもの蕾を宿しているが、それがいつ、どの分野で花開くのかは、様々なことに挑戦し無ければわからない。ゆえに、一輪の花すらも咲かせることができないまま、天寿を全うする人も少なくない。
だというのに、この子は今、魔法現出者としての潜在能力を十分過ぎるほどに開花させた。
「いや、いい。むしろよくやってくれた」
魔法を知らないにも関わらず、言葉を一度聴き、現出過程を二度見ただけで魔法を現出させることができてしまうような人間を、私は一人しか知らない。
「それでは、ラルーチェにはもう少し難しい魔法をやってもらおう」
私は、心の奥底から久々に湧き上がってきた興奮を悟られないよう、努めて柔らかな表情を作り、落ち着いた声でラルーチェに語りかける。
「君には、燃える水を生み出してもらう」
液体燃料を燃焼させると考えるのではなく、あくまでも水が燃えるという現象を魔法によって具現化してもらう。
水という物質は流動的で一定の形状を持たないので、現出させるのが難しい。その上、可燃性という特性を本来燃えるはずのない水に付与させることは、魔法学部を卒業した魔法現出者でも至難の業だ。
しかし、この子ならば出来てしまうかもしれない。
「先ほど空中に文字を描いたように、君の頭の中にある水のイメージをそのまま空中に描いてみてくれ」
先ほどのウィルとは違い、言葉だけで魔法の現出過程を説明していく。言語によって伝わってきた不鮮明な情報の継ぎ目を、彼女自身の想像力によって補うことで、正解への道筋を見つけ出してほしいからだ。
「必ずしも水を水と考える必要はない。灰色の雲から降ってくる小さな粒、川に流れている涼しげな液体、喉を潤すための冷たい飲み物、結果として生み出されるのが水であれば、考える現象は何でもいいんだ」
既存の魔法を魔導書通りに現出させるだけならば、そう遠く無い未来に魔法道具で代替可能になるだろう。それゆえ、この子達は『魔法使用者』としてではなく、魔法現出者としての能力を鍛える必要がある。
その能力の最たるものの一つが、水平思考だ。水平思考とは、特定の結果を先に立て、それを達成するための過程を多角的に検討する思考法で、魔法現出に必須である存在定義を創造するのに有効な手段の一つだ。この能力を体得するためには、求めている結果を導くための過程を数多く考え、その中から一番自分に合うと思われる過程を選択して実行する、という思考プロセスを踏む必要がある。
この水平思考を身に付けてもらうためにも、私は魔法の現出過程を1から10まで説明するのではなく、現象だけを詳しく説明し、現象に至る過程についてはラルーチェ自身に考えてほしいのだ。
これは、魔法を覚えたての人間に要求する技術としてはレベルが高い。
だが、私の目の前で静かに思考している少女の表情は、難題に立ち向かう挑戦者のそれでも無ければ、不可能を直感した敗北者のそれでも無い。それは、召喚したばかりの召喚獣に似た、人間らしからぬ無表情だった。
---------------------
造語解説
『魔法使用者』:かつては『魔法現出者』と一括して魔法使いと呼ばれていたのだが、魔法道具の登場により、誰にでも魔法が使えるようになったため、単に既存の魔法を使用する者を魔法使用者、独自の魔法を生み出す者を魔法現出者と区別するようになった。
0
あなたにおすすめの小説
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる