シェフが私のことを好きになる確率

hayama_25

文字の大きさ
35 / 37

第35話

しおりを挟む
「寒いだろ。ココア入れてくるから待ってて」

 シェフの一言に、胸がきゅっと締め付けられた。

 素っ気ない言葉の中にも、私を気遣ってくれているのが伝わってくる。

 冷たい手をぎゅっと握りしめながら、彼の背中を見つめた。

 好き。  
 シェフのことが昨日よりもずっと──。

「シェフ…!」  

 その気持ちを抑えきれず、私は勢いよくシェフの背中にハグをした。

 温かさとぬくもりに触れると、心の奥で不安が溶けていくような気がした。

「っ、莉乃、?」  

 驚いたシェフの声が耳に届く。
 でもその声にも優しさが滲んでいる。

「好き、大好き」  

 私は震える声で、心の奥に隠していた気持ちを絞り出した。

 シェフの背中に抱きつきながら、涙がじんわりと滲んでくる。

「俺も好きだよ」  

 シェフの声が真っ直ぐに響く。

「…聞いて貰えますか?」

 恐る恐る言葉を紡いだ。

 シェフの答えが怖かったけれど、それでも聞いて欲しかった。

「うん」

 シェフが私の方に向き直ろうとした。  

「は、恥ずかしいから、このままで」  

 私は急いで言葉を絞り出し、シェフの動きを止めた。

 私の顔が熱くなる。

 でも、彼に気持ちを伝えるなら、今このままでしかできないと思った。

「シェフが元カノと言い争ってる所を見たと、ある人から聞きました」

 その言葉を言い出すのに、どれだけ勇気が必要だったか自分でも分からなかった。

 シェフは黙ったまま私の言葉を待っている。
 その沈黙が余計に不安を煽る。

「私が、シェフに昨日何かありましたかって聞いたのに、何も無いって言われて…」

 言葉を紡ぎながら、視線を落とした。

「心配かけないようにしたつもりだったんだけど、逆に心配かけたな。ごめん」

「それで、先週の土曜日も、女の人といる所を見つけて、それで…」

 また不安が胸を締め付ける。

「土曜日?」

 シェフが少し驚いたように聞き返す。 

「私が律とカフェに行った時です…それで、その、元カノ、ですか…?」

 声が震えていた。

 胸の奥で感じていた疑念が言葉となって漏れた。

「あの日は真由実さんと…あぁ、そういうこと」

 彼の声が穏やかで、どこか安心感を与えてくれる。

 けれど名前で呼ぶぐらいだから仲良いんだ。

 そう思った瞬間、胸がまたざわついた。  

「勘違いしてるみたいだけど、真由実さんは兄貴の奥さんだ」

「お兄さんいたんですか?」

 驚きと少しの安心感が胸を満たしていく。

「あぁ。言ってなかったっけ」

 シェフは滅多に自分の話をしてくれないから、兄弟がいるのも知らなかった。

「聞いてないです…」

「この前のは確かに元カノで。より戻そうなんて言われたけど、彼女いるしお前に気持ちなんてこれっぽっちもないって断った。だからわざわざ莉乃に言う必要がないと思った」

 シェフの言葉が真っ直ぐで、私の胸に響いた。

「…じゃあ、浮気じゃない?」  

 小さな声で問いかけた。涙がまた滲んでくる。

「うん。なぁ、そろそろそっち向いていいか?」  

 シェフの声が穏やかに響き、その一言が胸に小さな波紋を広げた。

 背中を抱きしめることで、かろうじて自分の気持ちを隠し通していたかった。

 その言葉に、私はさらにぎゅっと彼の背中を抱きしめた。

「…ダメです」  

 涙声で絞り出した言葉は震えていた。

 こんな半べそな顔見せたくない。

「顔、見たいんだけど」  

 シェフの言葉は優しさを帯びていて、抱きしめていた力が緩む。


 シェフが向き合ってくれるその瞬間、胸が温かくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

五年越しの再会と、揺れる恋心

柴田はつみ
恋愛
春山千尋24歳は五年前に広瀬洋介27歳に振られたと思い込み洋介から離れた。 千尋は今大手の商事会社に副社長の秘書として働いている。 ある日振られたと思い込んでいる千尋の前に洋介が社長として現れた。 だが千尋には今中田和也26歳と付き合っている。 千尋の気持ちは?

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

会長にコーヒーを☕

シナモン
恋愛
やっと巡ってきた運。晴れて正社員となった私のお仕事は・・会長のお茶汲み? **タイトル変更 旧密室の恋**

処理中です...