シェフが私のことを好きになる確率

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第35話

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「寒いだろ。ココア入れてくるから待ってて」

 シェフの一言に、胸がきゅっと締め付けられた。

 素っ気ない言葉の中にも、私を気遣ってくれているのが伝わってくる。

 冷たい手をぎゅっと握りしめながら、彼の背中を見つめた。

 好き。  
 シェフのことが昨日よりもずっと──。

「シェフ…!」  

 その気持ちを抑えきれず、私は勢いよくシェフの背中にハグをした。

 温かさとぬくもりに触れると、心の奥で不安が溶けていくような気がした。

「っ、莉乃、?」  

 驚いたシェフの声が耳に届く。
 でもその声にも優しさが滲んでいる。

「好き、大好き」  

 私は震える声で、心の奥に隠していた気持ちを絞り出した。

 シェフの背中に抱きつきながら、涙がじんわりと滲んでくる。

「俺も好きだよ」  

 シェフの声が真っ直ぐに響く。

「…聞いて貰えますか?」

 恐る恐る言葉を紡いだ。

 シェフの答えが怖かったけれど、それでも聞いて欲しかった。

「うん」

 シェフが私の方に向き直ろうとした。  

「は、恥ずかしいから、このままで」  

 私は急いで言葉を絞り出し、シェフの動きを止めた。

 私の顔が熱くなる。

 でも、彼に気持ちを伝えるなら、今このままでしかできないと思った。

「シェフが元カノと言い争ってる所を見たと、ある人から聞きました」

 その言葉を言い出すのに、どれだけ勇気が必要だったか自分でも分からなかった。

 シェフは黙ったまま私の言葉を待っている。
 その沈黙が余計に不安を煽る。

「私が、シェフに昨日何かありましたかって聞いたのに、何も無いって言われて…」

 言葉を紡ぎながら、視線を落とした。

「心配かけないようにしたつもりだったんだけど、逆に心配かけたな。ごめん」

「それで、先週の土曜日も、女の人といる所を見つけて、それで…」

 また不安が胸を締め付ける。

「土曜日?」

 シェフが少し驚いたように聞き返す。 

「私が律とカフェに行った時です…それで、その、元カノ、ですか…?」

 声が震えていた。

 胸の奥で感じていた疑念が言葉となって漏れた。

「あの日は真由実さんと…あぁ、そういうこと」

 彼の声が穏やかで、どこか安心感を与えてくれる。

 けれど名前で呼ぶぐらいだから仲良いんだ。

 そう思った瞬間、胸がまたざわついた。  

「勘違いしてるみたいだけど、真由実さんは兄貴の奥さんだ」

「お兄さんいたんですか?」

 驚きと少しの安心感が胸を満たしていく。

「あぁ。言ってなかったっけ」

 シェフは滅多に自分の話をしてくれないから、兄弟がいるのも知らなかった。

「聞いてないです…」

「この前のは確かに元カノで。より戻そうなんて言われたけど、彼女いるしお前に気持ちなんてこれっぽっちもないって断った。だからわざわざ莉乃に言う必要がないと思った」

 シェフの言葉が真っ直ぐで、私の胸に響いた。

「…じゃあ、浮気じゃない?」  

 小さな声で問いかけた。涙がまた滲んでくる。

「うん。なぁ、そろそろそっち向いていいか?」  

 シェフの声が穏やかに響き、その一言が胸に小さな波紋を広げた。

 背中を抱きしめることで、かろうじて自分の気持ちを隠し通していたかった。

 その言葉に、私はさらにぎゅっと彼の背中を抱きしめた。

「…ダメです」  

 涙声で絞り出した言葉は震えていた。

 こんな半べそな顔見せたくない。

「顔、見たいんだけど」  

 シェフの言葉は優しさを帯びていて、抱きしめていた力が緩む。


 シェフが向き合ってくれるその瞬間、胸が温かくなった。
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