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第128話
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「それってどういう意味で言ってる?」
空気が凍る、という感覚が、こんなにも肌に触れるようにはっきり伝わってきたのは初めてだった。
優しくて、いつも柔らかな眼差しを向けてくれる柊先輩から出た、凍るような低い声。
「先輩…?」
声にならない声が漏れた。
こんなふうに柊先輩を呼ぶのは、きっと初めてだ。
呼吸が浅くなるのが自分でも分かった。
胸の真ん中に冷たい指を押しつけられたみたいで、息が詰まる。
優しい彼が目の前にいるはずなのに、
その声が、表情が、知らない誰かのもののように感じて怖かった。
一度も聞いたことないぐらい低い声。
どこか抑えているようで、それでも感情が滲み出ている。
怒っているような、いや、もっと冷たくて…鋭い感情。
私に向けられていないことはわかる。
けれど、まるで自分が責められているような錯覚に襲われる。
視線をどうすればいいかわからず、無意識に足が後退ってしまった。
靴音が、自分のものとは思えないほど遠くに感じた。
「どういう意味、とは?」
ゆっくり、低く、感情を押し殺すような言い方。
声色は淡々としているのに、目だけがまっすぐ鋭くて、ひどく冷静で。
柊先輩を見据えるその視線に、静かな火が宿っていた。
目と目がぶつかるように、二人が正面から対峙しているのがわかる。息をする音すらはばかられる緊張が、その場を覆っていた。
このままでは何か、取り返しのつかないことが起きてしまいそうな、そんな予感が…。
「俺の代わりに今まで心桜を守ってくれたことは感謝してるよ。でももう必要ないのに送ろうとする理由が、気になってね」
もう必要ない。
その言葉が、やけに冷たく響いて、胸の奥で音を立ててひび割れた。
遥希くんの真意は、私が一番わかっている。
遥希くんが言ってくれた“送りたい”という言葉は、ただの優しさだった。
それは確かに、私の不安に寄り添うような静かであたたかい手だった。
遥希くんはただ私が沙紀先輩と一緒に帰ることを心配して言ってくれてるだけなのに。
それだけなのに。
なのに、それが疑われるように言葉を向けられて。
なぜ、こんなふうに責められるような空気になってしまうんだろう。
「さっきから言ってるじゃないですか。ただ俺が心桜ちゃんのそばに居てあげたいって」
遥希くんの声は静かだった。
でもその静けさが、かえって重くて強い。
私のことをちゃんと見てくれているのが伝わってくる。
そこに込められた気持ちは、誰よりも真剣で、私を傷つけないように配慮されていた。
「それは友達として。だよね」
冷たい刃物のような言葉だった。
声に含まれる棘は隠されておらず、まるで私に確認するような、
突き刺すようなその言い方に、胸がきゅっと強く締めつけられた。
「あれ?前にもお伝えしたはずなので、分かってると思ってたんですけど、もう一度お伝えしましょうか?今ここで」
遥希くんの言葉に、鼓動が跳ね上がる。
遥希くんが柊先輩になんて言ったのかは分からない。
だけど、二人はどんどんエスカレートしていってるみたい。
まるで遠くの景色を、透明なガラス越しに見ているような不安定な感覚。
言葉の意味も、言い方も、すべてが危うい。
「ちょっ、ちょっと待って二人とも」
堪えきれずに口を開いた。
それ以上は、だめ。そう本能が叫んでいた。
止めなきゃ。
止められるのは、たぶん私しかいない。
腕が、気づかないうちに震えていた。
荷物を強く抱きしめるようにして、寒気のような不安をごまかす。
私は、ただ真ん中に立っているだけだった。
自分の気持ちひとつ言えないまま。
二人の間に引かれてしまった火種が、私のせいで燃え広がってしまう気がして、怖かった。
それなのに、何を言えばいいのか分からなくて、言葉がひとつも出てこない。
そんな自分自身が、一番許せなかった。
空気が凍る、という感覚が、こんなにも肌に触れるようにはっきり伝わってきたのは初めてだった。
優しくて、いつも柔らかな眼差しを向けてくれる柊先輩から出た、凍るような低い声。
「先輩…?」
声にならない声が漏れた。
こんなふうに柊先輩を呼ぶのは、きっと初めてだ。
呼吸が浅くなるのが自分でも分かった。
胸の真ん中に冷たい指を押しつけられたみたいで、息が詰まる。
優しい彼が目の前にいるはずなのに、
その声が、表情が、知らない誰かのもののように感じて怖かった。
一度も聞いたことないぐらい低い声。
どこか抑えているようで、それでも感情が滲み出ている。
怒っているような、いや、もっと冷たくて…鋭い感情。
私に向けられていないことはわかる。
けれど、まるで自分が責められているような錯覚に襲われる。
視線をどうすればいいかわからず、無意識に足が後退ってしまった。
靴音が、自分のものとは思えないほど遠くに感じた。
「どういう意味、とは?」
ゆっくり、低く、感情を押し殺すような言い方。
声色は淡々としているのに、目だけがまっすぐ鋭くて、ひどく冷静で。
柊先輩を見据えるその視線に、静かな火が宿っていた。
目と目がぶつかるように、二人が正面から対峙しているのがわかる。息をする音すらはばかられる緊張が、その場を覆っていた。
このままでは何か、取り返しのつかないことが起きてしまいそうな、そんな予感が…。
「俺の代わりに今まで心桜を守ってくれたことは感謝してるよ。でももう必要ないのに送ろうとする理由が、気になってね」
もう必要ない。
その言葉が、やけに冷たく響いて、胸の奥で音を立ててひび割れた。
遥希くんの真意は、私が一番わかっている。
遥希くんが言ってくれた“送りたい”という言葉は、ただの優しさだった。
それは確かに、私の不安に寄り添うような静かであたたかい手だった。
遥希くんはただ私が沙紀先輩と一緒に帰ることを心配して言ってくれてるだけなのに。
それだけなのに。
なのに、それが疑われるように言葉を向けられて。
なぜ、こんなふうに責められるような空気になってしまうんだろう。
「さっきから言ってるじゃないですか。ただ俺が心桜ちゃんのそばに居てあげたいって」
遥希くんの声は静かだった。
でもその静けさが、かえって重くて強い。
私のことをちゃんと見てくれているのが伝わってくる。
そこに込められた気持ちは、誰よりも真剣で、私を傷つけないように配慮されていた。
「それは友達として。だよね」
冷たい刃物のような言葉だった。
声に含まれる棘は隠されておらず、まるで私に確認するような、
突き刺すようなその言い方に、胸がきゅっと強く締めつけられた。
「あれ?前にもお伝えしたはずなので、分かってると思ってたんですけど、もう一度お伝えしましょうか?今ここで」
遥希くんの言葉に、鼓動が跳ね上がる。
遥希くんが柊先輩になんて言ったのかは分からない。
だけど、二人はどんどんエスカレートしていってるみたい。
まるで遠くの景色を、透明なガラス越しに見ているような不安定な感覚。
言葉の意味も、言い方も、すべてが危うい。
「ちょっ、ちょっと待って二人とも」
堪えきれずに口を開いた。
それ以上は、だめ。そう本能が叫んでいた。
止めなきゃ。
止められるのは、たぶん私しかいない。
腕が、気づかないうちに震えていた。
荷物を強く抱きしめるようにして、寒気のような不安をごまかす。
私は、ただ真ん中に立っているだけだった。
自分の気持ちひとつ言えないまま。
二人の間に引かれてしまった火種が、私のせいで燃え広がってしまう気がして、怖かった。
それなのに、何を言えばいいのか分からなくて、言葉がひとつも出てこない。
そんな自分自身が、一番許せなかった。
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