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正義のヒーロー.1
しおりを挟む※〈雪見蓮〉視点
ーーーーー
小さい頃の夢はヒーローだった。
そういうと、大抵の人は笑って『似合わない』と言う。
「おまえ、おんなみたいだな!」
「私よりかわいいじゃん……」
「かわいいねぇ、まるで女の子みたい」
「───アイツなら、抱けるわぁ」
嘲笑も、嫉妬も、猫なで声も、気持ち悪い視線も。
全部、嫌で嫌で仕方なかった。
どこへ行っても逃げられなくて、何年経っても終わらなくて、僕は悟ったのだ。
諦める───なんて、残念ながらそんな殊勝な性格はしていない。
女だの可愛いだのうるさい奴らの妄想を、ぶっ壊してやることにした。
だって、それが一番手っ取り早いでしょ?
ーーーーー
「気持ち悪いんだよ、クソが」
「はっ……?」
目を見開いて固まるバカを、僕は蔑むように見下ろす。
そいつは困惑しているのか、地面に座り込んだまま動かない。さっきまではすごい勢いで僕に襲いかかってきてたのに。
「『お前なら抱ける』?『俺が相手してやろうか』?……何様だよ」
「な、な……」
とどめに鼻で笑ってやれば、センパイは我に返ったのか顔を真っ赤にして怒りを露わにしている。
ここで『猿みたい』って煽ったらさすがにやり過ぎかなぁ。
でも、このセンパイ最近ずっと絡んできてウザかったし……一回本気で嫌われといた方がいいよね。
「お前みたいな頭の悪そうな奴となんて、こっちから願い下げ……っ、ぐ」
「俺を騙しやがって……!そのお綺麗な顔ボコボコにしてやる……!」
すごい形相で僕の胸ぐらを掴みあげる男を見て、思わず薄ら笑いを浮かべてしまう。
騙したっていうか、そっちが勝手に勘違いしただけでしょ。
ほんとに猿並みの頭しかないの?
別にこれ以上怒らせる意味もないから、口に出しはしないけど。
逆ギレとかダサすぎて内心嘲笑ってたのが顔に出てたんだろうか?
センパイは『バカにしやがって……!』と更に顔を赤くして拳を振り上げた。
(あ、殴られる……)
怖くないわけじゃない。
痛いのは嫌いだ。
……だけど、襲われるのはもっとイヤだから。
あー、もういっそ殴って不細工にしてくれないかな……。
こんな毎日毎日襲われる日々を終わりにできるなら、ちょっとくらい我慢しても────
「何をなさってるんですか?」
パシッ
衝撃に身構えて目をつむっていた僕は、突然聞こえた知らない声に驚いて目を開けた。
「え……」
最初に見えたのは、僕の目と鼻の先で逆ギレセンパイの拳を受け止めている誰かの手のひらだった。
細く、スラリとした指は綺麗で、肌も抜けるように白い。
目の前の手を鑑賞している場合ではないのだが、思わずポカンと口を開けたまま見とれてしまう。
それからたっぷり10秒は固まってから、僕はようやく我に返ってその手から視線を外した。
(てか、この人誰……?)
手から腕をたどって横顔へと視線を動かすが、その綺麗な顔立ちにはまるで見覚えがない。
けれど、なぜか目が離せなかった。
僕とセンパイの間に割って入ってきた腕は少し細くて、なぜ大柄なセンパイの拳を受け止められるのか不思議でしかない。
落ち着いた声も華奢な背中も、強さとは無縁のものに思えた。
それこそ、どちらかといえば『こちら側』の人だと。普段の校内ですれ違うだけなら、勝手に仲間意識を抱いていただろう。
けれど、その時の僕はその人───佐倉先輩の背中に、憧れずにはいられなかったのだ。
可憐な容姿に似合わない強さを秘めた眼差しが、僕を見つめて。
「大丈夫ですか?」
向けられた微笑みには同情も軽蔑もなく、ただ、なぜかひどく安堵を覚えた。
「くそっ、なんで、お前がっ……グッ!?」
「風紀だからに決まってるでしょう。さあ、何があったか説明していただきましょうか?」
自分より大柄な男の腕を易々とひねり上げ、僕の前に守るように立ちはだかるその背中にふさわしい名は、きっと。
(…………正義の、ヒーロー)
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