30 / 47
だから彼女を好いていた(5)
しおりを挟む
サディアスが孤児院内を歩くと、どこからか子どもたちの元気な声が聞こえてくる。
この時間の子どもたちは活動的だ。
まずは、子どもたちが集まっている場所へと足を向けた。
大きなテーブルがいくつか並んでいて、それぞれ子どもたちは好きなことをしている。
本を読んでいる子。字を書いている子。絵を描いている子。編み物をしている子――。
ここにいない子どもたちは、厨房にいるか、もしくは外を駆け回っているのだろう。
「今日は、サディアス様がいらっしゃいましたよ」
マザー長の言葉で、子どもたちの視線が一気に集まった。子どもたちの目はいつもキラキラと輝いているはずなのに、今日は少しだけ淀んでいる。
「サディアス様が、絵本を読んでくださるそうです」
それがここに来たときの通過儀礼のようなものだった。サディアスは絵本が並んでいる棚から、適当に一冊抜き取った。だが、それですら違和感を覚える。
「これ、よんで」
よたよたと男の子が寄ってきて、違う絵本を差し出した。サディアスは手にした絵本を棚に戻すと、男の子が渡してきた絵本を開く。
やはり、今までと何かが違う。その違う何かがわからないまま、サディアスは子どもたちの前で絵本を読みだした。
そうすると、様子を見ていた他の子どもたちも、ゆっくりとサディアスのほうに近づいてくる。
少しずつ子供たちの顔にも明るさが戻ってくる。
「……おしまい」
サディアスの最後の言葉で、ぱちぱちとまばらに拍手が起こった。
「サディアスさま」
別の男の子がおずおずと絵本をわたしてきた。
「このご本、直せますか?」
違和感の謎が解けた。ここにある絵本は使い古されているのだ。たくさん読めば読むほど、本も年季が入るのはわかる。それでも、新しい本は定期的に入ってくるはずで、彼らはよくそういった新しい本を読んでほしいと手にしていた。
その新しい本が見当たらない。
「直してくるよ」
蔵書の修繕は、素人には難しい。ここは王立図書館に務めている専門家に頼んだほうが間違いない。
サディアスは男の子から本を受け取った。中身をパラパラと確認すると、中のページがはずれていた。何度も繰り返し読んだのだろう。
「この本が好きなの?」
男の子は大きく頷いた。
「勇者が竜をやっつけるから、かっこいい」
もう一度サディアスは絵本の内容を確認する。彼が言う通り、竜が出てくる絵本だ。だが、竜は国を庇護しているため、尊い存在であると、昔から言われている。
それなのに、勇者に倒されるとは、その教えに反するような過激な内容である。竜を倒した勇者は、子どもたちが作ったとされる花冠をつけ、民から称えられている場面で終わっている。
「他にはどんな本が好き? 次にくるとき、いくつか新しいのを持ってこよう」
サディアスの言葉に子どもたちは次々と好きなお話を口にした。
「おひめさまが出てくる絵本」
「おいしい食べ物が出てくる絵本」
「動物がたくさんかつやくする絵本」
子どもたちの言葉に耳を傾けながら、サディアスはゆっくりと立ち上がった。
いつまでも一か所にとどまってはいけない。
「では、次は、たくさんの絵本を持ってくるよ」
次にサディアスは、石盤で字の練習をしている子どもたちの様子を見て回る。
「じょうずに書けているね」
教師がついているわけでもない。それでも彼らは手本を見て、丁寧に石筆で文字を書いていく。石盤いっぱいに文字を書くと、布で書いた文字を消し、次の文字を書く。
「サディアス様……」
字を消し終えた女の子が、ふとサディアスを見上げた。
「ラティアーナ様は、もう来てくださらないのですか?」
「ラティアーナ様は、聖女をやめてしまわれたから」
それ以上、どう答えたらいいかがわからなかった。来ないと言い切って、彼らの期待を奪うようなことはしたくない。だからといって、嘘もつきたくない。
「この字は、ここを少しはねたほうがいい」
無理矢理、話題を変えた。
この時間の子どもたちは活動的だ。
まずは、子どもたちが集まっている場所へと足を向けた。
大きなテーブルがいくつか並んでいて、それぞれ子どもたちは好きなことをしている。
本を読んでいる子。字を書いている子。絵を描いている子。編み物をしている子――。
ここにいない子どもたちは、厨房にいるか、もしくは外を駆け回っているのだろう。
「今日は、サディアス様がいらっしゃいましたよ」
マザー長の言葉で、子どもたちの視線が一気に集まった。子どもたちの目はいつもキラキラと輝いているはずなのに、今日は少しだけ淀んでいる。
「サディアス様が、絵本を読んでくださるそうです」
それがここに来たときの通過儀礼のようなものだった。サディアスは絵本が並んでいる棚から、適当に一冊抜き取った。だが、それですら違和感を覚える。
「これ、よんで」
よたよたと男の子が寄ってきて、違う絵本を差し出した。サディアスは手にした絵本を棚に戻すと、男の子が渡してきた絵本を開く。
やはり、今までと何かが違う。その違う何かがわからないまま、サディアスは子どもたちの前で絵本を読みだした。
そうすると、様子を見ていた他の子どもたちも、ゆっくりとサディアスのほうに近づいてくる。
少しずつ子供たちの顔にも明るさが戻ってくる。
「……おしまい」
サディアスの最後の言葉で、ぱちぱちとまばらに拍手が起こった。
「サディアスさま」
別の男の子がおずおずと絵本をわたしてきた。
「このご本、直せますか?」
違和感の謎が解けた。ここにある絵本は使い古されているのだ。たくさん読めば読むほど、本も年季が入るのはわかる。それでも、新しい本は定期的に入ってくるはずで、彼らはよくそういった新しい本を読んでほしいと手にしていた。
その新しい本が見当たらない。
「直してくるよ」
蔵書の修繕は、素人には難しい。ここは王立図書館に務めている専門家に頼んだほうが間違いない。
サディアスは男の子から本を受け取った。中身をパラパラと確認すると、中のページがはずれていた。何度も繰り返し読んだのだろう。
「この本が好きなの?」
男の子は大きく頷いた。
「勇者が竜をやっつけるから、かっこいい」
もう一度サディアスは絵本の内容を確認する。彼が言う通り、竜が出てくる絵本だ。だが、竜は国を庇護しているため、尊い存在であると、昔から言われている。
それなのに、勇者に倒されるとは、その教えに反するような過激な内容である。竜を倒した勇者は、子どもたちが作ったとされる花冠をつけ、民から称えられている場面で終わっている。
「他にはどんな本が好き? 次にくるとき、いくつか新しいのを持ってこよう」
サディアスの言葉に子どもたちは次々と好きなお話を口にした。
「おひめさまが出てくる絵本」
「おいしい食べ物が出てくる絵本」
「動物がたくさんかつやくする絵本」
子どもたちの言葉に耳を傾けながら、サディアスはゆっくりと立ち上がった。
いつまでも一か所にとどまってはいけない。
「では、次は、たくさんの絵本を持ってくるよ」
次にサディアスは、石盤で字の練習をしている子どもたちの様子を見て回る。
「じょうずに書けているね」
教師がついているわけでもない。それでも彼らは手本を見て、丁寧に石筆で文字を書いていく。石盤いっぱいに文字を書くと、布で書いた文字を消し、次の文字を書く。
「サディアス様……」
字を消し終えた女の子が、ふとサディアスを見上げた。
「ラティアーナ様は、もう来てくださらないのですか?」
「ラティアーナ様は、聖女をやめてしまわれたから」
それ以上、どう答えたらいいかがわからなかった。来ないと言い切って、彼らの期待を奪うようなことはしたくない。だからといって、嘘もつきたくない。
「この字は、ここを少しはねたほうがいい」
無理矢理、話題を変えた。
265
あなたにおすすめの小説
奪われる人生とはお別れします 婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました
水空 葵
恋愛
婚約者だった王太子殿下は、最近聖女様にかかりっきりで私には見向きもしない。
それなのに妃教育と称して仕事を押し付けてくる。
しまいには建国パーティーの時に婚約解消を突き付けられてしまった。
王太子殿下、それから私の両親。今まで尽くしてきたのに、裏切るなんて許せません。
でも、これ以上奪われるのは嫌なので、さっさとお別れしましょう。
◇2024/2/5 HOTランキング1位に掲載されました。
◇第17回 恋愛小説大賞で6位&奨励賞を頂きました。
◇レジーナブックスより書籍発売中です!
本当にありがとうございます!
【完結】全てを後悔しても、もう遅いですのよ。
アノマロカリス
恋愛
私の名前はレイラ・カストゥール侯爵令嬢で16歳。
この国である、レントグレマール王国の聖女を務めております。
生まれつき膨大な魔力を持って生まれた私は、侯爵家では異端の存在として扱われて来ました。
そんな私は少しでも両親の役に立って振り向いて欲しかったのですが…
両親は私に関心が無く、翌年に生まれたライラに全ての関心が行き…私はいない者として扱われました。
そして時が過ぎて…
私は聖女として王国で役に立っている頃、両親から見放された私ですが…
レントグレマール王国の第一王子のカリオス王子との婚姻が決まりました。
これで少しは両親も…と考えておりましたが、両親の取った行動は…私の代わりに溺愛する妹を王子と婚姻させる為に動き、私に捏造した濡れ衣を着せて婚約破棄をさせました。
私は…別にカリオス王子との婚姻を望んでいた訳ではありませんので別に怒ってはいないのですが、怒っているのは捏造された内容でした。
私が6歳の時のレントグレマール王国は、色々と厄災が付き纏っていたので快適な暮らしをさせる為に結界を張ったのですが…
そんな物は存在しないと言われました。
そうですか…それが答えなんですね?
なら、後悔なさって下さいね。
妹が真の聖女だったので、偽りの聖女である私は追放されました。でも、聖女の役目はものすごく退屈だったので、最高に嬉しいです【完結】
小平ニコ
ファンタジー
「お姉様、よくも私から夢を奪ってくれたわね。絶対に許さない」
私の妹――シャノーラはそう言うと、計略を巡らし、私から聖女の座を奪った。……でも、私は最高に良い気分だった。だって私、もともと聖女なんかになりたくなかったから。
退職金を貰い、大喜びで国を出た私は、『真の聖女』として国を守る立場になったシャノーラのことを思った。……あの子、聖女になって、一日の休みもなく国を守るのがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってるのかしら?
案の定、シャノーラはよく理解していなかった。
聖女として役目を果たしていくのが、とてつもなく困難な道であることを……
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ
タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。
灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。
だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。
ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。
婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。
嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。
その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。
翌朝、追放の命が下る。
砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。
――“真実を映す者、偽りを滅ぼす”
彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。
地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。
「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】
小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。
これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。
失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。
無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。
そんなある日のこと。
ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。
『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。
そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……
聖女を追放した国が滅びかけ、今さら戻ってこいは遅い
タマ マコト
ファンタジー
聖女リディアは国と民のために全てを捧げてきたのに、王太子ユリウスと伯爵令嬢エリシアの陰謀によって“無能”と断じられ、婚約も地位も奪われる。
さらに追放の夜、護衛に偽装した兵たちに命まで狙われ、雨の森で倒れ込む。
絶望の淵で彼女を救ったのは、隣国ノルディアの騎士団。
暖かな場所に運ばれたリディアは、初めて“聖女ではなく、一人の人間として扱われる優しさ”に触れ、自分がどれほど疲れ、傷ついていたかを思い知る。
そして彼女と祖国の運命は、この瞬間から静かにすれ違い始める。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる