だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)

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だから彼女を好いていた(4)

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「もしかして、これもですか?」

 紅茶と一緒に出されたにビスケットにサディアスは視線を落とす。よく見ると、少しだけ形がいびつにも見える。

「そうです。これも子どもたちが作りました」
「いただきます」

 子どもたちが作ったと聞いたのなら、食べないわけにはいかないだろう。

「やさしい味がしますね」

 特別美味しくもなければ、不味くもない。いたって普通のビスケットである。このビスケットに価値があるとすれば、ラティアーナが教えた子どもたちが作ったという点。

「サディアス様。この後、子どもたちにも会っていかれますか? ラティアーナ様が来られなくなってから、子どもたちも寂しがっておりまして。新しい聖女様……アイニス様? は、こちらに顔すら出してくださらないので……」

 マザー長は取り繕うかのように微笑んだ。

「申し訳ありません。アイニス様は、聖女様になられたばかり。また、未来の王太子妃としても学ぶことが多く、自分のことで手一杯なのです」
「そうなのですね……ただ、こちらの孤児院も、現状は以前ほどではないということをお伝えしておこうと思いまして……」
「それは、どういった意味ですか?」

 マザー長の含みを持たせた言い方はわかりにくい。
 だが、彼女の目が不自然に泳いでいる。言うべきか、言わぬべきか。迷っているようにも見えた。

「その……こういったことをサディアス様に申し上げていいものかどうか……」
「どうぞ、なんなりとおっしゃってください。内容によっては兄や父にも伝えますし、伝えるなと言うのであれば、僕の心の中に秘めておきますので」

 その言葉でマザー長の肩から力が抜けた。

「お恥ずかしいことに、以前に寄付していただいた物が不足し始めておりまして……」

 彼女はサディアスから目をそむける。

「それは、どういった意味でしょう?」

 先ほどから彼女はこんな感じだ。言葉を濁して、言いたいことを察しろと言わんばかりの表現。

「できれば、もう少し寄付をいただきたいと思いまして……」

 それでもマザー長は視線を合わせようとはしない。図々しい願いであると、自覚しているのだろう。

「ですが、兄が定期的に寄付をしているはずですが?」
 そうですね、とマザー長はぽつんと呟く。

「寄付をいただいていることになっているのですが、実は……ちがうのです」
「違う? どういう意味でしょうか?」

 サディアスはおもわず前のめりになった。

「私たちがいただいていたのは、ラティアーナ様が直接持ってきてくださった物のみで。王族の方から寄付されていると言われている物は、いっさいもらっていないのです。ですから、できれば、その……ラティアーナ様がいろいろと用立てしてくださっていた分だけでも、せめて……と思いまして……」

 もしかして、彼女はキンバリーの寄付を受け取っていないと言っているのだろうか。

「はっきりと答えてください。王太子殿下からの寄付金は受け取っていないと、そういうことなのですね?」
「は、はい……。ですが、他の方からはそういった物があるのでしょう、と言われて。もしかして、これからいただけるのかもしれない、とか。王太子殿下の顔に泥を塗ってはならないとか。そう思いまして……。いかにもいただいたかのように答えておりました」

 キンバリーの仕事を手伝っていたサディアスだからわかっている。彼は間違いなく、定期的に孤児院へ寄付金を送っている。それも、子どもたちやマザーたちが食べていくには十分な額を、だ。

「わかりました。兄に……王太子殿下に相談してみます」

 その言葉で、マザー長とやっと視線が合った。

「あの。子どもたちの様子をみることはできますか?」

 ラティアーナがいなくなった今、彼らがどのような生活を送っているのかが気になった。

「もちろんです。是非とも、子どもたちと会ってください。子どもたちも喜びますから」

 やっとマザー長の顔に、明るさが戻った。
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