3 / 68
1.不本意な縁談(1)
しおりを挟む
ハバリー国は、十以上の部族からなる新しい国である。
各部族間でもいざこざがよく起こっていたが、トラゴス大国に搾取されぬようにと、彼らは手を結んだ。
国の代表――国王には、古城ラフォンを所有するミルコ族の族長が就いた。ハバリー国民の半数がミルコ族であることを考えれば、妥当なところだろう。
古城ラフォンを中心に扇形に広がる首都サランは、もともとはミルコ族の大きな集落である。今ではそこにミルコ族以外の部族の者も集まり、にぎやかな街を作っている。多民族が集まっているためか、比較的自由であるのも、サランの特徴ともいえよう。
太陽が昇り始める朝、サランの街は黒から煉瓦色へと染め変わる。煉瓦屋根の煙突からは、次第に煙がもくもくとあがってきて、パンを焼く香ばしいにおいが立ちこめる。
ハバリー国が建国されて二年。
人々もハバリー国民としての生活に慣れ、ダスティンも国王としてやっと勝手がわかってきた頃、彼は一通の親書に悩んでいた。
「アーネスト、これ、どう思う?」
国王の執務室。採光用の天窓から降り注ぐ太陽の光は室内を明るく照らし、葡萄酒色の絨毯に趣を与える。
古城といえば古くさいイメージがあるが、建物自体に年季はあるものの内装は手入れが行き届いている。むしろ、先人の知恵による快適な空間でもあるのだ。
ダスティンは二十四歳という若さでハバリー国の国王に就いた。ミルコ族に多く見られる黒髪を、垂れ下がった犬の尻尾のように一つにまとめている。
ミルコ族の族長はダスティンの父親であったが、ハバリー国建国時に族長の座から降りて、ダスティンにその地位を譲った。今となっては、ダスティンの父親も立派な隠居爺である。
「唐突だな」
ダスティンとテーブルを挟んだ向かい側に座っているのが、アーネストである。年はダスティンよりも二つ上。青鈍の髪は短く刈り上げられ、額も耳も首元もしっかりと日に焼けているのが見てわかる。
族長にかわいがられたアーネストは闘神とも呼ばれ、ハバリー国の建国に一役買った。だから今では、ダスティンの右腕として非常に頼りにされているのだ。
「トラゴスからの手紙だ」
まるで開けたら爆発でもするかのように、ダスティンは親書を疑っている。
「とりあえず、開けてみたらどうだ? 封蝋は本物なのだろう?」
アーネストは鉄紺の眼を細くして尋ねた。
「ああ、確認してもらった。間違いなく本物だ。残念ながら、間違いなくトラゴスから届いたものだ。偽物だったらどれほどよかったか」
「お前が開けないのなら、俺が開けるが?」
その言葉を待ってましたといわんばかりに、ダスティンはテーブルの上に置いた手紙を、アーネストのほうにつつっと滑らせた。
手紙を受け取ったアーネストは、刃をつぶしたナイフを上着の内側から取り出して、封を開ける。
「ボン! って爆発したらどうしようかと思ったのだよ」
ダスティンはアーネストにとって弟のようなものだ。いや、義弟である。
だから彼も、アーネストを兄のように慕ってくるのだが、いかんせん慕い方がちょっとおかしい。
「お前が先に読んだほうがいいだろう」
封を開けた手紙を、今度はアーネストがつつっとテーブルの上を滑らせた。
「面倒くさいな」
その気持ちもわかる。なにしろ送り主がトラゴス大国なのだから。
折りたたまれた手紙をゆっくりと開ける様子にはじれったさを感じたが、それだけダスティンは読みたくないのだろう。
文字を追う深緑の眼には、すでに後悔の色が浮かんでいた。
「やはり……読むんじゃなかった」
そう言ったダスティンは、読み終えた手紙をテーブルの上に乱暴に投げ捨てる。
「俺が読んでもいいのか?」
「ああ」
ダスティンは荒々しく返事をしたが、むしろ「読んで欲しい」と行っているようにも聞こえた。
手紙を手にしたアーネストは、一字一句、違わぬように読み進める。
最後まで読み終えたとき、アーネストも後悔した。これは、読まなかったことにしておきたい案件である。
「どうしたらいい?」
「どうしたらいいも何も。受けるしかないだろう?」
「だが私は、すでに結婚している」
ダスティンはアーネストの妹であるマルガレットと、二年前に結婚した。
ハバリー国の国王に就いたのと、ほぼ同時期である。戴冠式は、そのまま結婚式になった。
「だから、そこに書いてあるだろう? 側妃にと」
トラゴス大国は、ハバリー国に王女を嫁がせたいと言ってきたのだ。ただ、さすがにダスティンに妃がいるのを知っていたようで、王女を側妃にと打診してきた。
「なんなんだよ、この嫁の押し売りは。だがハバリー国は、一夫多妻を認めていない。それは、国王の私だって同じだ」
国王というのは名ばかりで、この国の代表のような存在だからだ。
「だったら、それを理由に断ればいいだろう」
淡々と言葉を放つアーネストであるが、彼だってこの話を断ったときの危険性を知っている。
「今、トラゴス大国が攻めてきたら、勝算は?」
断るというのは、すなわちそういうこと。
「五分五分だな。ガイロの街がアレだからな。あそこの動き次第では負ける」
「うぅ~ん」
腕を組んで、ダスティンは唸るしかできない。
「こういうときこそ、族長に相談か?」
アーネストは藁にもすがる思いで、そう言った。その藁が族長と呼んでいる男――ダスティンの父親になる。だけど、この藁にはすがってはならないという気持ちもあった。
とにかく、嫌な予感がする。だけど、ダスティンがこの話を受け入れられない以上、族長に相談するのが妥当である。
各部族間でもいざこざがよく起こっていたが、トラゴス大国に搾取されぬようにと、彼らは手を結んだ。
国の代表――国王には、古城ラフォンを所有するミルコ族の族長が就いた。ハバリー国民の半数がミルコ族であることを考えれば、妥当なところだろう。
古城ラフォンを中心に扇形に広がる首都サランは、もともとはミルコ族の大きな集落である。今ではそこにミルコ族以外の部族の者も集まり、にぎやかな街を作っている。多民族が集まっているためか、比較的自由であるのも、サランの特徴ともいえよう。
太陽が昇り始める朝、サランの街は黒から煉瓦色へと染め変わる。煉瓦屋根の煙突からは、次第に煙がもくもくとあがってきて、パンを焼く香ばしいにおいが立ちこめる。
ハバリー国が建国されて二年。
人々もハバリー国民としての生活に慣れ、ダスティンも国王としてやっと勝手がわかってきた頃、彼は一通の親書に悩んでいた。
「アーネスト、これ、どう思う?」
国王の執務室。採光用の天窓から降り注ぐ太陽の光は室内を明るく照らし、葡萄酒色の絨毯に趣を与える。
古城といえば古くさいイメージがあるが、建物自体に年季はあるものの内装は手入れが行き届いている。むしろ、先人の知恵による快適な空間でもあるのだ。
ダスティンは二十四歳という若さでハバリー国の国王に就いた。ミルコ族に多く見られる黒髪を、垂れ下がった犬の尻尾のように一つにまとめている。
ミルコ族の族長はダスティンの父親であったが、ハバリー国建国時に族長の座から降りて、ダスティンにその地位を譲った。今となっては、ダスティンの父親も立派な隠居爺である。
「唐突だな」
ダスティンとテーブルを挟んだ向かい側に座っているのが、アーネストである。年はダスティンよりも二つ上。青鈍の髪は短く刈り上げられ、額も耳も首元もしっかりと日に焼けているのが見てわかる。
族長にかわいがられたアーネストは闘神とも呼ばれ、ハバリー国の建国に一役買った。だから今では、ダスティンの右腕として非常に頼りにされているのだ。
「トラゴスからの手紙だ」
まるで開けたら爆発でもするかのように、ダスティンは親書を疑っている。
「とりあえず、開けてみたらどうだ? 封蝋は本物なのだろう?」
アーネストは鉄紺の眼を細くして尋ねた。
「ああ、確認してもらった。間違いなく本物だ。残念ながら、間違いなくトラゴスから届いたものだ。偽物だったらどれほどよかったか」
「お前が開けないのなら、俺が開けるが?」
その言葉を待ってましたといわんばかりに、ダスティンはテーブルの上に置いた手紙を、アーネストのほうにつつっと滑らせた。
手紙を受け取ったアーネストは、刃をつぶしたナイフを上着の内側から取り出して、封を開ける。
「ボン! って爆発したらどうしようかと思ったのだよ」
ダスティンはアーネストにとって弟のようなものだ。いや、義弟である。
だから彼も、アーネストを兄のように慕ってくるのだが、いかんせん慕い方がちょっとおかしい。
「お前が先に読んだほうがいいだろう」
封を開けた手紙を、今度はアーネストがつつっとテーブルの上を滑らせた。
「面倒くさいな」
その気持ちもわかる。なにしろ送り主がトラゴス大国なのだから。
折りたたまれた手紙をゆっくりと開ける様子にはじれったさを感じたが、それだけダスティンは読みたくないのだろう。
文字を追う深緑の眼には、すでに後悔の色が浮かんでいた。
「やはり……読むんじゃなかった」
そう言ったダスティンは、読み終えた手紙をテーブルの上に乱暴に投げ捨てる。
「俺が読んでもいいのか?」
「ああ」
ダスティンは荒々しく返事をしたが、むしろ「読んで欲しい」と行っているようにも聞こえた。
手紙を手にしたアーネストは、一字一句、違わぬように読み進める。
最後まで読み終えたとき、アーネストも後悔した。これは、読まなかったことにしておきたい案件である。
「どうしたらいい?」
「どうしたらいいも何も。受けるしかないだろう?」
「だが私は、すでに結婚している」
ダスティンはアーネストの妹であるマルガレットと、二年前に結婚した。
ハバリー国の国王に就いたのと、ほぼ同時期である。戴冠式は、そのまま結婚式になった。
「だから、そこに書いてあるだろう? 側妃にと」
トラゴス大国は、ハバリー国に王女を嫁がせたいと言ってきたのだ。ただ、さすがにダスティンに妃がいるのを知っていたようで、王女を側妃にと打診してきた。
「なんなんだよ、この嫁の押し売りは。だがハバリー国は、一夫多妻を認めていない。それは、国王の私だって同じだ」
国王というのは名ばかりで、この国の代表のような存在だからだ。
「だったら、それを理由に断ればいいだろう」
淡々と言葉を放つアーネストであるが、彼だってこの話を断ったときの危険性を知っている。
「今、トラゴス大国が攻めてきたら、勝算は?」
断るというのは、すなわちそういうこと。
「五分五分だな。ガイロの街がアレだからな。あそこの動き次第では負ける」
「うぅ~ん」
腕を組んで、ダスティンは唸るしかできない。
「こういうときこそ、族長に相談か?」
アーネストは藁にもすがる思いで、そう言った。その藁が族長と呼んでいる男――ダスティンの父親になる。だけど、この藁にはすがってはならないという気持ちもあった。
とにかく、嫌な予感がする。だけど、ダスティンがこの話を受け入れられない以上、族長に相談するのが妥当である。
468
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
第3皇子は妃よりも騎士団長の妹の私を溺愛している 【完結】
日下奈緒
恋愛
王家に仕える騎士の妹・リリアーナは、冷徹と噂される第3皇子アシュレイに密かに想いを寄せていた。戦の前夜、命を懸けた一戦を前に、彼のもとを訪ね純潔を捧げる。勝利の凱旋後も、皇子は毎夜彼女を呼び続け、やがてリリアーナは身籠る。正妃に拒まれていた皇子は離縁を決意し、すべてを捨ててリリアーナを正式な妃として迎える——これは、禁じられた愛が真実の絆へと変わる、激甘ロマンス。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
辺境伯と幼妻の秘め事
睡眠不足
恋愛
父に虐げられていた23歳下のジュリアを守るため、形だけ娶った辺境伯のニコラス。それから5年近くが経過し、ジュリアは美しい女性に成長した。そんなある日、ニコラスはジュリアから本当の妻にしてほしいと迫られる。
途中まで書いていた話のストックが無くなったので、本来書きたかったヒロインが成長した後の話であるこちらを上げさせてもらいます。
*元の話を読まなくても全く問題ありません。
*15歳で成人となる世界です。
*異世界な上にヒーローは人外の血を引いています。
*なかなか本番にいきません
男嫌いな王女と、帰ってきた筆頭魔術師様の『執着的指導』 ~魔道具は大人の玩具じゃありません~
花虎
恋愛
魔術大国カリューノスの現国王の末っ子である第一王女エレノアは、その見た目から妖精姫と呼ばれ、可愛がられていた。
だが、10歳の頃男の家庭教師に誘拐されかけたことをきっかけに大人の男嫌いとなってしまう。そんなエレノアの遊び相手として送り込まれた美少女がいた。……けれどその正体は、兄王子の親友だった。
エレノアは彼を気に入り、嫌がるのもかまわずいたずらまがいにちょっかいをかけていた。けれど、いつの間にか彼はエレノアの前から去り、エレノアも誘拐の恐ろしい記憶を封印すると共に少年を忘れていく。
そんなエレノアの前に、可愛がっていた男の子が八年越しに大人になって再び現れた。
「やっと、あなたに復讐できる」
歪んだ復讐心と執着で魔道具を使ってエレノアに快楽責めを仕掛けてくる美形の宮廷魔術師リアン。
彼の真意は一体どこにあるのか……わからないままエレノアは彼に惹かれていく。
過去の出来事で男嫌いとなり引きこもりになってしまった王女(18)×王女に執着するヤンデレ天才宮廷魔術師(21)のラブコメです。
※ムーンライトノベルにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる