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「あぁ、聞きたくないわ」
 アンヌッカはゼヴェリの話を聞きたくないのか、両手で両耳を塞いだ。その様子を見ていたアルベティーナだが、その気持ちがわからないでもない。何しろ彼女はアルベティーナに『お淑やかさ』を求めているのだ。
「母上。人の話は最後まで聞きましょう」
 セヴェリがアンヌッカを宥めるかのように、優しく言葉を続ける。
「ええと、話を戻します。それでその王国騎士団ですが、このたび女性騎士を募集することになりました」
 セヴェリは真っすぐにアルベティーナを見つめた。アルベティーナは瞳をキラキラと輝かせていた。それはもう、まるで恋する乙女のように。
「シーグルード殿下が、是非ともアルベティーナを王国騎士団の女性騎士として迎え入れたいと。そう、おっしゃっておりました」
「シーグルード様がですか?」
 アルベティーナはあの舞踏会でシーグルードと会ったきり、あれ以降は会ったことがない。恐らく、バルコニーから飛び降りた、あれっきりだったはずだ。
「いい話じゃないか」
 腕を組んでじっと話を聞いていたコンラードが口を開いた。
「王太子殿下自らアルベティーナを女性騎士として迎えたいとおっしゃってくださったのだろう?」
 そうです、とセヴェリは頷く。
「裏を返せば、命令、ということだな」
 セヴェリはもう一度、黙って頷いた。
 大きく息を吐いたのは、アンヌッカだ。頭が痛い、とでも言うかのように右手で額を押さえている。
「どうしてこうなったのかしら」
 恐らくそれがアンヌッカの本音だろう。彼女だって、可愛い娘を女性騎士にしようと思って育てあげたわけではないのだ。
「それは、ティーナが私の娘、だからだろうな……。それは、それで……。まあ、ティーナには申し訳ないと思っている」
「どうしてお父さまが謝るのですか? 私はお父さまの娘でいられて幸せですし、このような有難いお話を、シーグルード様からいただけることも光栄なことであると思っております」
「と本人が言っている。アン。もう、あきらめるしかないだろう……」
「あなたは以前からこうなることが分かっていた、というような感じがしましたけどね」
 コンラードもアンヌッカからのそれに否定はしなかった。
「私、気分が優れないので、少し休んでまいります」
 すっと立ち上がったアンヌッカは、サロンを出ていく。
「お母さま?」
 アルベティーナは不安になって彼女の後を追おうとしたが、それをコンラードにとめられた。
「気にするな。アンにはアンなりに思うところがあるのだよ。一人になって考えたいことだってある。後で私が様子を見に行くから、今はまずセヴェリの話を聞こう」
 アルベティーナは、カップを手にした。これは彼女が好きな茶葉だ。少し、果実の香りが漂い、後味も爽やかなお茶。アンヌッカがあのような感情になってしまっているのが少し心に引っかかってはいるが、セヴェリが口にした『女性騎士』は、アルベティーナにとっては非常に魅力的なものでもある。
「二年前。ティーナが社交界デビューしたあの舞踏会で、人身売買に関わっていたプレヴィール子爵が捕まった」
「もしかして、あの時の?」
「そう。ティーナが蹴りを入れて気絶させた、優男やさおとこだ。もちろん、プレヴィール子爵本人は、あのときの女性をティーナであることは知らないはずだ。だから、仕返しとかそういうのは心配しないで欲しい」
 アルベティーナは彼からの報復を心配していたわけではない。あの場にいた女性を攫おうとしていたのが、爵位ある人間だったことに驚いただけなのだ。
「あの場にティーナがいたことを知っているのは、殿下の周辺にいる者だけ。だが、ティーナの活躍をあの殿下が忘れるわけもなく、今回の女性騎士の話があがったときに、絶対に必要な人材だと熱く語っていらっしゃった」
「お恥ずかしいですね……」
 アルベティーナは本当に恥ずかしかった。そのようにシーグルードから熱く語られたことと、あのときのことをきっちりと覚えられていたことと。彼女の白い頬がほんのりと色づき始める。
「どうだ? ティーナ。引き受けてみる気はないか?」
 先ほどコンラードは『命令』と口にしていたが、それでもアルベティーナの意思を尊重させてくれるようなセヴェリの気遣いに、彼の優しさを垣間見たような気がした。
「セヴェリお兄さま。その話、喜んで引き受けさせていただきます。と、殿下にお伝えください」
 アルベティーナはにっこりと微笑んで答えた。
 こうしてアルベティーナは、女性騎士第一期生として王国騎士団に入団することになったのである。もちろんアンヌッカは嘆いていたが、それでも最後はアルベティーナのやりたいことしなさいと背を押してくれた。そんな彼女にアルベティーナは感謝しかなかった。
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