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 太陽が西のリシェール山に沈みかけようとしているため、辺りはオレンジ色に染められていた。ルドルフからはあの建物から日勤の騎士達がいなくなる時間帯に裏口から入るようにと指示を出されていたため、辻馬車をそこに停車して二人は降りた。騎士達も口は堅いのだが、万が一に備えての根回しをしておくに越したことはない。
 まだここの騎士団の建物の造りに慣れていないアルベティーナにとって、セヴェリが案内役を買ってくれたのも、非常に心強いものがあった。人目を避けるように裏口からこっそりと建物の中に入り、人気のない廊下を歩く。裏口を始めて利用したアルベティーナだが、この廊下はどこか殺風景だった。つまり、装飾品が何も無いに等しい。奥に続く白い廊下がただひっそりと伸びているだけ。
 突き当りまで進むと、見るからに重そうな鉄の扉があり、それをセヴェリは軽々と開ける。彼は扉の向こう側に人がいないことを確認してから、彼はアルベティーナを呼ぶ。
 なんと、扉の向こう側はルドルフの執務室へと続く廊下になっていたのだ。騎士のトロフィーや鎧などが飾ってある見慣れた廊下。その廊下の壁の一部が隠し通路へと続く隠し扉になっていたのである。
「ティーナ、この場所を覚えておきなさい」
 騎士団の人間であれば誰でも知っている隠し扉なのかと思いきや、どうやらそうではないようだ。そもそもあの裏口だってセヴェリがいなかったら、アルベティーナにはわからなかっただろう。
 セヴェリが扉を叩くと、「入ってくるように」とルドルフの声が扉の向こう側から聞こえてきた。
「セヴェリか。アルベティーナはどうした?」
 恐らくアルベティーナの姿はセヴェリの背にすっぽりと隠れてしまって彼から見えていないのだろう。ルドルフの声が少し不機嫌なようにも聞こえた。
「お待たせしまして申し訳ありません」
 身体の大きなセヴェリの後ろから、アルベティーナが姿を現し、頭を下げる。そして顔を上げれば彼女の視界には、正装に身を包むルドルフの姿が飛び込んできた。チャコールグレイの前髪を後ろに撫でつけている姿は、普段の姿と印象と異なっていた。
「隣の部屋に侍女を呼んである。すぐに着替えてこい」
 ルドルフは冷たい視線をアルベティーナに向けると、そう指示をした。
「はい」
 続きの部屋へと続く扉が開き、中から二人の侍女たちが出てきた。アルベティーナに寄り添ってきた侍女たちによって、続きの部屋へと連れていかれてしまう。
 その部屋にはさらに数人の侍女がいて、アルベティーナの姿を見た途端、寄って集って腕を伸ばしてくきた。鍔の大きな帽子は奪われ、銀白色の髪は広げられ、丁寧に梳かされていく。着ていたハイウェストのドレスも脱がされ下着姿に。だが、裏社交界に参加するようなドレスにはコルセットは不要らしい。それだけでもアルベティーナを安心させるには充分な理由の一つ。身体を絞めつけるコルセットは苦手である。さらに任務とあれば、コルセットで不要に身体を締め付けられてしまうと非常に動きにくいのだ。
 アルベティーナがただ突っ立っていただけにも関わらず、艶めかしい令嬢が出来上がったのはこの侍女たちの腕がいいのだろう。どこか胸元を強調した濃い藍色のロングドレス。艶やかな銀白色の髪は、あえて結わわずに後ろへ流している。濡れたような艶があり、ドレスの色とのコントラストが目を奪う。彼女の準備が整うと、侍女たちは一礼して立ち去っていく。余計なことを口には出さない、彼女たちはよくできている。
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