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第五章(1)
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シェリルにとって補佐官としての仕事を続けたいという気持ちはあるものの、日に日に慌ただしくなる毎日に決断を迫られるような気がしていた。
(婚約を解消するか、補佐官をやめるか……)
イライアスとの婚約を発表してしまった以上、シェリルには王太子の婚約者としての立場が求められる。婚約期間中は結婚へ向けての準備期間でもある。
ましてイライアスが二十歳を過ぎていることもあり、周囲はあれよあれよと結婚式への準備をすすめていく。
シェリルもつい先日、ウェディングドレスのための採寸を終えたばかりだった。
「あの……殿下……」
シェリルは毎日のように、イチゴを使った食品を口にしていた。今では、摂取できる量も把握できるようになって、激しい劣情が襲いかかってくることもパタリと減った。だが、調子にのって食べ過ぎてしまうと、身体が疼いて仕方ない。
そういった場合は、不本意ながらもイライアスに慰めてもらう必要があった。
そんななか、今も二人でイチゴのお酒を飲んでいたところだった。
「シェリルはいつまでも俺のことを殿下と呼ぶのだな」
最近のイライアスは、見るからに不機嫌である。何よりも、コバルトブルーの目の奥が冷たいのだ。
「婚約して二か月経った。四ヶ月後には結婚する。もう少し、俺に寄り添ってくれてもいいのではないか?」
冷たい眼差しのまま放たれた彼の言葉には、抑揚もない。
「その結婚について、ご相談があるのです」
「なんだ? もっと派手なドレスがいいのか? それとも招待客か? 呼びたい友人でもいるのか?」
「いえ……」
シェリルは、手の中にあるグラスを見つめる。このふざけた婚約関係を、そろそろ終わりにしなければならない。日が経てば経つほど、結婚式の準備が整ってしまい、後戻りができなくなる。
「この婚約を解消しませんか?」
イライアスがひゅっと息を呑むのがわかった。
「この期に及んで、まだそんなことを言うのか?」
彼が声を荒らげる。
「ですがこの婚約は、殿下がほかの女性と結婚しないための布石だったのですよね? 一年以内に婚約者を決めなければ、陛下が勝手に相手を決めると」
「そう言われたのは認める。だが、それだけの言葉で、俺がシェリルを選んだと思うのか?」
「この結婚は殿下の命令だった。断ってはならないと、そうおっしゃったのは殿下ですよね?」
シェリルの言葉に、イライアスも押し黙る。
うぅっと何か言いたそうに唸っているイライアスだが、それが言葉になって出てこない。
「これ以上、婚約を続けると後戻りができないような気がしまして……。結婚式の準備も進んでいるではありませんか」
ドレスの採寸をされたときに、チクリと胸に痛みを感じたのだ。偽りの婚約であるのに、たくさんの人を騙している後ろめたさ。
「わたしは殿下の相手にふさわしくありません」
いきなりイライアスがバンとテーブルの上を力強く叩いた。怒りをぶつけた先がそれだったのだろう。衝撃によって、テーブルの上の飲み物の表面が波打つ。
「俺との婚約を解消するなんて許さない」
彼の瞳の奥は、ギラギラと炎を宿す。
「それとも、どうしても婚約を解消しなければならない理由があるのか?」
「それは……」
そもそもシェリルは結婚を望んでいない。他人と暮らすのはわずらわしいとすら思っている。そう考えるようになってしまったのも、すべては学園時代に受けていた嫌がらせが原因だ。自然と人を疑う癖がついている。
だが、それをイライアスには言いたくない。
「……ごめんなさい。わたし、部屋に戻ります」
これ以上、彼に伝える言葉はない。
「シェリル、待て……」
彼に捕まる前に部屋を出た。
婚約を解消したいと自ら口にしたのに、それを考えるとじくじくと胸が痛む。
この婚約は偽り。イライアスからの命令。
そう思っているのに、なぜか彼との結婚生活を想像していた。
結婚は望んでいなかったはずなのに、なぜそのような状況を思い浮かべたのか、シェリル自身もわからない。
二か月間、イライアスの側にいてその関係が心地よかったのかもしれない。
イチゴを食べる訓練だと言いながらも、その時間はシェリルにとっても有意義な時間だった。それは大好きだったイチゴを食べられるからだけではない。
もちろん、近くにいるのがイライアスだったからだ。
そもそも訓練だって、ルークと一緒に行うことだって可能だったのだ。むしろルークのほうが専門的な知識を有しているし、何よりも身内である。
だというのに、イライアスを選んでしまった理由がわからない。
彼だったら信じられるという気持ちがなぜ生まれたのかも、わからない。
(婚約を解消するか、補佐官をやめるか……)
イライアスとの婚約を発表してしまった以上、シェリルには王太子の婚約者としての立場が求められる。婚約期間中は結婚へ向けての準備期間でもある。
ましてイライアスが二十歳を過ぎていることもあり、周囲はあれよあれよと結婚式への準備をすすめていく。
シェリルもつい先日、ウェディングドレスのための採寸を終えたばかりだった。
「あの……殿下……」
シェリルは毎日のように、イチゴを使った食品を口にしていた。今では、摂取できる量も把握できるようになって、激しい劣情が襲いかかってくることもパタリと減った。だが、調子にのって食べ過ぎてしまうと、身体が疼いて仕方ない。
そういった場合は、不本意ながらもイライアスに慰めてもらう必要があった。
そんななか、今も二人でイチゴのお酒を飲んでいたところだった。
「シェリルはいつまでも俺のことを殿下と呼ぶのだな」
最近のイライアスは、見るからに不機嫌である。何よりも、コバルトブルーの目の奥が冷たいのだ。
「婚約して二か月経った。四ヶ月後には結婚する。もう少し、俺に寄り添ってくれてもいいのではないか?」
冷たい眼差しのまま放たれた彼の言葉には、抑揚もない。
「その結婚について、ご相談があるのです」
「なんだ? もっと派手なドレスがいいのか? それとも招待客か? 呼びたい友人でもいるのか?」
「いえ……」
シェリルは、手の中にあるグラスを見つめる。このふざけた婚約関係を、そろそろ終わりにしなければならない。日が経てば経つほど、結婚式の準備が整ってしまい、後戻りができなくなる。
「この婚約を解消しませんか?」
イライアスがひゅっと息を呑むのがわかった。
「この期に及んで、まだそんなことを言うのか?」
彼が声を荒らげる。
「ですがこの婚約は、殿下がほかの女性と結婚しないための布石だったのですよね? 一年以内に婚約者を決めなければ、陛下が勝手に相手を決めると」
「そう言われたのは認める。だが、それだけの言葉で、俺がシェリルを選んだと思うのか?」
「この結婚は殿下の命令だった。断ってはならないと、そうおっしゃったのは殿下ですよね?」
シェリルの言葉に、イライアスも押し黙る。
うぅっと何か言いたそうに唸っているイライアスだが、それが言葉になって出てこない。
「これ以上、婚約を続けると後戻りができないような気がしまして……。結婚式の準備も進んでいるではありませんか」
ドレスの採寸をされたときに、チクリと胸に痛みを感じたのだ。偽りの婚約であるのに、たくさんの人を騙している後ろめたさ。
「わたしは殿下の相手にふさわしくありません」
いきなりイライアスがバンとテーブルの上を力強く叩いた。怒りをぶつけた先がそれだったのだろう。衝撃によって、テーブルの上の飲み物の表面が波打つ。
「俺との婚約を解消するなんて許さない」
彼の瞳の奥は、ギラギラと炎を宿す。
「それとも、どうしても婚約を解消しなければならない理由があるのか?」
「それは……」
そもそもシェリルは結婚を望んでいない。他人と暮らすのはわずらわしいとすら思っている。そう考えるようになってしまったのも、すべては学園時代に受けていた嫌がらせが原因だ。自然と人を疑う癖がついている。
だが、それをイライアスには言いたくない。
「……ごめんなさい。わたし、部屋に戻ります」
これ以上、彼に伝える言葉はない。
「シェリル、待て……」
彼に捕まる前に部屋を出た。
婚約を解消したいと自ら口にしたのに、それを考えるとじくじくと胸が痛む。
この婚約は偽り。イライアスからの命令。
そう思っているのに、なぜか彼との結婚生活を想像していた。
結婚は望んでいなかったはずなのに、なぜそのような状況を思い浮かべたのか、シェリル自身もわからない。
二か月間、イライアスの側にいてその関係が心地よかったのかもしれない。
イチゴを食べる訓練だと言いながらも、その時間はシェリルにとっても有意義な時間だった。それは大好きだったイチゴを食べられるからだけではない。
もちろん、近くにいるのがイライアスだったからだ。
そもそも訓練だって、ルークと一緒に行うことだって可能だったのだ。むしろルークのほうが専門的な知識を有しているし、何よりも身内である。
だというのに、イライアスを選んでしまった理由がわからない。
彼だったら信じられるという気持ちがなぜ生まれたのかも、わからない。
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