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本編
4 貴族のルール
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ブラッドが出て行った後、すぐにクロードが現れた。ブラッドの家には入らず、すぐに馬車で移動する事になった。
「その髪色と目はブラッドが?」
「似合いますか?」
俺がそう言うとクロードは目を逸らした。なんだ、似合ってないのかと思ってクロードを見ると、ほんのり頬を染めて額に手を置いている。いや、マジでそんな反応をする相手じゃないから。この国の基準はおかしい。
「色が変わったくらいで色気と香りはごまかせません」
色気と香り? 思わず自分の腕を上げて匂いを嗅いでも、ブラッド家愛用の薔薇の香りが付いているだけだ。
「……そんな無防備な反応をしないで下さい。いくら私にパートナーがいると言っても、衝動に耐えられるとは限りません」
いやいや衝動って……と、クロードの言葉をいちいち皮肉って受け取っていると、クロードは真剣な顔つきで俺を見ていた。
「本当にお気をつけ下さい。貴族にはパートナーがいても、男相手なら一度だけは許されるという制度があるのです。大貴族ともなれば男の愛人を置くのも許される。気を抜けば攫われて囲われる危険があると肝に銘じて下さい」
「え? そんな危険な国なの?」
思わず驚きの声を上げると、クロードは不審な眼差しを向けて来た。
「他国ではまだ奴隷制度があります。この国は禁じられましたが、水面下の事までは把握できません。最初に連れられたのがブラッドでなければ、今頃、闇オークションの商品になっていたかもしれません」
「俺って売れるの?」
俺が無防備にそう言うと、クロードは深いため息を吐いた。
「ブラッドには言わないで下さい。ブラッドは本当にあなたが欲しいんですよ。あなたを副神殿長に保護してもらったのは、他貴族への牽制でもありますが、あなたと対等に向き合う為でもあるのですから」
対等? あの容姿の綺麗さにも薔薇の香りにも抗えないのに。確実に俺の方が不利だ。経験が足りなさすぎる。
クロードは俺の考えなんか気づきもせず、腰に下げている小さなカバンからチャリっとドッグタグを出した。
「これを首に掛けて下さい。あなたの身分を証明するものです。神殿の保護下にある事も印されていますので、上流階級を抑えるくらいの効力はあります」
クロードから受け取ったシルバーのドッグタグにはこちらの文字が書かれている。俺の名前と身元引き受け人が副神殿長、ブラッドが保護人と書いてあった。
「ありがとうございます」
首から下げて服の中にしまうと、ほのかに熱を帯びた気がした。
「それは特殊な細工がされていて、記された本人にしか外せません。ですので付けている間に取られる心配はないのでご安心を。それからブラッドが金を支払える機能を付加させていましたから、それを使いお好きな物を購入して下さい」
クロードは使い方も説明してくれた。ICカードのような物らしい。
「ありがとうございます。これは住民皆が付けているのですか?」
ブラッドも付けていたなと思っていると、クロードが服の下からタグを引き出して見せてくれた。クロードのタグは黒色で刻印された文字が銀色に削れている。そして上部の穴の右下に黒く丸い石が嵌められている。それにはダイヤモンドのような輝きがあった。
「石は飾り? 綺麗ですね」
見たままの感想を言えば、クロードは苦笑いをした。
「これはパートナーを意味する石です。ブラッドとは違い、自分で宣言する為の証です」
「ブラッドとは違い?」
「ブラッドはパートナーと同じ形のタグを付けています。動くと金属音をさせている男には決まったパートナーがいる証ですので、お気をつけ下さい」
「っていうか、ブラッドってパートナーがいるんだ」
それなのに俺を簡単に抱いた。そういえば好きだとか付き合うといった言葉は聞いていない。
「ブラッドは王族ですので、特殊な存在です。パートナーといっても政略的なものですから、一般とは違います」
「でもいるんでしょ? 奥さん」
「いますが、本当に政略的なものですので……」
「良かった。早く知れて。迷惑にならないように早く出て行かないとね」
本当はもう遅いのだけど、知られたくなくてごまかした。笑って見せたかったのにひきつっている。胸が痛い。馬鹿なのは自分だ。甘い言葉と美形につられて許してしまった。だけど誰かと恋人を共有する趣味はない。不倫も考えられない。いくら異世界でルールが違うと言われても、そこは変えられない。
クロードはまだブラッドの弁解をしたそうだったが、俺がもう話したくないという態度をしたから諦めたようだ。あれか、と思う。貴族なら一度は許されるという奇妙な制度。一度だけなら浮気にならない。強姦にもならない。貴族中心の悪習にしか思えない。弱い者が搾取されるのはどこでも同じなのだろう。
見目の良い男ばかりを見て浮かれていた気持ちが一気に冷めた。
連れて行ってもらった所は貴族街から離れた一般民が暮らすエリアで、中流階級くらいだろうか。ブラッドの家の庭なし建物だけくらいの大きさの家が並んでいる。その向こうにはアパートらしき建物が並んでいるエリアが見える。たぶんそっちが俺に近い一般民のエリアなのだろう。
「買い物はこの辺りの店でだいたいは揃えられると思います」
「食堂とかお酒が飲める店は? そういう所で働ける?」
ここに来る前は、居酒屋の厨房でバイトをしていた。こちらと料理の仕方が違うかもしれないが、働き先としてはわかりやすい。
「あなたが店に立てば店は繁盛しそうですが、言い寄られて嫌な目に合いそうですのでお勧めはできません」
「でも何かしないと稼げない」
「無理に働かなくとも、こちらに慣れるまでは……」
そう言いながらもクロードは俺の意思を無視はせず、クロードのお勧めの店を教えてくれた。貴族には一度のルールがあるが、庶民にはないこと。国軍が街の治安を守っているが、貴族寄りの考え方であること。この先に一般民のエリアがあることと、その先には貧民エリアがある事も隠さず教えてくれた。そちらには絶対に近づかないと約束もさせられた。
クロードの馬車に乗り帰る。ブラッドの家について馬車を降りたが、足がすくんで動けなかった。
「今すぐ家を出たい。どこかすぐに住める場所と仕事を紹介してください」
クロードにお願いする。
「……それでは私が叱られます」
「誰にですか? 副神殿長様? それともブラッド?」
俺がそう言うと、クロードは苦い顔をする。
「どちらにもです。……わかりました、貴方のお気持ちを優先します」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
特に持ち物もないので、降りた馬車にもう一度乗り込んだ。その日は神殿のクロードの部屋に身を隠した。ブラッドがクロードに俺の居場所を聞いたらしいが、副神殿長命令だと言って突っぱねたらしい。
クロードの部屋は白い壁に囲われた簡素なもので、机と椅子、ベッドが置かれていっぱいだ。ビジネスホテルの一室のようで落ち着いていられた。ブラッドに会わないで済んで本当に良かった。ブラッドに抱かれたことは、王族のお遊びに巻き込まれたのだと思って忘れる。忘れないとダメだ。
「その髪色と目はブラッドが?」
「似合いますか?」
俺がそう言うとクロードは目を逸らした。なんだ、似合ってないのかと思ってクロードを見ると、ほんのり頬を染めて額に手を置いている。いや、マジでそんな反応をする相手じゃないから。この国の基準はおかしい。
「色が変わったくらいで色気と香りはごまかせません」
色気と香り? 思わず自分の腕を上げて匂いを嗅いでも、ブラッド家愛用の薔薇の香りが付いているだけだ。
「……そんな無防備な反応をしないで下さい。いくら私にパートナーがいると言っても、衝動に耐えられるとは限りません」
いやいや衝動って……と、クロードの言葉をいちいち皮肉って受け取っていると、クロードは真剣な顔つきで俺を見ていた。
「本当にお気をつけ下さい。貴族にはパートナーがいても、男相手なら一度だけは許されるという制度があるのです。大貴族ともなれば男の愛人を置くのも許される。気を抜けば攫われて囲われる危険があると肝に銘じて下さい」
「え? そんな危険な国なの?」
思わず驚きの声を上げると、クロードは不審な眼差しを向けて来た。
「他国ではまだ奴隷制度があります。この国は禁じられましたが、水面下の事までは把握できません。最初に連れられたのがブラッドでなければ、今頃、闇オークションの商品になっていたかもしれません」
「俺って売れるの?」
俺が無防備にそう言うと、クロードは深いため息を吐いた。
「ブラッドには言わないで下さい。ブラッドは本当にあなたが欲しいんですよ。あなたを副神殿長に保護してもらったのは、他貴族への牽制でもありますが、あなたと対等に向き合う為でもあるのですから」
対等? あの容姿の綺麗さにも薔薇の香りにも抗えないのに。確実に俺の方が不利だ。経験が足りなさすぎる。
クロードは俺の考えなんか気づきもせず、腰に下げている小さなカバンからチャリっとドッグタグを出した。
「これを首に掛けて下さい。あなたの身分を証明するものです。神殿の保護下にある事も印されていますので、上流階級を抑えるくらいの効力はあります」
クロードから受け取ったシルバーのドッグタグにはこちらの文字が書かれている。俺の名前と身元引き受け人が副神殿長、ブラッドが保護人と書いてあった。
「ありがとうございます」
首から下げて服の中にしまうと、ほのかに熱を帯びた気がした。
「それは特殊な細工がされていて、記された本人にしか外せません。ですので付けている間に取られる心配はないのでご安心を。それからブラッドが金を支払える機能を付加させていましたから、それを使いお好きな物を購入して下さい」
クロードは使い方も説明してくれた。ICカードのような物らしい。
「ありがとうございます。これは住民皆が付けているのですか?」
ブラッドも付けていたなと思っていると、クロードが服の下からタグを引き出して見せてくれた。クロードのタグは黒色で刻印された文字が銀色に削れている。そして上部の穴の右下に黒く丸い石が嵌められている。それにはダイヤモンドのような輝きがあった。
「石は飾り? 綺麗ですね」
見たままの感想を言えば、クロードは苦笑いをした。
「これはパートナーを意味する石です。ブラッドとは違い、自分で宣言する為の証です」
「ブラッドとは違い?」
「ブラッドはパートナーと同じ形のタグを付けています。動くと金属音をさせている男には決まったパートナーがいる証ですので、お気をつけ下さい」
「っていうか、ブラッドってパートナーがいるんだ」
それなのに俺を簡単に抱いた。そういえば好きだとか付き合うといった言葉は聞いていない。
「ブラッドは王族ですので、特殊な存在です。パートナーといっても政略的なものですから、一般とは違います」
「でもいるんでしょ? 奥さん」
「いますが、本当に政略的なものですので……」
「良かった。早く知れて。迷惑にならないように早く出て行かないとね」
本当はもう遅いのだけど、知られたくなくてごまかした。笑って見せたかったのにひきつっている。胸が痛い。馬鹿なのは自分だ。甘い言葉と美形につられて許してしまった。だけど誰かと恋人を共有する趣味はない。不倫も考えられない。いくら異世界でルールが違うと言われても、そこは変えられない。
クロードはまだブラッドの弁解をしたそうだったが、俺がもう話したくないという態度をしたから諦めたようだ。あれか、と思う。貴族なら一度は許されるという奇妙な制度。一度だけなら浮気にならない。強姦にもならない。貴族中心の悪習にしか思えない。弱い者が搾取されるのはどこでも同じなのだろう。
見目の良い男ばかりを見て浮かれていた気持ちが一気に冷めた。
連れて行ってもらった所は貴族街から離れた一般民が暮らすエリアで、中流階級くらいだろうか。ブラッドの家の庭なし建物だけくらいの大きさの家が並んでいる。その向こうにはアパートらしき建物が並んでいるエリアが見える。たぶんそっちが俺に近い一般民のエリアなのだろう。
「買い物はこの辺りの店でだいたいは揃えられると思います」
「食堂とかお酒が飲める店は? そういう所で働ける?」
ここに来る前は、居酒屋の厨房でバイトをしていた。こちらと料理の仕方が違うかもしれないが、働き先としてはわかりやすい。
「あなたが店に立てば店は繁盛しそうですが、言い寄られて嫌な目に合いそうですのでお勧めはできません」
「でも何かしないと稼げない」
「無理に働かなくとも、こちらに慣れるまでは……」
そう言いながらもクロードは俺の意思を無視はせず、クロードのお勧めの店を教えてくれた。貴族には一度のルールがあるが、庶民にはないこと。国軍が街の治安を守っているが、貴族寄りの考え方であること。この先に一般民のエリアがあることと、その先には貧民エリアがある事も隠さず教えてくれた。そちらには絶対に近づかないと約束もさせられた。
クロードの馬車に乗り帰る。ブラッドの家について馬車を降りたが、足がすくんで動けなかった。
「今すぐ家を出たい。どこかすぐに住める場所と仕事を紹介してください」
クロードにお願いする。
「……それでは私が叱られます」
「誰にですか? 副神殿長様? それともブラッド?」
俺がそう言うと、クロードは苦い顔をする。
「どちらにもです。……わかりました、貴方のお気持ちを優先します」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
特に持ち物もないので、降りた馬車にもう一度乗り込んだ。その日は神殿のクロードの部屋に身を隠した。ブラッドがクロードに俺の居場所を聞いたらしいが、副神殿長命令だと言って突っぱねたらしい。
クロードの部屋は白い壁に囲われた簡素なもので、机と椅子、ベッドが置かれていっぱいだ。ビジネスホテルの一室のようで落ち着いていられた。ブラッドに会わないで済んで本当に良かった。ブラッドに抱かれたことは、王族のお遊びに巻き込まれたのだと思って忘れる。忘れないとダメだ。
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