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筋肉痛
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僕は今、なぜか一人のメイドと一緒に馬車に揺られている。
スキルもない、精霊様から見放された似非貴族について行きたがる使用人がいるはずもない……と、そう思っていたのだが――
『ダレット様の全てを、わたくしめがお支えいたします。健やかなるときも、病めるときも』
――たった一人だけ、そんなことを言ってくれる奇特な……というか、奇人のメイドがいたのだ。
彼女の名はフレン。衣装を変えれば貴族の令嬢と言われても差し支えない器量をしている。彼女はメイドらしく、というか普通のメイド以上に表情の変化が控え目な人だった。年は多分、僕と同じくらいなのだが、感情が読みにくい。正直、嫌われていると思っていた。
そういえば、部屋に引きこもっている間もよく部屋の掃除に来てくれていた気がするな……。
「フレン……本当に来て良かったのかい? 帰りたくなったらいつでも言ってくれていいからね?」
「ダレット様、お城が見えてきました」
「……帰る気はないと」
「ダレット様がお帰りになるのでしたら帰ります」
「あ、そう……」
彼女の考えていることはよく分からないけれど、一人でも味方がいてくれるのは心強かった。
(……ん?)
フレンの胸の辺りが光って……大きな鍵穴……?
……気のせいか。
女性の胸元をあまりじろじろと見るわけにもいかず、不意に見つけた幻を気のせいとして、僕は遠くの城を見据えるのだった。
「――ようこそおいでくださいました。ダレット様」
ミスボラ城で出迎えてくれたのは、ゼバース執事長だ。父上から城を任されている人だ。
「ゼバース執事長、これからよろしくお願いします」
「ダレット様はガウロス様のご子息であられますのに、そのようにかしこまる必要はございませんよ」
「そういうわけにもいきません。これからあなたに色々と学ばせていただくのですから」
「ははぁ……いやはや、お噂通り、謙虚な方でございますね」
謙虚か……まったくそんなことはない。城を運営している人を相手に、主君面する気には到底なれない……それだけの話だ。
城主の仕事量は人を殺せるかもしれない。アレフ兄さんは、僕と同じ年には既に父上の仕事の半分を受け持っていたというのだから、おそらく人ではない。
『ダレットのおかげで仕事量が増えなくて済む』
僕がアイアール城を出る前、長兄殿は珍しく笑えない冗談を言っていた。笑うべきなのか落ち込むべきなのか分からないでいたのだが、
『ふむ……冗談だったのだが、通じなかったか……』
などと落ち込んでいたので、僕は笑うべきだったらしい。無茶です。
「はは……」
長兄殿にしては情けない顔を思い出しながら、心が安らいでいる自分がいた。
(よし、頑張ろう……!)
農地の管理、城と領地の防衛……城主の仕事は多岐に渡るわけだが、ゼバース執事長はそれらの比較的責任の軽い部分に関する仕事を選りすぐってくれているらしい。僕でもなんとか食らいつくことができていた。
非常にありがたいと思う一方で、何もせずに自室で引きこもっていたことを後悔する自分もいる。
と、突然足に痛みが走った。
「あっ、あっ……!」
恐ろしいことに、座っているだけでふくらはぎがつってしまったのだ。運動不足がたたりすぎている。
そしてノックの音。
コン、コン、コン
「ダレット様、お食事をお持ちしました」
フレンの声……だが、彼女にこんな情けない姿を見せたくない。
「ゆ、床に置いておいてくれないか!」
「主人のお食事を床に置くなど、メイドとしてありえません」
「そ、そこをなんとか……! うっ、あが……」
「……ダレット様!? どうなさったのですか!?」
「なんでもない! なんでもないんだ!」
「……失礼します!」
ああ、もうおしまいだ。
「ダレット様!? どうなさったのですか!?」
「足が、つりました……」
「……まあ!」
フレンは、動けずにいた僕の足にためらいなく手を伸ばした。
「ちょ、ちょっと!」
「じっとしてください!」
さらに僕の足にまたがると、そのままふくらはぎを引っ張りだす。
「あっ、あっ、あ痛たたたたた!」
「我慢して!」
ああ、ゆっくりとふくらはぎが伸ばされていく。
……痛い。
……情けない。
……恥ずかしい。
これがスキルを授からなかった男の末路か。
痛みが落ち着くまでの間、フレンは僕のふくらはぎをずっとさすってくれていた。「そんなことしなくていいから!」と言ったのだが、フレンは命令を聞いてくれないのである。
「……ありがとう、フレン。君のおかげで痛みが収まったよ」
「いえ、当然のことをしたまでです」
「助けてもらっておいて、さらに僕のような人間が言うのもなんなんだけれど、命令を無視するのはどうして……でしょうか」
「……わたくしめが優先すべきことは、ダレット様の命令ではなく、ダレット様の身の安全でございますから」
そんなことを言われてしまっては、言い返す言葉も見つからなかった。
「それからダレット様、ご自分のことを下げるような言葉の選び方は、わたくしめには不要です。私はあなたのメイドなのですから」
「それはその……申し訳ない。君も知っている通り、僕はスキルを与えられなかった人間だから、さ」
「スキルなど、わたくしも授かっていません」
「あっ……ごめん! そういう意味で言ったつもりでは……!」
「承知しております。わたくしが申し上げたいのは……」
「……うん」
「わたくしがお仕えしているのは貴族ではなく、ダレット様であるということ……でございます」
フレンは一礼して執務室を出ていく。
どうして、彼女はそこまで自分に尽くしてくれるのだろうか。記憶を探ろうとしてみたものの、その理由を見つけることはできなかった。
またいつか、フレンに理由を聞いてみよう。
そう思いながら、僕は積み残した書類仕事に向き合う。
(体、鍛えないとな……)
僕は日課に肉体強化訓練を加えると誓うのだった。
スキルもない、精霊様から見放された似非貴族について行きたがる使用人がいるはずもない……と、そう思っていたのだが――
『ダレット様の全てを、わたくしめがお支えいたします。健やかなるときも、病めるときも』
――たった一人だけ、そんなことを言ってくれる奇特な……というか、奇人のメイドがいたのだ。
彼女の名はフレン。衣装を変えれば貴族の令嬢と言われても差し支えない器量をしている。彼女はメイドらしく、というか普通のメイド以上に表情の変化が控え目な人だった。年は多分、僕と同じくらいなのだが、感情が読みにくい。正直、嫌われていると思っていた。
そういえば、部屋に引きこもっている間もよく部屋の掃除に来てくれていた気がするな……。
「フレン……本当に来て良かったのかい? 帰りたくなったらいつでも言ってくれていいからね?」
「ダレット様、お城が見えてきました」
「……帰る気はないと」
「ダレット様がお帰りになるのでしたら帰ります」
「あ、そう……」
彼女の考えていることはよく分からないけれど、一人でも味方がいてくれるのは心強かった。
(……ん?)
フレンの胸の辺りが光って……大きな鍵穴……?
……気のせいか。
女性の胸元をあまりじろじろと見るわけにもいかず、不意に見つけた幻を気のせいとして、僕は遠くの城を見据えるのだった。
「――ようこそおいでくださいました。ダレット様」
ミスボラ城で出迎えてくれたのは、ゼバース執事長だ。父上から城を任されている人だ。
「ゼバース執事長、これからよろしくお願いします」
「ダレット様はガウロス様のご子息であられますのに、そのようにかしこまる必要はございませんよ」
「そういうわけにもいきません。これからあなたに色々と学ばせていただくのですから」
「ははぁ……いやはや、お噂通り、謙虚な方でございますね」
謙虚か……まったくそんなことはない。城を運営している人を相手に、主君面する気には到底なれない……それだけの話だ。
城主の仕事量は人を殺せるかもしれない。アレフ兄さんは、僕と同じ年には既に父上の仕事の半分を受け持っていたというのだから、おそらく人ではない。
『ダレットのおかげで仕事量が増えなくて済む』
僕がアイアール城を出る前、長兄殿は珍しく笑えない冗談を言っていた。笑うべきなのか落ち込むべきなのか分からないでいたのだが、
『ふむ……冗談だったのだが、通じなかったか……』
などと落ち込んでいたので、僕は笑うべきだったらしい。無茶です。
「はは……」
長兄殿にしては情けない顔を思い出しながら、心が安らいでいる自分がいた。
(よし、頑張ろう……!)
農地の管理、城と領地の防衛……城主の仕事は多岐に渡るわけだが、ゼバース執事長はそれらの比較的責任の軽い部分に関する仕事を選りすぐってくれているらしい。僕でもなんとか食らいつくことができていた。
非常にありがたいと思う一方で、何もせずに自室で引きこもっていたことを後悔する自分もいる。
と、突然足に痛みが走った。
「あっ、あっ……!」
恐ろしいことに、座っているだけでふくらはぎがつってしまったのだ。運動不足がたたりすぎている。
そしてノックの音。
コン、コン、コン
「ダレット様、お食事をお持ちしました」
フレンの声……だが、彼女にこんな情けない姿を見せたくない。
「ゆ、床に置いておいてくれないか!」
「主人のお食事を床に置くなど、メイドとしてありえません」
「そ、そこをなんとか……! うっ、あが……」
「……ダレット様!? どうなさったのですか!?」
「なんでもない! なんでもないんだ!」
「……失礼します!」
ああ、もうおしまいだ。
「ダレット様!? どうなさったのですか!?」
「足が、つりました……」
「……まあ!」
フレンは、動けずにいた僕の足にためらいなく手を伸ばした。
「ちょ、ちょっと!」
「じっとしてください!」
さらに僕の足にまたがると、そのままふくらはぎを引っ張りだす。
「あっ、あっ、あ痛たたたたた!」
「我慢して!」
ああ、ゆっくりとふくらはぎが伸ばされていく。
……痛い。
……情けない。
……恥ずかしい。
これがスキルを授からなかった男の末路か。
痛みが落ち着くまでの間、フレンは僕のふくらはぎをずっとさすってくれていた。「そんなことしなくていいから!」と言ったのだが、フレンは命令を聞いてくれないのである。
「……ありがとう、フレン。君のおかげで痛みが収まったよ」
「いえ、当然のことをしたまでです」
「助けてもらっておいて、さらに僕のような人間が言うのもなんなんだけれど、命令を無視するのはどうして……でしょうか」
「……わたくしめが優先すべきことは、ダレット様の命令ではなく、ダレット様の身の安全でございますから」
そんなことを言われてしまっては、言い返す言葉も見つからなかった。
「それからダレット様、ご自分のことを下げるような言葉の選び方は、わたくしめには不要です。私はあなたのメイドなのですから」
「それはその……申し訳ない。君も知っている通り、僕はスキルを与えられなかった人間だから、さ」
「スキルなど、わたくしも授かっていません」
「あっ……ごめん! そういう意味で言ったつもりでは……!」
「承知しております。わたくしが申し上げたいのは……」
「……うん」
「わたくしがお仕えしているのは貴族ではなく、ダレット様であるということ……でございます」
フレンは一礼して執務室を出ていく。
どうして、彼女はそこまで自分に尽くしてくれるのだろうか。記憶を探ろうとしてみたものの、その理由を見つけることはできなかった。
またいつか、フレンに理由を聞いてみよう。
そう思いながら、僕は積み残した書類仕事に向き合う。
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