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3. 少女は友達が欲しい
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ただの美しい人なら、リーギルはたくさん見てきたし、もはや見慣れているといってもいいぐらいだろう。何しろ、この国で一番の美女(とリーギルは信じているし、何なら公言して憚らないぐらいだ)のそばに、常日頃居るのだ。ちょっとやそっとの美人では動じないという、無意味な自信がある。
そもそも、身の回りの美人は、サラキアだけではない。
成人に伴い、2年前に真月宮から黒曜宮へ移った、サラキアの息子であるヴァンス第2皇子も外見は凛々しい美青年だった。サラキアに仕える侍女たちも貴族の娘やご婦人が多いらしくやっぱり美女揃いだし、真月宮に勤める女官たちもさすが、洗練されて品がある。例外は、腕と性格で選ばれる下働きの者たちぐらいだろう。
人以外の美しいものも、サラキアの傍でたくさん見てきた。一流の芸術家による絵画や彫刻だけではない、心が洗われるような清冽な景色から、感動に打ち震えるほど荘厳で雄大な景色まで。庶民にしてはありえない、破格といっていいほどたくさんの美しいものを見てきた。
そんなリーギルでさえも、あの子は素直に綺麗だと思える容貌で――けれど。
「……すっごく綺麗だったのに、すっごく空っぽだったんです」
生きている人間のはずなのに、これっぽっちもそんな気配がなかった。サラキアと一緒に見た彫刻のほうが、まだ生き生きとしていたかもしれない。瞬きする間に溶けて消えてしまいそうなほど、存在感がなかった。
それがひどく寂しくて、怖かったのだと、今なら言葉にすることができる。
「……あなたは、その子をこの世界に引き留めたかったの?」
「そこまで立派な考えは、その時はなかったと思いますよ」
静かな声音のサラキアの問いに、リーギルは苦笑した。あの時は何も考えてなかったし、ただ単に衝動的に動いただけだ。冷静になった今なら、もっとやりようはあったのではないかと思うけれど。
ただ触れて、本当に存在している人間だと確信したら、きっと。
「……友達になれたらな、って。思うんです」
厳しい試験を通り、国から給金を受け取る女官と異なり、侍女はそれぞれ皇妃や側妃、妾妃たちが私的に侍らせている扱いだ。そのため、リーギルのような例外を除いて、おおむね妃たちそれぞれの実家の縁を辿って宮に入ることがほとんどだ。実際、サラキアの侍女たちも基本的に、サラキアの実家であるヘルケ侯爵ゆかりの貴族の娘が多い。ヘルケ侯爵に対する忠誠の証として、結婚前の娘に『帝宮勤め』の箔をつけさせるため、あわよくば皇帝陛下の目に留まりお手付きにならないかという期待――理由はさまざまだろうが、結局は彼女たちも『家』を背負ってここにいる。ほとんど係累がおらず、ひとり気楽なリーギルとは、根本的に立場が違うのだ。
「あっ、サラキア様に不満があるとか、そういうことじゃないですよ!」
「ええ大丈夫。ちゃんとわかっているわ、私のかわいい紅花雀。確かに、私の侍女たちは皆とても優秀だけれど、あなたの『お友達』に相応しいかというと、難しいものねぇ……」
「いやまぁ、どっちかというとわたしのほうが相応しくないんですけど……まぁ、そういうことです」
すらりとした指を顎にあて考え込むサラキアに、リーギルはどう応じるか迷った挙句、こくりとうなずいた。
サラキアの侍女たちのうち半数は側近ともいうべき者たちで、緩やかな世代交代をしてはいるが基本的に長く勤めており、中にはサラキアが帝宮に入った時から共に居る猛者もいるほどだ。年齢もどちらかというリーギルよりはサラキアに近い。年が離れていては友人になれない、なんてことはないが……リーギルにとっては先輩であり、親戚のおねえさんのようであり、何よりもリーギルに礼儀作法を叩き込んだ師匠たちでもある。尊敬はしているが、友人と呼ぶのは恐れ多い。
残り半数は10代後半の娘さんたちが多く、年齢自体はリーギルにやや近いのだが、いかんせん人の入れ替わりが速い。ヘルケ侯爵家あるいはサラキアへの顔つなぎのために来ているのだろう、だいたいが半年ぐらいで辞めていく。実際、3か月ほど前に新しく入ってきた侍女が来月あたり結婚のために辞める予定ときているので、リーギルとしても「仲は悪くないけど、友人と呼べるほど仲良くもない」あたりが無難になってしまう。
今の状況に不満はない。優しい主、優しい先輩たち、おいしい食事と安眠できる環境。真月宮に来る前のことははっきりと覚えていないが、少なくとも今ほど恵まれた環境ではなかったはずだ。
だから、これ以上何かを望むなんて、大それたことをしてはいけないと思っていた。いや、そもそも現状満たされているのだ、毎日が楽しくて生きるのが楽しい。それで十分だった――はずなのに。
あの子を見た瞬間、強烈に惹きつけられた。そうして、気づいてしまった。空っぽの人間を見て、自分の寂しさに気づくだなんて、ひどい話だけれども。
(友達に、なってほしいな)
自分の寂しさを埋めれるものに飛びついただけの、傲慢な行いかもしれない。けれども、やり直せるならそこからやり直したい。無理なら、せめてあの時の謝罪だけでも。
「……なるほど。そういうことなら、明日から探しに行きましょう」
(ん?)
そもそも、身の回りの美人は、サラキアだけではない。
成人に伴い、2年前に真月宮から黒曜宮へ移った、サラキアの息子であるヴァンス第2皇子も外見は凛々しい美青年だった。サラキアに仕える侍女たちも貴族の娘やご婦人が多いらしくやっぱり美女揃いだし、真月宮に勤める女官たちもさすが、洗練されて品がある。例外は、腕と性格で選ばれる下働きの者たちぐらいだろう。
人以外の美しいものも、サラキアの傍でたくさん見てきた。一流の芸術家による絵画や彫刻だけではない、心が洗われるような清冽な景色から、感動に打ち震えるほど荘厳で雄大な景色まで。庶民にしてはありえない、破格といっていいほどたくさんの美しいものを見てきた。
そんなリーギルでさえも、あの子は素直に綺麗だと思える容貌で――けれど。
「……すっごく綺麗だったのに、すっごく空っぽだったんです」
生きている人間のはずなのに、これっぽっちもそんな気配がなかった。サラキアと一緒に見た彫刻のほうが、まだ生き生きとしていたかもしれない。瞬きする間に溶けて消えてしまいそうなほど、存在感がなかった。
それがひどく寂しくて、怖かったのだと、今なら言葉にすることができる。
「……あなたは、その子をこの世界に引き留めたかったの?」
「そこまで立派な考えは、その時はなかったと思いますよ」
静かな声音のサラキアの問いに、リーギルは苦笑した。あの時は何も考えてなかったし、ただ単に衝動的に動いただけだ。冷静になった今なら、もっとやりようはあったのではないかと思うけれど。
ただ触れて、本当に存在している人間だと確信したら、きっと。
「……友達になれたらな、って。思うんです」
厳しい試験を通り、国から給金を受け取る女官と異なり、侍女はそれぞれ皇妃や側妃、妾妃たちが私的に侍らせている扱いだ。そのため、リーギルのような例外を除いて、おおむね妃たちそれぞれの実家の縁を辿って宮に入ることがほとんどだ。実際、サラキアの侍女たちも基本的に、サラキアの実家であるヘルケ侯爵ゆかりの貴族の娘が多い。ヘルケ侯爵に対する忠誠の証として、結婚前の娘に『帝宮勤め』の箔をつけさせるため、あわよくば皇帝陛下の目に留まりお手付きにならないかという期待――理由はさまざまだろうが、結局は彼女たちも『家』を背負ってここにいる。ほとんど係累がおらず、ひとり気楽なリーギルとは、根本的に立場が違うのだ。
「あっ、サラキア様に不満があるとか、そういうことじゃないですよ!」
「ええ大丈夫。ちゃんとわかっているわ、私のかわいい紅花雀。確かに、私の侍女たちは皆とても優秀だけれど、あなたの『お友達』に相応しいかというと、難しいものねぇ……」
「いやまぁ、どっちかというとわたしのほうが相応しくないんですけど……まぁ、そういうことです」
すらりとした指を顎にあて考え込むサラキアに、リーギルはどう応じるか迷った挙句、こくりとうなずいた。
サラキアの侍女たちのうち半数は側近ともいうべき者たちで、緩やかな世代交代をしてはいるが基本的に長く勤めており、中にはサラキアが帝宮に入った時から共に居る猛者もいるほどだ。年齢もどちらかというリーギルよりはサラキアに近い。年が離れていては友人になれない、なんてことはないが……リーギルにとっては先輩であり、親戚のおねえさんのようであり、何よりもリーギルに礼儀作法を叩き込んだ師匠たちでもある。尊敬はしているが、友人と呼ぶのは恐れ多い。
残り半数は10代後半の娘さんたちが多く、年齢自体はリーギルにやや近いのだが、いかんせん人の入れ替わりが速い。ヘルケ侯爵家あるいはサラキアへの顔つなぎのために来ているのだろう、だいたいが半年ぐらいで辞めていく。実際、3か月ほど前に新しく入ってきた侍女が来月あたり結婚のために辞める予定ときているので、リーギルとしても「仲は悪くないけど、友人と呼べるほど仲良くもない」あたりが無難になってしまう。
今の状況に不満はない。優しい主、優しい先輩たち、おいしい食事と安眠できる環境。真月宮に来る前のことははっきりと覚えていないが、少なくとも今ほど恵まれた環境ではなかったはずだ。
だから、これ以上何かを望むなんて、大それたことをしてはいけないと思っていた。いや、そもそも現状満たされているのだ、毎日が楽しくて生きるのが楽しい。それで十分だった――はずなのに。
あの子を見た瞬間、強烈に惹きつけられた。そうして、気づいてしまった。空っぽの人間を見て、自分の寂しさに気づくだなんて、ひどい話だけれども。
(友達に、なってほしいな)
自分の寂しさを埋めれるものに飛びついただけの、傲慢な行いかもしれない。けれども、やり直せるならそこからやり直したい。無理なら、せめてあの時の謝罪だけでも。
「……なるほど。そういうことなら、明日から探しに行きましょう」
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