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恋人現る

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 ──パーティー初日は何のトラブルも無く進んでいた。
 イーサンは私に気を遣ってかダンスには誘わなかったし、パーティー初心者だからずっと側に付き添っていた。新たなビジネスチャンスでも掴みたいから放って置いてくれて構わないのに。でもそれより何より料理が美味しかったわ。とにかくお肉の柔らかさが衝撃的だったのを覚えている。

(あ、そういえばパウダールームでイーサンと知り合いの女性に挨拶されたっけ。名前は確か……ルイーザ様)
 やけに大きな宝石を身に着けていた。ドレスの生地も上等なものだしデザインも凝っていた。お金持ちなのね。
 私には宝石は無いけど大きな胸があるから。って、言い訳かしら。今の地位を賜って一度はセットでジュエリーを購入したのだけど、一度着けてそれきり。お金の工面で売ってしまった。

「イーサン、じゃあまた明日会いましょう」
「ああ……。けれど本当に帰るのか……? まだ夜の八時じゃないか」
「ごめんなさい、慣れてないから少し疲れちゃったの。明日もあるから今日は帰って休むわ。イーサンはまだ遊んでいて」
「そう……分かったよ。気を付けて」

 そして私は嘘をついてそのまま工房へ向かう。
 嘘をついたは良いけど、久し振りにパーティーに参加したから結構本当に疲れた。あぁもう既に寝落ちしそうだわ。
 眠気をぐっと堪え、車まで急ぐ。

「カルロスさんすみません、わざわざ私なんかのために運転手をしていただいて……」
「良いってことよー! それに婚約者から誘われたって言うんだから心配だろう?」
「えー? どうしてですかー」

 カルロスさんは得意先のブティックオーナーの秘書。私より8歳上の27歳。彼の運転はいつもながら安心できる。
 心配だと口にした彼に冗談めいて理由を聞くと、「エミリアに酷いことでもするんじゃないかと思ってさ」と言う。エミリアとは私の愛称だ。ガッティーナブティックでは皆〈エミリア〉と呼ぶ。

「酷いことってどんなことですか」
「さあ。分からないけど見世物にされたりとかさ、集団で虐めたりとか? 大丈夫だったかい?」
「ええ、まぁ特にこれと言って何事もなく。普通だったかと思います。料理は美味しかったですよ」
「あはは! さすがエミリア! ちゃっかり味わってきてるね。オーナーも心配していたんだよ。突然週末のパーティーに誘うなんてどんな風の吹き回しだ、って。今までプレゼントのひとつも寄越したことないくせに」
「美味しい食事を奢ってもらってますのでそれで十分です」
「それは恋人として普通のこと! しかも月に一度じゃないか」
「イーサンは貴族としての婚約者ですから。恋人ではないので!」
「ドライだねぇ」
「ドライですかねぇ? 自分ではそんなつもり無いんですけど……。だって恋愛しているわけじゃなしに」
「ふふ。うちの店に来るお客様は生まれながらの貴族が多いから……。プライドが高すぎるが故に自分に構って欲しい人ばかりでね。相手の中心で居たいっていうのかな」
「あはは……心中お察しします。いやぁ本当に血筋って難しいですよね……」
「ね。同じ人間だろ、って思うときもあるけど……」

 はぁ、と互いに息をついて、カルロスさんから「着くまで寝てなー」と優しいお言葉を頂く。
 うつらうつらと船を漕ぎ始めていたこんな私を気遣ってくれる。さすがブティックオーナー、アルマ·ガッティーナの秘書なだけある。
 お言葉に甘えて、工房までの道のりは深い疲れの中へと微睡んでいったのだ。



 ──次の日も予定通り進んでいた。
 一晩中織り続けて翌朝、グレイスター商会直営店へ顔を出すと、今直ぐ帰って寝ろと従業員から言われてしまった。
 昨晩はある一種のゾーンに入っていて、気付けば朝日、みたいな感覚だったから言われて“疲れてる”と知った。自覚したら余計に疲れた。
 それから帰って昼過ぎに起きて、準備して、時間が許す限り工房で作業した。
 そこからちょくでアルマ第一ホールに向かう。

「お待たせイーサン! 今日は少し早く着いたわ!」
「エミリー。今夜も綺麗だね」
「ふふ、ありがとう」

 形式上の会話を交わすと、二人腕を組んでホールへと足を踏み入れる。
 今更だけど、このパーティーは王族主催だから婚約者わたしじゃなきゃ駄目だったのね。正式な場では正式な相手でないと。己の立場を悪くするだけ。
 それに、彼はまだ知らないでしょうし正式に決まってもないけど、王室を彩る様々な生地をグレイスター商会からも仕入れようかという話が来ている。だからなるべく王族関係のパーティーは出席したいのが本音だった。

 それが決まれば大変な名誉だ。でも今のところ私と父しか織る人が居ない。前は居たけど、給料が払えなくて泣く泣く職を離れてもらった。
 王室御用達になるには、安全性・品質などの基準をクリアして、更には私たち自身がクリーンであるかどうかも重要になってくる。もしも私たちグレイスター家が人身売買や奴隷など犯罪に手を染めてたら王家が疑われてしまうもの。
(商品には自信を持てるけど……家庭内の不透明さがちょっと……。いえ、まだ決まっていない未来より今の事を考えるのよ! 昼の作業で結構進んだから十時過ぎに帰れば朝までには余裕ね!)

 なんて、余裕ぶっこいてた私が悪かった。
 美味しい食事と美味しいお酒。グレイスター商会の商品を身に着けている参加者に積極的に話し掛けて交流も広げて。素敵な時間で終わるはずだった。
 十時過ぎ──。昨夜と同じく、「イーサン。私そろそろ……」と言い掛けたところで、来訪者がやってきた。

「あらぁ? 誘ってくれなかったと思ったら別のと来てたのぉ?」
「ル、ルイーザ……」
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