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不可避
しおりを挟む「ア、アイビー……! いつ知り合ったの……!?」
「んーー。つい三日前かな」
「なのにお互いファーストネームで……!?」
お前はそれ以上の事をしてるだろと思わず口が滑りそうだったが、アイザック様が「ジャン君、そろそろアイビーを貸しておくれよ」と柔らかく割り込んだ。
彼の怖いところは、たとえ家格が下であっても態度を変えないところ。優しい人が一番怖い。
「じゃあね、また後で」
そう言ってジャン達と別れた二時間後──、
私とアイザック様は休憩室でひと休みしていた。
皆酒も入り、フロアは五月蝿いほど盛り上がっている。
舞踏会にあまり参加しない二人であるから、雰囲気に気圧されてしまう。
「あぁ……なんだか疲れましたね……」
「全くね。だからパーティーは嫌いだ」
「「皆同じことばかり」」
声が合わさり瞳が交わると、まるで鏡を見ているかの如く笑みも溢れる。
成人の十六歳でデビュタントし、それから一年後には父が倒れ、私は社交界から消えた。
元気なときの父でさえ半年に一度のペースだったのに、伯爵領の運営を二つも抱える私にとっては無駄な時間でしかない。
家族のために領地のためにもっと色々な事を学びたい。
久し振りに社交界へ顔を出せば、皆アドバイスをくれとせがむ。
上手く経営するコツはとか、引き際の判断はどこでとか、そんな馬鹿な質問をしないでほしい。
答えはいつも隣にあるだろう。
見て学び、考えて学び、調べて学び、そして行って学ぶ。
生き残るために無意識にやっているそれらを、ちゃんと意識すれば良いだけなのだ。
アイザック様は私の言葉に感心し、こう言った。
「侯爵領は綺麗ですねとよく言われるんだ。長い歴史を持つ屋敷も含めてね。そう言ってくる女性はさ、遠回しにね、妻にしてって言ってるんだよ。…………だけど、見ているだけの女は要らない」
優しい悪魔の微笑み。捉えて離さない瞳。黄金に目が眩む。
悪が芽生えそうだから、私は視線を外した。
「っ、アイザック様と結婚したい女性は沢山いらっしゃいますものね……!」
「君は?」
「えっ……!?」
「アイビー。君はどう?」
「な、何をっ!?」
向かい合わせでソファーに座っていたのだが、アイザック様は立ち上がり、ゆっくりと近付いて私をソファーに閉じ込めると、顎をクイと持ち上げた。
彼の親指が唇の輪郭を撫でる。
片膝で体重をかけるから、ソファーが歪な形を成している。
「アイザックさま……!?」
「ねぇアイビー。さっき十五分ほど姿が見えなかったけど。何処へ行ってたの?」
「え、えっ!?」
「ジャン君と話してたろう? その後、何してた?」
右手を握られくびれに腕が回る。
意地悪な顔が近付いて、耳に唇が触れた。
びくんと背中を反らすと同時に子宮がきゅんと疼く。
「ねぇアイビー」
「あ、んっ……!」
「抱かれてたんだろう? 綺麗に整えたつもりだろうけど髪が少し乱れてるんだよね」
「ッあ! アイザック様! 耳っ、ちかっ……!」
「私がエスコートしてるのに他の男に抱かれたんだね?」
「だってそんな、ジャンは婚約者、はっ……!」
「もう。君ってば全然堕ちてくれないんだもの」
「それはどういう……!?」
「んー? そのまんまの意味だけど?」
意地悪な顔に似合う意地悪な声で囁いた。
カプリと耳たぶを噛じられ、首筋を二・三度吸われると、子宮が切なく締まってしまう。
きっと悪い冗談に違いない。
アイザック様は相手が居る女性には手を出さないのだから。これはただからかっているだけなんだ。
そうだ。私が大人の戯れに慣れていないだけなんだ。
「アイザック様っ……! おかしいですよっ! あんっ! 冗談が、過ぎますって……!」
「ふふ、冗談だと思う?」
「えっ……!?」
「ねぇ。君が欲しいんだよね」
「ちょ!? ひゃ、あん! だ、駄目ですアイザック様、何処へ!? アイザック様! アイザック様!?」
抱きかかえられ向かう場所は間違いなくベッドだ。
しつこく彼の名前を呼ぶから、煩い口を塞がれた。アイザック様の唇で。
少し薄くて滑らかな唇が、私の唇に重ねられている。
これは、キス?
それとも人工呼吸?
いやそんな訳はない。
どうしましょう。
大変だ。
キスしてしまった。
婚約者以外の男と、キスしてしまった。
(これはっ! 不可避……!!)
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