NTRたので証拠を集めていたら宰相様にNTRました

ぱっつんぱつお

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父、走る。

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 ──……ビー」

 ───……イビー」


「アイビー!」
「ひゃい!?」
「あ。やっと起きた?」


 ぺしぺしと頬をタップされ、深い眠りから覚めた。とても良い朝だ。気持ちが良い。いや、気持ちが良かったの間違いか。
 おそらく肌艶も良い。

「可愛いアイビー、早く起きて。今日は君のお父様にご挨拶しに行く日でしょう?」
「あわわわ、い、いま何時ですかっ!?」
「九時半過ぎてるよ。お寝坊さん」
「私としたことがーーっ! チェックアウトまで約一時間……!? 急ぎます!!」
「ふふ、ぎりぎりまで寝顔を眺めてた私も悪いんだけどね」


 シャワールームへ駆け込む女は本当に伯爵令嬢なのだろうか。自分でも疑ってしまう。
 そしてそんな女が侯爵夫人になると?
 貴族特有の社交マナーよりビジネスマナーの方が身に付いているのだが。
 令嬢友達もほぼ居ないに等しいのに流行には詳しい。それが逆に悲しい。話す相手も居ないくせに詳しい。
(クッ……。悔しい……キャピキャピしてるだけの女子よりよっぽど働いてるのに詳しいとか悔しい……!)
 確実に庶民の流行作りに一役買っているのはこの私なのに。
 正直、茶会とかサロンとかに憧れている。お呼ばれもしたことない。
 まぁメリーウェザーの血を受け継いだ以上、ビジネスに関しては逃れられない衝動だから良いけど。
 何度『男だったら』と思ったことか。そうしたら今頃モテモテに違いない。
 しかし仕事をしていく内になんだかどんどん逞しくなっているような……いや、よそう。幻想の中だけでも王都にタウンハウスを構えるキャピキャピした伯爵令嬢だという事にしておこう。
(実際は領民と共に馬車で納品作業を手伝う領主代理ですけれど!?)

 バタバタと音を立てみっともない私とは打って変わって、ゆったりと紅茶を飲みフルーツを噛り、あとはジャケットを羽織るだけのアイザック様。
 さすが宰相。準備がいいな。感心する。
 このままでは己のプライドが許さんと、最大限の効率化を図って支度をした。
 見たか宰相閣下。これがメリーウェザーだ。

 約三十分の時間を残して化粧をし、髪を乾かしブラシで梳いていると、アイザック様は慣れた手付きで私の髪を結い始めた。
 別に妹が居るわけでもなしに、一体どこで学んだのか。
 彼とは年の差約十八だが、今一度考えれば産まれてからデビュタントするまでの年齢より離れている。


「はい、編み込みポニーテールの出来上がり。うん、やっぱり上で結んだほうが似合うね」
「ありがとう、ございます」
「ジッとしてたご褒美に苺食べさせてあげる。お口開けて?」

 あーん、と放り込まれる甘酸っぱい果実。髪には可愛らしくリボンまで飾られて。この人に出来ないことなど無いのでは。
 高級ホテルにも関わらず、アイザック様が自ら淹れてくださった甘い紅茶と果実。チェックアウトの時間まであと五分の時間を残し、鮮やかなライムイエローのワンピースを纏って父が入院している国立病院へと向かった。
 実を言うと、父には婚約破棄した事さえ伝えていないのだ。
 症状が悪化してしまうのを恐れどうしても言えなかった。
(私の弟には既に会っているし伝えてあるけど)

 ロズワール物流センターがメリーウェザーの手中から離れたと知ればまた血管でも詰まってしまうのではないか。
 取り除くのが難しい場所に出来た腫瘍も、この国の医者では手術が出来無いため帝国から派遣されるのを待っているというのに。
 全く。医療に関してはイマイチ遅い国である。


「お父様、お見舞いに来ましたよ。身体の方は如何ですか?」
「あぁ……アイビー……。薬で視界が霞んでいるけど一時よりはマシだよ」
「そっか。早く医者が回ってくれば良いんですけどね……」
「脚が痛くて起き上がれもしないよ……。それよりアイビー」
「(でた……! “それよりアイビー”……!)はい何でしょう」
「会社の方はどうだ? ジャン君とは上手くやっているか?」


 この国の宰相であるアイザック様には気付かず、娘との日常会話も後回しで、いつも通り『それよりアイビー』とお父様。
 血栓で脚に激痛が走ろうが、腫瘍で飲み食いがしづらかろうが、メリーウェザーにとってはビジネスが生きる楽しみなのだ。
 この『ジャン君とは上手くやっているか』という質問も、ロズワール物流センターの経営状況はどうだと聞いている。
 前もって伝えておいた「父が驚くから紹介するまで待っていて」という言葉を守り、未だ黙って静かに待っているアイザック様は、苦笑い。


「えぇーーっとお父様。それがですね……」
「……何だ。システムトラブルが長引いているのか?」
「いえあの、そのなんと言うか」
「ハッキリ言いなさい。脳はまともだ。アドバイスなら出来る」
「んーーー…………えっと。悪い話と良い話、どちらから聞きたいですか?」


 ・・・てんてんてん
 と暫しの沈黙後、「悪い方から頼む」と父。
 躊躇ためらわず出来るだけ感情を抑え一気に言い切ってしまおう。

「お父様の教えを守れずジャンを三ヶ月放置したら浮気されたので婚約破棄しました物流センターはメリーウェザーの手から離れました」
「な、なななななな、な、な、な何ぃいいい……!!?」
「お父様落ち着いて!」
「これが落ち着いていられるかァアアア!! 我が娘ながら情けない!! あれ程一ヶ月に一度は会えと言ったのに!! 婚約破棄だと!!? まさかお前が自ら破棄したのか!!? 物流センターはどうなる!! あの男に運営が出来ぬことぐらいお前も知っているだろう! アイツが作った借金を代わりに返す条件で婚約までしたのに!! ああ! ざっと計算しただけで三年あれば潰れる!! 巻き添えだ……! もう終わりだ……!!」

 さすが父。先見の明が凄いな。
(って感心してる場合じゃねぇぞ自分……!)
 先見の明過ぎて謎の震えが起きているぞ。このままでは死ぬな。


「ちょ、お父様! まだ良い話が残っています……!!」
「それどころではない!!」
「それどころを超えた良い話なんですよ!!?」
「クソ! 分かった!! まず聞かせてみろ!!」
「ハイ!! わたくしアイビー・メリーウェザーはこの度アイザック・リンデンバウム侯爵様と婚約しジャン・ロズワールはカミラ・ベルゼット公爵夫人の婿になりロズワール物流センターは夫人の弟様が新たに責任者となります!!!」


 スパァアン──! と、華麗に噛まずに言い切ったのに、アイザック様は笑いを堪えているしお父様は「はぁ」と溜息。
 おい父よ。何故なにゆえ溜息をなさるのですか。
 そりゃあ父の教え其の五は守れませんでしたが其の六は守りましたよ。一体何が不満だと仰るのですか。


「アイビー……。私が起き上がれず薬で視界が霞んでいるから安心させようとそんな事を?」
「いえまさか……! 全て事実です……!」
「こんな身体だから色々と負担もかけたさ。若いお前に領主代理と物流センターの責任はさぞ重かったろう……」
「そんな事……! これでもメリーウェザー! 私は最善の選択をしたと思っています……!」
「アイビー…………いいんだ……いくら私を安心させようという理由でもお前がリンデンバウム卿と婚約出来るはずがないだろう……」
「オイ」
「数多の女性を相手にしてきた御方だぞ……? まさか酒を交わしただけで勘違いでもしたか?」
「オイオイオイ、お父様よォ! これでも実の娘ですよぉーー?? ちょーーっとぐらい信じてもよろしいのではーー!??」

 てっきり物流センターの経営を心配しているのかと思えば。
 おのれ父め。握りしめた拳でつい息の根を止めてしまいそうだ。
 これ以上声を殺し腹を抱えるのはもう無理だと、アイザック様は握りしめた私の拳を優しく包み込んだ。
 そういえばいつも優しく拳を包み込んでくれているような。
(あらやだ……私ったらそんなに拳作ってたかしら……。やあねこれでも淑女だっていうのに)


「メリーウェザー伯爵、お久し振りです。娘さんは嘘などついていませんよ。御挨拶する前に婚約してしまったこと、心よりお詫び申し上げます。改めまして、この度アイビー様と婚約しましたアイザック・リンデンバウムです」

 出来るだけお父様の視界に入るように近付き挨拶したアイザック様。
 弟は新しい婚約者をジャンなんかよりよっぽど気に入ったらしいが、はてさてお父様はどうだろう。
 意味深な「・・・てんてんてん」と続く沈黙の意味は何なのか。
 やはりロズワール物流センターの方が魅力的だっただろうか。


「その声は……間違い無く……侯爵で宰相の……? ア、アイビー……まさか……本当なのか……!?」
「だからそう言ってるではないですかっ!」
「ふふふ、これからはお義父様と呼ばせていただければ幸いです」
「なんと……!!」

 薬でぼやけた視界を薙ぎ払うようにアイザック様の肩を掴み引き寄せたお父様。
 黄金こがね色の瞳をしかと確かめると、力がこもっているのか肩を掴んでいる手がわなわなと震えている。
 見るからに痛そうだからやめてほしい。というか近い。顔が近いぞお父様。


「その、お父様……ロズワール物流センターは私の手から離れましたが、我が領の商品を公爵領で販売したいと仰って、夫人がインフラを整えてくれるそうですよ」
「なに!!?」
「ただ送料が高くなるので値上げも視野に入れ調整が必要ですが悪い話では、」
「アイビー!! こりゃああぁあてーーへんだァア!!! こうしちゃおれん!!!」
「お父様院内はお静かに!」
「これが静かにしてられるかってやんでい!! こんなところで寝てる場合じゃねェ!!」
「お父様!!?」
「直ぐに夫人と会食の手配だ!!」
「ちょ、何処へ!? 脚の激痛は!? 歩けないんじゃ……!」
「んなもん忘れた!!」
「忘れた!? アッ、お父様……! お父様!? お父様ぁーーっ!!」


 引き止める手は父に届かず、「患者様! 院内は走り回らないように! って伯爵様……!?」と驚く看護師の声と、涙を流し腹を抱えて「君にソックリだね!」と大笑いするアイザック様。
 おのれ父め。婚約者の前で娘に恥をかかせおって。
 許すまじ父よ。

「つーーーか私達お見舞いに来たのですが!!?」
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