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第三十五話 参戦計画
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ゼロリアス帝国の象徴にして、国内で最も巨大な建造物でもある、ゼロリアス城。
城内の長く広い通路を、一人の女性が荒い足取りで歩いていた。眉間にこれでもかとしわを寄せ、前を向きながら何かを睨み付け、誰がどう見ても憤慨した様子の彼女は、怒りを露わにしながら道を急ぐ。
途中彼女は、文官や騎士、侍従などとすれ違っていた。何が起きればそこまで憤怒できるのかと、そう思ってしまう程に激怒した様子に、誰もが彼女を恐れ、恐怖のあまり急いで通路の脇に寄って、彼女のために道を開けた。
道を阻んだだけで、声をかけただけで、口を開いただけで、彼女に殺される。そう瞬時に感じてしまうくらい、彼女の怒りは尽きる事ない殺気を放っていた。すれ違った者達を恐怖させていきながら、彼女は目的地まで辿り着く。彼女が目指していたのは、自分の主がいるであろう、城内の大図書館の扉前だった。
「皇女殿下!!皇女殿下は何処におられますか!?」
扉を乱暴に開き、彼女は大図書館に足を踏み入れた。
肩までで切り揃えた銀髪と、エメラルドのような瞳。銀の鎧に身を包み、腰には大剣を差す、騎士の格好をしたその女性は、迷惑などを一切考えず、目的の人物を探すために大声を上げる。ここが図書館である事などお構いなしで、大きな足音を鳴らしながら、図書館の中を進んでいく。
珍しく人気のない大図書館。部屋一面大きな本棚と、無数の本が並び、読書用の長机と椅子が並ぶ。そんな部屋の中にいたのは、たった一人の女性だった。
「⋯⋯⋯騒々しい」
「!!」
その女性は、彼女が探している「皇女殿下」ではなかった。
彼女と同じように、騎士の鎧を身に纏い、腰に剣を差した、鋭い眼付きの女性。特徴的なのは、美しく流れる青く輝いた長髪で、見たものに神秘的な印象を与える。
青髪のその女性は、彼女の乱暴な振る舞いに対し、冷たい声で一言口にした。すると、先程までは誰かを殺してしまいそうな、圧倒的な憤怒と殺意を放っていた彼女が、その女性を恐れ、瞬時に態度を改める。その場で足を止めて直立し、姿勢を正して、気持ちを切り替えるべく咳払いまでした。
「申し訳ありません、ジル様⋯⋯⋯。自分はただ、皇女殿下をお探しているだけで⋯⋯⋯」
「ここに殿下はいない。クラリッサ、何故殿下を探している?」
クラリッサと呼ばれた銀髪の女性は、ジルと呼んだ青髪の女性に萎縮してしまっていた。クラリッサにとって彼女は、絶対に逆らってはならない、絶対に怒らせてはならない、畏敬の念を抱く存在なのである。
「⋯⋯⋯ジル様は、今回の討伐命令に反対ではないのですか」
「⋯⋯⋯」
「この命令は間違いなく、殿下の軍を削り取るための策略です!その証拠に!!我が国からの討伐戦力は、第四皇女殿下旗下だけときている!」
一度は抑え込んだ怒りだが、言葉にした瞬間それはまた爆発してしまう。
クラリッサの憤怒の原因は、異教徒ボーゼアス教討伐命令である。彼女はこの命令の意図を理解し、怒りを覚えずにはいられなかったのだ。
堪え切れない怒りと共に、クラリッサは自らの主である帝国第四皇女に、討伐命令の拒否を提案しに来たのである。それは、第四皇女に対する絶対的忠誠心による、守るべき主ための行動だった。
「皇女殿下だけを異教徒討伐にまわし、自分達は安全な後方で高みの見物など許されるわけがない!どいつもこいつも、殿下を苦悩させる癌ばかりです!!」
「⋯⋯⋯クラリッサ」
「この前のジエーデルとの戦いもそうだ!奴らは殿下だけを戦わせたくせに、十分過ぎる程の戦果を挙げても、労いの言葉すら口にしなかった!⋯⋯⋯ガッ〇ム!!」
「⋯⋯クラリッサ」
「皇帝も、あの憎き第一皇子も一体何を考えているんだ!討伐など奴らだけでやればいい!皇帝に媚び諂うだけの薄汚いファッ〇ン皇子が!!討伐など貴様がやれ!!」
「⋯クラリッサ」
「皇帝も皇帝だ!あんな無能なサマ師、この国には必要ない!今に見てろ!殿下が帝国の支配者となった日が、貴様達の――――――――」
「クラリッサ、口を閉じろ」
「!!」
とてもではないが、皇帝や皇子、いや城の人間全員に聞かれてはならない、最悪の暴言の数々。帝国の支配者すら恐れない、スラング放題のクラリッサだったが、ジルの言葉で我に返る。
視線で人が殺せそうな、鋭い眼光。圧倒的な威圧感。クラリッサの目の前にいるジルは、怒気を放って彼女を制止させた。彼女を怒らせたと理解したクラリッサは、血の気が引いていき、背中に大量の冷や汗をかきながら、謝罪のために急いで頭を下げる。
「もっ、申し訳ありません!!つい口が滑りました!!」
「口が滑るでは済まない事がある。殿下の御立場を危険に晒すつもりか」
「いっ、いえ!決してそのような⋯⋯⋯!!」
「なら、態度を改め、口を閉じる事だ」
正直クラリッサは、ジルによって腕の一本や二本斬り落とされると、そう考えていた。怒りに我を忘れていたとは言え、流石に危険な発言過ぎたからだ。
しかしジルは、彼女を叱責しただけで終わり、それ以上罰などは与えなかった。威圧感と怒気を放つのを止め、自分の傍にあった長机に視線を移す。
机の上には、二十冊ほどの本が置かれたままの状態であった。その内の一冊は、ページが開かれたままだ。まるで、先程まで誰かがここで読書をしていたような、そんな光景である。
「殿下は出かけられたようだ」
「そんな!またお一人で街へ!?」
読書好きで知られる帝国第四皇女。そんな彼女は、よく供も連れずに、御忍びで街へと出かけてしまう。大図書館での読書の息抜きに、街へと出かけて行ってしまった後なのだろう。
毎度の事ではあるのだが、第四皇女に絶対忠誠を誓っているクラリッサは、いつもの事とわかっていても、発狂するほど慌ててしまう。たった一人で出かけてしまった彼女の身が、冷静さを欠くほど心配で堪らないのだ。
「すぐに殿下を探しに向かいます!殿下の身の安全は、自分にお任せください!」
「その必要はない。殿下は私が探す」
「じっ、ジル様自ら!?」
「クラリッサ。お前は討伐軍の準備を進めておけ」
「しかし⋯⋯⋯!」
「反論は許さない。お前には、帝国風将としての責務があるのを忘れるな」
「⋯⋯⋯!!」
クラリッサ・グルーエンバーグ。ゼロリアス帝国第四皇女の兵を率いる、二大将軍の一人にして、風将の二つ名を持つ、若き女将軍。
戦場では無双を誇り、圧倒的な力で敵を蹴散らす。かつて彼女は、三千の兵を率い、その強さを存分に発揮して、一万のジエーデル軍を惨敗させた事もある。英雄と呼べるだけの実力を持った女将軍。それが、風将クラリッサ・グルーエンバーグだ。
故にジルは、帝国第四皇女の将軍であり、兵を率いる義務がある彼女に、責務を果たせと命令する。第四皇女に絶対の忠誠を誓った者として、為すべき事に全力を尽くせと言いたいのだ。
ジルの言葉を理解したクラリッサは、第四皇女を探しに行きたい思いを、歯噛みして俯き、拳を握りしめて堪えていた。そんな彼女の傍を、ジルは通り過ぎて行こうとする。
「殿下は私に任せろ。殿下を守っているのは、お前だけではない」
「⋯⋯⋯!」
「どんな存在が殿下の命を狙おうと、それを滅するのが私達の為すべき忠誠だ」
風将としてクラリッサが為すべきは、敵を滅するための軍を用意し、忠誠を誓った主を無事に生還させる事だ。それだけに今は集中しろと、そう彼女が教えてくれている。
「ジル様⋯⋯⋯」
第四皇女を探しに行くため、大図書館を去っていくジルの背中を見つめ、クラリッサは彼女の名を呟いた。それは、今も尚憧れ続け、敬愛し続けている、第四皇女の氷剣の名⋯⋯⋯。
彼女を「ジル」と呼んでいいのは、主たる第四皇女とクラリッサだけである。クラリッサが彼女を名前で呼べるのは、ジルが彼女を同じ将軍として信頼している証だった。
彼女の名は、ジル・ベアリット。第四皇女の二大将軍にして、無敗無敵の女将軍。氷将の二つ名を持つ、帝国第四皇女の切り札。
帝国の誰もが恐れる彼女こそ、現ローミリア大陸最強の戦士と呼ばれている。
城内の長く広い通路を、一人の女性が荒い足取りで歩いていた。眉間にこれでもかとしわを寄せ、前を向きながら何かを睨み付け、誰がどう見ても憤慨した様子の彼女は、怒りを露わにしながら道を急ぐ。
途中彼女は、文官や騎士、侍従などとすれ違っていた。何が起きればそこまで憤怒できるのかと、そう思ってしまう程に激怒した様子に、誰もが彼女を恐れ、恐怖のあまり急いで通路の脇に寄って、彼女のために道を開けた。
道を阻んだだけで、声をかけただけで、口を開いただけで、彼女に殺される。そう瞬時に感じてしまうくらい、彼女の怒りは尽きる事ない殺気を放っていた。すれ違った者達を恐怖させていきながら、彼女は目的地まで辿り着く。彼女が目指していたのは、自分の主がいるであろう、城内の大図書館の扉前だった。
「皇女殿下!!皇女殿下は何処におられますか!?」
扉を乱暴に開き、彼女は大図書館に足を踏み入れた。
肩までで切り揃えた銀髪と、エメラルドのような瞳。銀の鎧に身を包み、腰には大剣を差す、騎士の格好をしたその女性は、迷惑などを一切考えず、目的の人物を探すために大声を上げる。ここが図書館である事などお構いなしで、大きな足音を鳴らしながら、図書館の中を進んでいく。
珍しく人気のない大図書館。部屋一面大きな本棚と、無数の本が並び、読書用の長机と椅子が並ぶ。そんな部屋の中にいたのは、たった一人の女性だった。
「⋯⋯⋯騒々しい」
「!!」
その女性は、彼女が探している「皇女殿下」ではなかった。
彼女と同じように、騎士の鎧を身に纏い、腰に剣を差した、鋭い眼付きの女性。特徴的なのは、美しく流れる青く輝いた長髪で、見たものに神秘的な印象を与える。
青髪のその女性は、彼女の乱暴な振る舞いに対し、冷たい声で一言口にした。すると、先程までは誰かを殺してしまいそうな、圧倒的な憤怒と殺意を放っていた彼女が、その女性を恐れ、瞬時に態度を改める。その場で足を止めて直立し、姿勢を正して、気持ちを切り替えるべく咳払いまでした。
「申し訳ありません、ジル様⋯⋯⋯。自分はただ、皇女殿下をお探しているだけで⋯⋯⋯」
「ここに殿下はいない。クラリッサ、何故殿下を探している?」
クラリッサと呼ばれた銀髪の女性は、ジルと呼んだ青髪の女性に萎縮してしまっていた。クラリッサにとって彼女は、絶対に逆らってはならない、絶対に怒らせてはならない、畏敬の念を抱く存在なのである。
「⋯⋯⋯ジル様は、今回の討伐命令に反対ではないのですか」
「⋯⋯⋯」
「この命令は間違いなく、殿下の軍を削り取るための策略です!その証拠に!!我が国からの討伐戦力は、第四皇女殿下旗下だけときている!」
一度は抑え込んだ怒りだが、言葉にした瞬間それはまた爆発してしまう。
クラリッサの憤怒の原因は、異教徒ボーゼアス教討伐命令である。彼女はこの命令の意図を理解し、怒りを覚えずにはいられなかったのだ。
堪え切れない怒りと共に、クラリッサは自らの主である帝国第四皇女に、討伐命令の拒否を提案しに来たのである。それは、第四皇女に対する絶対的忠誠心による、守るべき主ための行動だった。
「皇女殿下だけを異教徒討伐にまわし、自分達は安全な後方で高みの見物など許されるわけがない!どいつもこいつも、殿下を苦悩させる癌ばかりです!!」
「⋯⋯⋯クラリッサ」
「この前のジエーデルとの戦いもそうだ!奴らは殿下だけを戦わせたくせに、十分過ぎる程の戦果を挙げても、労いの言葉すら口にしなかった!⋯⋯⋯ガッ〇ム!!」
「⋯⋯クラリッサ」
「皇帝も、あの憎き第一皇子も一体何を考えているんだ!討伐など奴らだけでやればいい!皇帝に媚び諂うだけの薄汚いファッ〇ン皇子が!!討伐など貴様がやれ!!」
「⋯クラリッサ」
「皇帝も皇帝だ!あんな無能なサマ師、この国には必要ない!今に見てろ!殿下が帝国の支配者となった日が、貴様達の――――――――」
「クラリッサ、口を閉じろ」
「!!」
とてもではないが、皇帝や皇子、いや城の人間全員に聞かれてはならない、最悪の暴言の数々。帝国の支配者すら恐れない、スラング放題のクラリッサだったが、ジルの言葉で我に返る。
視線で人が殺せそうな、鋭い眼光。圧倒的な威圧感。クラリッサの目の前にいるジルは、怒気を放って彼女を制止させた。彼女を怒らせたと理解したクラリッサは、血の気が引いていき、背中に大量の冷や汗をかきながら、謝罪のために急いで頭を下げる。
「もっ、申し訳ありません!!つい口が滑りました!!」
「口が滑るでは済まない事がある。殿下の御立場を危険に晒すつもりか」
「いっ、いえ!決してそのような⋯⋯⋯!!」
「なら、態度を改め、口を閉じる事だ」
正直クラリッサは、ジルによって腕の一本や二本斬り落とされると、そう考えていた。怒りに我を忘れていたとは言え、流石に危険な発言過ぎたからだ。
しかしジルは、彼女を叱責しただけで終わり、それ以上罰などは与えなかった。威圧感と怒気を放つのを止め、自分の傍にあった長机に視線を移す。
机の上には、二十冊ほどの本が置かれたままの状態であった。その内の一冊は、ページが開かれたままだ。まるで、先程まで誰かがここで読書をしていたような、そんな光景である。
「殿下は出かけられたようだ」
「そんな!またお一人で街へ!?」
読書好きで知られる帝国第四皇女。そんな彼女は、よく供も連れずに、御忍びで街へと出かけてしまう。大図書館での読書の息抜きに、街へと出かけて行ってしまった後なのだろう。
毎度の事ではあるのだが、第四皇女に絶対忠誠を誓っているクラリッサは、いつもの事とわかっていても、発狂するほど慌ててしまう。たった一人で出かけてしまった彼女の身が、冷静さを欠くほど心配で堪らないのだ。
「すぐに殿下を探しに向かいます!殿下の身の安全は、自分にお任せください!」
「その必要はない。殿下は私が探す」
「じっ、ジル様自ら!?」
「クラリッサ。お前は討伐軍の準備を進めておけ」
「しかし⋯⋯⋯!」
「反論は許さない。お前には、帝国風将としての責務があるのを忘れるな」
「⋯⋯⋯!!」
クラリッサ・グルーエンバーグ。ゼロリアス帝国第四皇女の兵を率いる、二大将軍の一人にして、風将の二つ名を持つ、若き女将軍。
戦場では無双を誇り、圧倒的な力で敵を蹴散らす。かつて彼女は、三千の兵を率い、その強さを存分に発揮して、一万のジエーデル軍を惨敗させた事もある。英雄と呼べるだけの実力を持った女将軍。それが、風将クラリッサ・グルーエンバーグだ。
故にジルは、帝国第四皇女の将軍であり、兵を率いる義務がある彼女に、責務を果たせと命令する。第四皇女に絶対の忠誠を誓った者として、為すべき事に全力を尽くせと言いたいのだ。
ジルの言葉を理解したクラリッサは、第四皇女を探しに行きたい思いを、歯噛みして俯き、拳を握りしめて堪えていた。そんな彼女の傍を、ジルは通り過ぎて行こうとする。
「殿下は私に任せろ。殿下を守っているのは、お前だけではない」
「⋯⋯⋯!」
「どんな存在が殿下の命を狙おうと、それを滅するのが私達の為すべき忠誠だ」
風将としてクラリッサが為すべきは、敵を滅するための軍を用意し、忠誠を誓った主を無事に生還させる事だ。それだけに今は集中しろと、そう彼女が教えてくれている。
「ジル様⋯⋯⋯」
第四皇女を探しに行くため、大図書館を去っていくジルの背中を見つめ、クラリッサは彼女の名を呟いた。それは、今も尚憧れ続け、敬愛し続けている、第四皇女の氷剣の名⋯⋯⋯。
彼女を「ジル」と呼んでいいのは、主たる第四皇女とクラリッサだけである。クラリッサが彼女を名前で呼べるのは、ジルが彼女を同じ将軍として信頼している証だった。
彼女の名は、ジル・ベアリット。第四皇女の二大将軍にして、無敗無敵の女将軍。氷将の二つ名を持つ、帝国第四皇女の切り札。
帝国の誰もが恐れる彼女こそ、現ローミリア大陸最強の戦士と呼ばれている。
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