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4・執政官
しおりを挟む「執務なんてどうにでもなるよ」
どうにもならない。
にっこり笑って言わないで欲しい。
「陛下……」
私は困ったように微笑み、しかし同時に咎めるような色も眼差しにこめた。
陛下は弱り切った表情でしんなりと眉尻を下げて。まるで子犬のようなねだる気配で私を窺ってくる。
きゅぅんと、胸が引き絞られた。
こんな陛下を見ると、何でも叶えて差し上げたくなる、のは今世の私の感情だ。
私は陛下の、わたくしにだけ見せて下さる弱った部分が好きだった。わたくしだけを求めて下さっているのがこれでもかと伝わってきて、堪らなくなるのである。
「陛下」
今世での感情に引きずられて、血迷い出した私が、さっと、陛下の艶やかな御髪を梳いた。
そのまま目を閉じて、唇を寄せようとして……――今、まさに触れようとした、その時。
コンコンと、扉をノックする音が聞こえてぴたりと止まる。
あああ、あ、あ、危なかったーーー!!
何を流されてるの、私?!
い、いくら陛下の顔がよくたって、駄目に決まってるでしょう?!
今は! 昼! 真昼間!
昼食を摂り終わって、まだ、それほど時間は経っていなくて、休憩にお茶でも、というにも早いような時間なのだ。と、言うか、記憶している限り、私に構うばかりで陛下は執務をほとんど進めていない。
いいわけがなかった。
ノックの音! 誰だか知らないけれども、物凄く助かった!
ちっと陛下から舌打ちが聞こえてくる。
舌打ち?! え、陛下、舌打ちなんてするの?
私はしなりと残念そうな顔を作って、陛下から顔を離した。
内心で少しだけ、否、多大にほっとしている。
「なんだ」
深く溜め息を吐いて、用件を確かめる陛下の声は不機嫌丸出しで尖っていた。いっそ怖いほど。
私はその間に少しだけ乱されていた衣服をさっと整える。
「アリムエです、陛下。午後の執務はお進みですか? 進捗の確認に参りました」
聞こえてきたのは陛下付きの執政官の声。私は心の中で歓喜した。
や、やったー! これで少しではあるけれど陛下から離れられる!
勿論、そんな内心はおくびにも出さず、残念そうな顔を作って陛下の膝の上から降りようとした。
名残惜しそうに離そうとしない陛下を、呼びかけることで窘めて。
「陛下。わたくし、一度部屋に戻りますわ。またご休憩の頃を見計らって参りますから」
「ああ、すまない、フィア……全く、アリムエも気が利かない。もう少し待てばいいものを。今が大切な時期なことはわかっているだろうに」
ぶつぶつと文句を言う陛下の様子は、本当に一国の王なのかと疑わしくなるほど。駄々をこねる子供のようだ。
「陛下」
私は何度目か名前を呼んで、今度こそ陛下の膝から降りた。立ち上がって扉へ向かう。
「フィア。出来るだけ早く仕事を終わらせるからね。決して無理をするんじゃないよ」
「心得ております」
往生際の悪い陛下とそんなやり取りをしている間に、侍従が扉を開け放っている。
私がいることに驚くでもない見慣れた執政官の姿に、私は優雅に微笑んだ。
「これはこれはハヌハナ公爵令嬢。お邪魔をしてしまったようですね」
「ああ、本当に邪魔だ」
わかっていただろうに苦笑するアリムエに陛下から大人げない返事が返る。
今、話しかけられているのは私なのだが。
「陛下ったら。わたくしの方こそ、お邪魔をしてしまって申し訳ございません。すぐに部屋に戻りますので」
殊勝に謝ると執政官は気にしないでいいというように首を横に振った。
「どうせ陛下がまたあなたにご無理を強いたのでしょう。気になさることはございません。今は大事な時期ですから、どうぞ心安らかにいらしてください」
「お気遣いありがとうございます」
気遣いに満ちた言葉にもう一度礼を言って、私は静々と部屋から出た。
後ろで、入れ違いに入室した執政官と陛下との会話が途切れ途切れに聞こえてくる。
「無理とはなんだ、無理とは。フィアは婚約者だぞ」
「まだ婚約者ですよ。ただでさえこんな状態になっているというのに。少しは自重なさったらいかがです? そもそもあなたは、……――、……」
「うるさい、お前はいつも……、――……、」
「陛下こそ、……――、……それより仕事の、――この案件は、……、――」
相変わらず仲がいい。
確か兄弟のようにして育ったと聞いている。
陛下を遠慮なく叱り飛ばすことの出来る数少ない人物だ。
私は溜め息を吐いて自室に向かうことにした。頭の中で、改めて現状を整理しながら。
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