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29・繰り返される注意

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 司祭は本人が言っていた通り、侍女や侍従たちの手伝いを経た入浴を終え、衣装を着付けられている途中で戻ってきた。
 本当にタイミングを見計らっていたらしい。
 サフィルは侍女の指示通り動かず化粧台の前で鏡を見つめていた。
 上着はまだ身に着けておらず、先に髪の毛をいじられている。
 長くもないサフィルの髪を、だがどうやら侍女たちは器用に編み込んでいるようで、所々に髪飾りまで取り付けられている。
 それを特にみるともなく眺めていたサフィルを、鏡の向こう、司祭はほうっと息を吐いて見つめていた。

「……素晴らしい。美しいですね。これならきっと来賓の方々の前でも見劣ることはないでしょう」

 司祭的にもある程度は、満足できる仕上がりとなりつつあるのだろう。
 頷くのを認め、サフィルはそれならばよかったと、心の中で安堵の溜め息を吐いた。
 みすぼらしくないというのは重要だ。着飾ることにあまり興味のないサフィルでも、みすぼらしいのはよくないという認識ぐらいはあった。
 身綺麗にしておくだけで、人に不快を与えづらくなるものなのだから。

「聖王妃陛下。これより後の晩餐、及び夜会でも、貴方の役目など特にありません。飾り立てられた人形のようなものです。来賓の方々に不快を与えない程度の殊勝な顔をして、聖王陛下の横に寄り添ってさえいらして下されば構いません。挨拶以上の会話なども不要です。いいですね?」

 まさか伝えておきたい注意事項とやらはそれなのだろうか。
 ある意味では再三告げられていたのと同じことを繰り返され、サフィルは小さく頷いた。
 そんなものすでに分かっている。
 元より出しゃばるつもりなどない。
 そもそもサフィルはもとより社交的な性質など知れおらず、どちらかと言わずとも人と関わるのは苦手である。
 実の所、誰かと会話を交わすことそのものさえ、別段、取り立てて好きではなかった。
 実家とも言えるこれまで育った子爵家で、周りに人が少なかったのには、サフィル自身の性質も関係している。
 要は人見知りする子供だったのだ。
 そのくせ、初対面の人間に抵抗があるわけでもない。単純に周りを人で囲まれることそのものを好まなかった。
 一人、静かに過ごすのがいい。そちらの方が落ち着くのだ。
 この王宮もどうやらあまり人手は多くないようで、助かった、そう思っていたぐらいである。
 それでもいつもより周囲の人がいて、なんだかずっと落ち着かない気分だというのに、この上更に来賓の相手だなんて。自信がないと言ってよく、何もせずによいのなら、助かるというのは本音だった。
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