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3・王宮にて

3-12・夢のあと

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 ゆっくりと意識が浮上する。たった今まで見ていた夢の残滓が、解けて消えた。
 目を覚ます。瞼の裏にはまだ、星が散っている。一面の星空。
 最後にあそこに連れて行かれたのは確か学園に入る前だっただろうか。思えばもう随分長く、あの星空を見ていない。だから、夢に見たのだろうか。それとも。
 ぼんやりと泳ぐ意識を持て余しながら見た、視界の先、天井の様子は、記憶にある最後から何も変わらず、自分がまだ、殿下の執務室、ソファの上にいることを知った。
 同じ部屋の中から微か、書き物の音がするのは、結局、殿下が一人で、書類の処理をしているからなのだろう。
 俺はどうやら今まで、目を覚ませなかったようだから。
 殿下の後ろ、大きく取られた窓から差し込む夕陽が赤く、世界を染め始めている。
 元より予定されていた終業の時間さえ、この様子では、直に迎えてしまうことだろう。
 体は信じられないほど重く、鉛のよう。身じろぎすらろくに出来ない。だけど、痛みはなかった。どうしようもない違和感は付きまとってはいるけれど。
 殿下を、受け入れていた場所なんて。いまだに何か、入ってでもいるかのようですらある。
 それでいて、肌に、べたついた所などもないようで、服も、申し訳程度、着せかけられていて。殿下が、全ての処理を終わらせてくれていることを知った。
 思考が遊ぶ。解けた夢が、まだ、脳裏に。

「目が覚めたの?」

 俺の意識が戻ったことに、気付いたのだろう殿下から声がかかった。
 ゆら、視線をそちらに向けると、夕陽を背にした殿下が、俺を見て、目を細めている。

「殿下」
 
 出した声は掠れていた。痛むというわけでもないのだけれど。きっと、喘ぎすぎて、枯れてしまったのだろう。随分と耐えることなく、俺は声を上げていた気がするから。気付いた殿下の眉が寄る。

「声が……掠れているね」

 当たり前か。
 呟いた殿下が、席を立って、机を回り、俺の傍まで。さらり、額にかかる髪を退ける指が柔い。
 目を眇めた俺の視界が、殿下でいっぱいになる。

「んっ……」

 唇を、殿下のそれで塞がれて。ふ、と、唾液と共に流し込まれた魔力はどろりと俺の喉に蟠って、痛みを感じていないせいで、気付いてはいなかったけれど、残っていたらしい違和感を消し去っていった。
 多分、治癒の魔術を乗せたのだろう。これも身体操作・・・・の一環だろうか。いや、流石に違うか。
 それにしても、何もくちづけで治癒なんて。治すだけならくちづけなど、必要ないだろうに。

「大丈夫? ……では、ないよね。起き上がれるかい?」

 本当に大丈夫ではない俺を気遣う殿下は労りに満ちているが、しかし、である。
 そもそも俺が、こんな状態になっている原因は殿下にあるのだから、当たり前と言えば当たり前だった。
 殿下の手を借りて体を起こす。かけられていた毛布が滑り落ちたのに気付いて、殿下がさっとそれを脇にけた。

「無体を、したね。すまなかった。だけど、堪えられなくて」

 君が欲しくて。
 切なそうに寄せられた眉は、自責の念からだろうか。あの行為が。俺の同意の外にある自覚ぐらいはあるようでよかった。
 思って俺は小さく笑った。

「ははっ。らしくないですよ」

 今度、出た声は掠れてはおらず、いつも通りだ。
 頭がまだ少しぼんやりとしている。殿下の魔力が。体の隅々まで侵しつくして、今も熱を持って俺の中を駆け巡っているようだった。ぐるりと。そうして最後に行きつくのは腹だ。殿下の精を。魔力共々幾度となく注ぎ込まれたせいだろう、とりわけそこは、殿下の魔力がひときわ濃く、多い。重量などないはずの魔力が、重く感じられるほどに。
 目を覚ました時から、本当は気付いていたそれを、改めて意識して、少し、顔をしかめてしまったのは、ある意味では仕方のないことだったろう。
 殿下は、そんな俺を、気にするそぶりを見せつつも、俺に満ちる自身のそれを、どうにかするつもりは微塵もないらしい。
 さもありなん。そうだろうとも。どうにかするも何も、自覚なくこんなことなんて出来ないのだから殿下の行為は当たり前に、意図的なものであったはずだ。
 意図とは、つまり。
 思わず、殿下を見返す俺の目が、恨みがましいものになった。

「そんな目で見ないでくれ。重ね重ねらしくないことなんて、僕もちゃんと自覚している」

 誤魔化すような殿下の笑みが苦い。
 いつもの余裕はどこに行ったのだろう。本当に、何処までもらしくなかった。でも、それぐらいに俺のことを。実はずっと、想っていたのだと。俺はそう、解釈してもいいのだろうか。

「ティアリィ」

 いいのだろう。俺を見つめる殿下の瞳には、今も、冷めない熱が宿ったまま。
 本当によくもこんなものを隠せていたものだ。
 こんな、俺の体の隅々までを侵す、重苦しい劣情なんて。
 何か、言おうとして、躊躇って。結局小さく首を横に振った。
 ふと、時計に目が留まる。ちょうど終業の時間。

「……帰ります」

 今日はもう、帰る。
 呟いた俺に、殿下は頷いた。

「うん。そうだね。今日はもう、帰るといい」

 名残惜しそうに。否、大事そうに、だろうか。
 俺を支える殿下の腕は、今もずっと熱かった。

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