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3・王宮にて
3-14・家族のことと
しおりを挟む俺が、家からいなくなる? 殿下の愛情? ……――子供?
何を言っているのかわからない。否、わかる、わかるのだけれど、いや、しかし。
なぜ、と。
疑問が渦巻いた。
俺と殿下に何があったのか。それは今の俺の状態を見れば、ある程度の魔力を持ち、他人の魔力を視ることの出来る者なら、ほとんど誰でもわかることだった。その上で子供、と言われて。否定できないぐらいには、今の俺は殿下の魔力で満ちている。とりわけこの、腹に渦巻く重苦しさは。……――先程までの倦怠感やそういった不調とは、当たり前に別物だったのだろう、今すぐにでも子供の核とするに過ぎるほど、濃く重い。
だからある意味、状態だけを見るなら、何もおかしくはなかった。
おかしいのはむしろ、そんな俺を見て、何の疑問も抱いていなさそうなところだ。
ルーファの言動を見るに、まるで初めから知っていたかのようですらある。俺の知らない何を、いったい、どう知っていたというのか。
その上、家を出る、とは。俺が、嫁にでも行くことが、すでに決まっているとでも?
誓って言う。俺は殿下の気持ちなんて、今日まで本当に知らなかった。何も、これっぽっちも、気付きさえせず。
だから、今日も、仕事に向かっただけのはずなのだ。
にもかかわらず、何故ルーファは俺を言祝ぐ? 何がめでたいというのか。
仕事に行って、こんな状態で帰ってきて。いっそ、はしたないだとか、みっともないだとか、見境がないだとか。そんな風に詰られる方が、理解に易いほどだった。
固まる俺に、流石に不審に思ったのだろう、ルーファがきょとと首を傾げる。
「お兄様? どうかなさいまして?」
俺は首を横に振った。
「いや。いや、何も。ただ、どうしてかな、と」
たった今の。ルーファの発言全部。いったい何故かと。隠さず口に乗せたつもりだったが、ルーファは別の意味に捕らえたらしい。
「どうして、とは? ああ、今ここにわたくしだけだからですか? ファルテは、今日は少し帰りが遅くなるのですって。せっかくのお兄様の誕生日なのにと、先程受け取った通信でも、残念がっていましたわ。夕食に間に合えばいいのですけど。お父様とお母様は、アリフィがほんの今、粗相をしてしまったようで。用が終わればこちらにも、一度、お顔をお出しになるのではないかしら。ああ、でも、ファルテは、今、いなくてよかったのかもしれないわ。先程までのお兄様の様子なんて見た日には、いったいどんなことになるのやら」
あの子ったら、本当にお兄様がお好きなんだから。
くすくすとおかしそうに笑って告げたのは、此処にいない家族の現状。
ファルテは、ルーファと一つしか違わない、すぐ下の弟だ。ルーファは、ファルテは俺のことを好いているというが、その割に、俺への態度は比較的いつも刺々しい。反抗期もあるのだろう、だが、小さい時からそうだった。俺だって、嫌われているとまでは思っていない。しかし、ルーファが言う程には好かれているようにも思えなかった。
何分、彼には少し障害があって。その所為もあり、両親はファルテが学園に入るまでほとんど付きっ切りで、ルーファとの扱いで、差をつけたつもりはないのだが、どうしても関わる時間は短くなる。半面、俺とルーファは逆に両親と共に過ごした時間がファルテより少ないのだが、それはともかく、本当に小さい頃からファルテが、ルーファのように、俺に甘えてきた記憶などほとんどなかった。
いや、あの刺々した態度こそが甘えかもしれないと思えば、それはそれで可愛くはあるのだが。
アリフィはそんなファルテが学園に入学した後。一昨年に生まれたばかりの妹だった。まだ二つになったばかりで幼く、当然、学園に通っていた俺はあまり触れ合えてはいない。
そんな幼い妹に、今、両親はかかりきりで、今も妹の世話を優先しているらしい。逆に助かった気もしている。だって間違いなく、ルーファが分かったことに、両親も気付くのだろうから。
なんて居た堪れない。
流石に顔を合わせざるを得ないだろう夕食が、今から憂鬱で仕方なかった。
ルーファでこんな認識なのだ。
まさか殿下のお気持ちを知らなかったのが、俺だけだなんて、そんなはずは。
その後、ルーファには適当に返して、部屋へと戻った。
両親とは結局、夕食まで顔を合わせず、しかし、俺を見て返ってきたのは、ルーファと同じような反応。
「あら?」
お母様。困惑はともかく、どうしてどこか楽しそうなんですか。
「全く。殿下も堪え性がない」
吐き捨てつつ不機嫌ではあるようですが、お父様も。憤る部分はそこだけなのですか。
ファルテなど、きつく俺を睨んで、一言も口をきいてさえくれないような有様で。
これはもしかして、殿下? 外堀、すでに埋めまくっていやしませんか?
嫌な予感を抱えつつ、一日の終わり、寝る前に。今日は俺の、誕生日だったはずなんだが。ああ、本当に今日は散々な一日だったと俺は。いまだ熱く、殿下の魔力が凝ったままの腹を、ゆるりと一つ撫でたのだった。
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