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4・これからの為の覚悟

4-3・不器用な気づかい

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 ティアリィの体調不良は、翌日にはすぐに表れた。
 いくらできるだけティアリィについていたいと言っても、割り振られた仕事を疎かにするわけにもいかず、ティアリィと、閉じこもってしまうことなどできない。
 ひとまずと仕事前に様子を見に訪れると、ティアリィは苦しそうに眉根を寄せて呻いていた。

「ぅっ……」

 彷徨う視線が、見ていられないほど憐れだ。気休めにもならないだろうとは思いつつ、僕は指先に魔力を乗せて彼へと触れた。額を滑って、頬を包んで。するりと肌を撫でる。魔力を注がれると、やはり少しは楽になるのだろうか。ティアリィは僕の指にすり寄ってくれた。かわいい。

「ティアリィ」

 覆いかぶさるようにして、耳朶で囁く。息にもやはり、魔力を乗せて、吹き込むように。

「これだと、とても足りないね」

 困ったな。
 そう言いはしたが、わかりきっていたことだった。頭の中で、予定を組み立てていく。ひとまずはティアリィに、魔力を注ぐのが先決か。だが、そうするにしても。
 とりあえずと、ティアリィにくちづけ、息と唾液と共にできるだけ多くの魔力を注ぎ込む。こんな程度じゃその場しのぎにもなりはしないだろうけれど、少しでも彼が楽になればいいと思って。

「少し、仕事の確認だけしてくるよ。どうしても急ぎの物の処理と、他は予定の調整だけしたらすぐに戻ってくるから、少しだけ待っていて」

 宥めるようにそう告げたけれど、僕の言葉は彼に届いていただろうか。わからない。
 何にせよ急がねばとその場を立った。
 いつもは両親や弟妹など家族で摂る朝食も今日は断って、後で、何かつまめるようなものを用意してくれるよう指示を出す。
 急ぎ向かった執務室には、思いもかけない人物がいた。

「父上」

 驚き、目を見開く。
 僕の父。つまり、この国の皇帝だ。

「どうかなさったのですか? まさかこちらにいらっしゃるなんて」

 何故。言葉より先に疑問が顔にも出ていたことだろう、父はゆるく首を横に振って、苦く、溜め息を吐いた。

「朝食を、一緒に摂れない旨、連絡を受けたのでね」

 此処に来ると思った。
 父は座りもせずに、立ったままだった。僕も急いでいるのもあり、席を進めようかと一瞬迷って結局やめておく。

「何か、急ぎの連絡でも?」

 と、言うかそもそも僕は今、急いでいるのだが。苛立ちは隠して、笑顔を作った。父の訪問も、また父の言いたいだろうことも、理由はおそらく僕が思う通りのものだろうともわかっていたし。案の定父は僕の予想通りの子と口にする。

「子供が、成ったらしいと聞いた」

 まだしっかりと、報告したわけではなかった。だが、当然知られているだろうとは予測していた。

「ご報告が遅れていて申し訳ございません。ティアリィをひとまず落ち着けてから、改めてお伺いしようと思っていました」

 優先順位の問題だと案に告げると、父も心得ていたのだろう、小さく頷いてくる。

「いい。聞いている。省け」

 改めての報告は、せずともいいらしい。むしろ。

「それより、放ってきたのか」

 眉根を寄せて、彼の現状をこそ、気にかける様子を見せた。
 父もティアリィが今、子を成せば、ほぼ間違いなく重篤な魔力欠乏に陥るであろうことを予想していたのだろう。
 放ってきたわけではない。少し不快になったが、それは努めて顔には出さないように気を付ける。

「すぐに戻ります」

 ティアリィの元に。
 そう返すと、父は鷹揚に頷いた。
 父が視線を、執務机の方へ向ける。そこにあるのは、僕が任されている仕事の山だ。今日も山。最初の方ほどではなくとも、僕に回ってくる仕事はやはり多い。
 父が改めて口を開いた。

「仕事の割り振りは、少し変える。今は彼を優先してあげなさい」

 状況を正しく把握しているが故なのだろう、気遣う父の言葉に、僕は今度こそ作り笑いではない笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。そうします」

 どうやら父の用事はそれだけだったらしく、早々に部屋を出るのを見送って、僕は初めの予定通り、手早く仕事の振り分けだけを確認して、急ぎ、ティアリィの元へと戻った。
 彼へと魔力を、早く注がなければと焦る気持ちのまま。
 先程のくちづけで少しは症状が緩和されたようにも見えたティアリィだったが、やはりあれぐらいでは到底足りなかったようで、僕が戻るとぐったりと臥せって、意識さえなくしていた。

「ああ、ティアリィ」

 手を伸ばす。触れていく。

「ティアリィ」

 彼の服を剥いで、覆いかぶさって。早く、と褪せるまま、指先に魔力を込め、彼の肌を探った。
 ああ、ティアリィ。
 今、僕が。君に、魔力を注ぐから。それこそ、あふれるぐらいに。
 ティアリィ。
 意識のない彼の体を暴くことは。僕にとって、少しも抵抗を感じることではなかった。
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