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1・これまでのこと
しおりを挟む「い、行きたくない~~~!!」
そうは言っても、学校はなくなってなどくれない。
私は平民である。少なくとも、生れた時から少し前までは平民だった。
ここ、キゾワリ聖国の北東にある、国境近くの小さな村で生まれ育った。
近くには少し大きめの町もあり、領主である子爵の人がいいせいか、あるいは単純に隣国に近いからか、国内としては比較的平和な場所で育つことが出来たと思う。
そんなことを実感したのは、子爵領を出て、聖都へ来てからだったけれど。
隣国から商人がそれなりの頻度で行商に来てくれていたのもあり、貧しいながら飢えるということもなく、優しい両親からも慈しまれ、私はすくすく伸び伸びと成長していった。
状況がおかしくなっていったのは、私がようやく10を超えたか超えないかぐらいの時。
私の住む村から、いくつかの領を隔てて西にある、国の中でも聖都の次に大きい街まで、父が出稼ぎに行ってからのこと。
それ自体は珍しいことではなく、それまでも時折、出向いていて、なのにその時に限って、父はそれっきり帰ってこなかった。
戻ってくる予定の日付を過ぎても、待てど暮らせど帰ってこない父が、風の噂でどこかの貴族に見染められ、戻れなくなったと聞いたのは、さてどれぐらい経った時のことだっただろうか。
数ヶ月か、半年か。一年は経っていなかったと思う。
一口に貴族と言っても色々ある。
実際に私たちの村や近くの町を合わせた近隣を治めている子爵様はいい人だし、心ある貴族の人はたくさんいる。
反面、平民を所有物と考え、蹂躙することに何ら良心の呵責を覚えないような貴族も存在した。
父を見染めた貴族は、そんな相手だったのだろう。
だって、私たちの元へ、頼りの一つも届かないだなんて。
父は、娘の私から見てもキレイな顔をしていた。
母が不細工と言うわけではなくとも、穏やかさが顔に滲み出るような、柔和な印象の造作をしているのに反して、父は華のある美貌を持ち、近隣でも美しいと評判だった。
だが、中身は何処までも母に一途に愛を注ぐ実直な人だ。
平民にしては魔力も多かったので、もしかしたら何代か前には貴族やそれに近い者がいた可能性もあるが、その辺りは父にもわからないらしかった。
ともあれ、父はただの平民で、そんな父が噂通り貴族に見染められたのだとしたらきっと、抗うすべはなかったのではないかと思う。
この国の貴族はそれぐらいの権限を持っていて、何より、魔力と言う純然たる差が平民と貴族の間には横たわっているのである。
平民は基本的には貴族には敵わず、たとえどんなことがあろうとも、諾々と従うしかないのが現実だった。
見た目の美しかった父が、貴族に見染められ戻れないだなんて、いったいどんな目にあわされたのかと思うと、私は幼いなりに胸が潰れそうな心地になった。
一方的に気に入られたのだとしても、大切にされているならいい。だが、もしそうではないなら。見染められたとはいえ、大切にされなかった場合の平民の末路なんて、想像すらしたくないほど悲惨なものだと聞く。
私は、せめて父が人としての尊厳を踏みにじられていたりすることがなければいいと、祈らずにはいられなかった。
幸いなのは周囲の村人皆が私たちに同情的で、何くれとなく良くしてくれたことだろう。
特に、行商に来ている商人の息子は、ほんの小さなころから幾度も顔を合わせていて、いわば私の幼なじみのような存在でもあり、父のいない私と母を、よく気にかけ支えてくれた。
いつしか私が彼に淡い恋心を抱くようになったのは、当然と言えば当然だっただろう。
彼は、飛び切りに顔のいい人物と言うわけではなかったけれど、いつも清潔感のある格好をしていたし、物腰柔らかく思いやりにあふれ、何より私には特別に優しかった。
私は父に似て、平民にしてはかわいらしい顔をしていると言われていて、きっとそれも込みで気に入ってくれているのではないかと思う。
村や町の近い都市の子供達からは時折やっかまれることもあり、母のようにより似ていたかったなと思うこともあったほどなのだが、彼が気に留めてくれている一因であるなら、この顔で良かったとさえ思えるほどだった。
もしや私はこの人と、結ばれる未来も望めるのでは、なんて淡く夢を抱き始めた矢先、今度は母が、辺り一帯の領主である子爵様に見染められた。
子爵様は、とても温和で人のいい人物で、数年経ってもなお父を忘れられない母を根気よく口説き続け、私のことも、娘として一緒に引き取ってくれるとも言ってくれ、母は、近くに住んでいた父の両親などの家族から後押しされたのもあり、ようやく子爵様と再婚するに至った。
その子爵と言うのが、今の私の義父である。
テセロダ子爵と言って、私のことも、本当に娘としてかわいがってくれている人格者だ。
父がいなくなってからは、暗い顔をしていることの多かった母が、今は穏やかに微笑んでいて、義父の求婚を受けてよかったと心から祝福していた。
勿論、母はあくまで平民でしかも私と言うこぶつきの再婚。
いかに子爵も、以前に他の女性と婚姻していたことがあり、母は後妻で、跡継ぎには前妻との間の子供がいるとは言え、幾人かの親戚には私と母がいまだに受け入れられていないとしても。
子爵本人は、可能な限り私たちを守ってくれていたし、それで充分だと思っていた。
そんな義父にまさか、貴族となったから貴族学校に行かなければいけない、なんて言われるとは考えてもいなかったのである。
まさに青天の霹靂で、父のこともあり、義父以外の貴族にはいい印象のない私は、ものすっごく、行きたくなかった。だが、私をかわいがってくれる義父を困らせることもできず。結局私はしぶしぶ一人、聖都へと旅立ったのだった。
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