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03・昼下がり①
しおりを挟む「……――暇だ」
昼下がり。を、少しばかり超えた時間。しかし夕暮れにはまだ早い頃。
ティシクニ王国、王立騎士団の騎士団本部内、団長用に設えられた執務室で、リシュはうんざりと呟いた。
先程まで目の前に積まれた書類を改めていた手はすっかり止まって、からりとペンが机の上に放り出されている。
「あぁん?」
同じ部屋の中で、リシュの済ませた山のような書類の確認と仕分けを行っていたマディは聞き捨てならない言葉に、胡乱げに顔を上げた。
何言ってんだ、こいつ、と、視線だけで告げてくるマディへ、リシュがひょいと肩を竦める。
「こう、書類仕事ばかりだとね。それもほら、今サインしたこれが最後の一枚」
ひらひらと示された紙はマディの記憶している限りだと、提出期限が随分と先の1枚だったはずだ。
むしろ今ここに持ち込まれている書類の中では、一番新しかったような。
なるほど、机の上にある物も、全て処理済みであるということなのだろう。
「あ~……なら、鍛錬でもしてきたらどうだ」
リシュの嘆く通り、ここしばらくは出動もなく、溜まっていた書類が全て片付いてしまうほど。
もともと書類仕事の類が、好きではないリシュは疾うに飽きてしまっていたということなのだろう。
それでも苦手でも出来なくもないので、すでに全て終わらせてしまっているようだけれど。
こうして書類仕事に従事できている辺り、平和でいいとマディなどは思うのだが、そうぼやく代わりに、リシュが嫌わなさそうな、机から離れられそうな用を提案してやる。
リシュはいつも通り、にこやかに微笑んだまま、ピクと片眉を動かして、器用にも機嫌を損ねたことを表して見せた。
もちろんこんなもの、マディにしかわからない不機嫌だけれど。リシュだってそれを分かった上でそう示したのだ。
むしろ分かれと言わんばかりに。
「俺一人で? 相手もいないのに?」
それじゃ手合わせも出来やしない。
鍛錬と一口に言って。一人で出来るようなものも多くあるが、そういった気分ではないということなのだろう。
「お前が言って適当な奴らに稽古でもつけてやれば喜ぶだろうが」
なんせ麗しの団長様を、団員たちは心酔、どころか信仰している節すらある。
リシュが姿を見せるだけで、歓喜に打ち震える者なんて枚挙に暇がない。
面倒なことを言うなとばかりにマディが吐き捨てるのへ、リシュは深々と、わざとらしく溜め息を吐いた。
「我が副官殿は頭まで犬にでもなってしまったのかな」
嫌味である。
時折、団員たちに畏怖を込めて『狂犬』などと言う全く嬉しくない呼ばれ方をするマディを当てこするような言葉だった。
「ぁあ? んだとっ、」
マディがそう称されるのを好まないとわかっているからこそそんなことを言うリシュに、マディが明確に眉根を寄せて威嚇する。
もちろん、リシュは動じない。
「目の前の書類でいっぱいいっぱいになっている副官殿に、俺が親切に教えてあげよう。一つ、今日は一般団員たちの実技確認の日で訓練場は全てそれに使用されている。加えて君も知っての通り、俺はそれには顔を出すなと言われているわけだ。昇給がかかっているようなものならまだしも、俺がいると浮足立ってしまって、普段の実力も発揮できなくなってしまうみたいだからね」
腹立たしいことに事実だった。
浮足立つ一般団員たちに見兼ねて、その日ばかりはと出禁を言い渡されたのはリシュが入団して、1年も経たない頃のことだったはず。
マディだってそれを忘れていたわけではないが、今日がそうだったことは、すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
おそらくは悔しくもリシュの云う通り、目の前の書類で思考が埋められていたということなのだろう。
残念ながらマディはリシュほど、人外じみた頭脳など持ち合わせていないのだ。
「なら、施設内の点検でも、と思っても、都合が悪いことに今日は外部点検が重なっている。というよりは実技確認で施設内の団員が減るからこそなのだろうけど、外部の者の案内担当の団員はともかく、普段から俺に接しているわけでもない、俺への免疫が少ない外部の者が、俺と遭遇するとどうなるかなんて、想像するまでもないことだろう」
仕事にならない度だと、実技確認中の団員たちなどとは比べられない有様になるのが目に見えている。
これもまた、リシュはこういう日は部屋から出るなと言われていた。
だからこそこれでもかと、このようにあるのだかないのだかの仕事まで山と積まれてしまっているのだけれど。
つまり部屋から出ずに、どうせならこれらの処理をしていて欲しいと。
我が騎士団内事務方の賢明なる判断である。
「諸々踏まえて、鍛錬となると今、俺が出来そうなことと言えば、裏庭を使った手合わせぐらいでね」
あるいは目くらまし要員と言えば良いのか。相手がいるか、あるいはその相手がリシュに隠蔽などの魔術を使用する、などして、他に気取らせずに鍛錬に勤しむだとか、リシュ自身が身を隠し、こっそりと外部点検の見学をするだとかも出来なくはないのだが、そこまでしてどうしても、部屋から出たいわけでもない。
しかし、今、執務室内に運び込まれている書類を全て片付けてしまった以上、この先何もやることが思い浮かばないのは事実で。
読書だとかで知識を蓄えるにしてもこの部屋の中にはそれが出来そうなものなど用意しておらず。まさに八方塞がりとはこのことだろう。
ちなみに、今マディが行っている確認しながらの書類の仕分けは、リシュ以外の目を通す必要があるという点からして手伝えるものではなかった。
いつもなら控えていて、マディを手伝っている事務官たちも、実技確認へと赴いている。
正真正銘、ここにはリシュとマディの二人きり。
そしてリシュにだけやることが何もなかった。
かと言ってまだ就業時間内。せめて予定外に施設内からは出ない方がいいだろう。
リシュがそこまで言葉を続けるのに、いい加減マディも、本当は何が言いたいのかがわかってくる。
マディは深く溜め息を吐いた。
「……一応これは、オレの仕事なんだが」
「そうだね。あとから戻った事務官達でも出来る仕事だ」
ついでにどれもこれも急ぐわけではない。
くそっ、マディが小さく悪態を吐いて、腰かけていた応接スペースから立ちあがる。
書類が多すぎて、ソファの前のローテーブルを使用していたためだ。
ようやく動き出したマディに、リシュは得たりと笑みを深めた。
「ついでに隣の仮眠室は、外部点検に含まれていないよ」
ああ、なんて明確なお誘いだろうか。
そこに含まれた意図に気付かないほどマディは鈍くない。
こんなにも言い訳なんて、重ねなくてもいいのに。
それでも書類仕事を全て終わらせている辺りは流石というべきなのだろうか。
内心でぶつぶつと呟きながら、艶やかに溶けだしたリシュの眼差しに、導かれるようにマディが手を伸ばす。
先程まで硬質なばかりだった執務室は途端、不健全な雰囲気に飲み込まれてでも行くようだった。
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