7 / 11
06・昼下がり④
しおりを挟むそろそろ終業時間も近くなってきた、陽の落ちかけた執務室。
コンコンと扉をノックされる音に、ああ、灯りを点けなければな、思いながらマディは感慨もなく顔さえ上げずに答えを返した。
消したり誤魔化したりなどされていない気配に、誰なのか、なんてわかりきっていたからだ。
ちなみにこの執務室には大きめの窓があり、陽光が充分に射し込むので、陽の高いうちには灯りなど必要ないのである。
「入っていいぞ」
「失礼しまぁーす。……――っと、あれ? 団長いないんです?」
おっかしぃなぁ、気配はあるのに。
言いながらマディに了承を取ったりなどせず、部屋の灯りを点けて首を傾げるのは、むしろこの部屋にあるというだけならばマディよりも相応しい事務補佐官。それもリシュ付きのティセだった。
長く艶やかな青色の髪を、頭の後ろで一つに結び、さらと流すよう揺らしている。
騎士団の、それも団長付きというには一見相応しくなくも見えそうな、ほっそりとした年若い体躯。
十代半ばか、もしくはそれより少しばかり上ぐらいの歳の頃にしか見えない彼の名はコーティセア・プラティリムと言い、プラティリム侯爵家の次男で、これでもマディやリシュよりいくらか年上だった。
彼曰く、これぐらいの歳の見た目の方が何かと都合がいいのだとか。
ともかく、普段ならこの部屋にいることが多いはずの彼が今まで席を外していたのは、リシュの代わりに彼が、実技確認の監督をしていたからに他ならない。
そんな彼がここに来たということは、理由も同時に知れるというものだろう。
諸々を察しながらとりあえずと、訊ねられた団長、つまりリシュの居所を、軽く顎を上げて示す。
仮眠室の方だ。
「寝てる」
言いながら手元の書類を確認し続けるマディに、ティセも察したのだろう、
「あ~……」
と、納得と呆れが半分ずつほどの、何とも言えない曖昧な相槌を打った。
「何か用か」
否、用など訊ねずともわかっているけれど。
「いえ、実技確認も外部点検も無事に終わりましたのでご報告を。特に何も問題は起きず、滞りなく終わりましたよ。明日にでも詳細な報告書はお持ちします」
「そうか。お疲れ」
案の定、如才なく告げられるのに、マディは鷹揚に頷いて労う。
「ありがとうございます。副団長もお疲れ様です。手伝いますよ」
ティセは続けて、マディの行っている書類の確認と仕分けを手伝おうと思ったのだろう、マディが座っているソファの向かい側へと腰を下ろした。
互いの真ん中にあるローテーブルに積まれたままの、未確認の書類を素早く見分けて手を伸ばしていく。
「って、これ、書類もしかして全部終わってるんですか?!」
ざっと中身を確認し始めてほどなく、ティセは驚いたように声を上げた。
「おー、三時間前ぐらいには終わってたぞ」
呆れ混じりのマディの声に、ティセはどこか困惑した顔をする。
「うわぁ―マジっすか、団長が暇しないように前回より多めに用意しておいたんだけどなぁ……」
前回も随分と時間を余らせていたみたいだから、今回こそはって、かき集めたのに。
と、続けられるのに、なるほど、それで……と、ちらと視線をやったのは仮眠室。
もちろん、ティセはなぜ今、リシュが寝ているのか、理由を余さず理解しているのだろう。
ついには弱り切っている、と言ってもいいだろう表情となったティセに、こうなったのはそれだけではなく、最近出動が少なくて、くすぶる衝動を持て余していたというのもあるだろうけどな、と内心思いながらもそこまでは言わず、代わりにマディは小さく溜め息を吐いた。
「足りなかったみたいだな。今度からあいつを遠ざけたかったら、視察にでも出した方がいいんじゃねぇか」
多分、どれほどの量の書類仕事を用意しても、リシュならば想定より早く仕上げてしまうことだろう。そもそも、こういう時の度、用意される書類仕事は増加の一途を辿っていて、ついに今回など、余程のことでもない限り、これ以上の書類仕事なんて、おそらくティセでも用意できないはずだという程となっている。
なにせこうして確認し、仕分けしていればわかるが、提出期限が先どころか、数か月先で半ば未確定な案件の書類まで混じっているのだから。
無理やり用意したのだろうことがわかる書類の数々だった。
「次はそうします……――副団長も、ほんと、お疲れさまでした」
ティセもまた、溜め息交じりに、改めて労いを寄越してきて。
そのまましばらく二人で、リシュが終わらせてしまった書類の確認と仕分けに従事した。
流石にマディ一人でこなすのよりよほど早く全てが終わったのは、就業時間を僅かばかり過ぎた頃。
ティセがこの部屋に戻って来てからはそこまで長い時間も経っていない。
長く溜め息を吐き、腰を上げた。
「あ~……お前もお疲れ。今日はこのまま上がるだろ」
「ええ。これだけ持って行っちゃいますけど。団長も副団長も上がりますよね」
「ああ。あいつ起こして適当に帰るよ」
伸びをしながら尋ねたマディにティセは頷いて、持てるだけ書類を腕に抱え上げた。
量からしておそらく何往復かするつもりでいるのだろう。
そこまでは手伝わず仮眠室に向かうマディに、ティセはにこやかに頷いた。
「かしこまりました。では団長にも今日の報告伝えておいてくださいね」
それだけ言い置いて軽やかに部屋を出るティセを見送ることもせず、マディは仮眠室をのぞき込む。
いまだ目覚める様子のないリシュに、だけど疲労の色はない。
ただ惰眠を貪っているだけなのだろう。
「――……どうすっかな……」
よく眠っている。多分起こすと機嫌を悪くするだろう、だけどこのまま此処で夜を明かすつもりなどマディにはさらさらなく。
「おい、リシュ、そろそろ起きろ」
仕方なくリシュへと声をかけ始めた。
これは、特に何でもない、よくある王立騎士団のとある一日のことだった。
3
あなたにおすすめの小説
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
王様の恋
うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」
突然王に言われた一言。
王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。
ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。
※エセ王国
※エセファンタジー
※惚れ薬
※異世界トリップ表現が少しあります
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。
これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。
無自覚両片想いの勇者×親友。
読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。
遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。
月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」
幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。
「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」
何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。
「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」
そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。
僕、殿下に嫌われちゃったの?
実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。
氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された
楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。
何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。
記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。
----------
※注)
かっこいい攻はいません。
タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意!
貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。
ハッピーエンドです。
激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします!
全16話 完結済み/現在毎日更新予定
他サイトにも同作品を投稿しています。
様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。
初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる