恋の終わりもその先も~ずっと好きだった幼なじみに失恋したので、

愛早さくら

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06・昼下がり④

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 そろそろ終業時間も近くなってきた、陽の落ちかけた執務室。
 コンコンと扉をノックされる音に、ああ、灯りを点けなければな、思いながらマディは感慨もなく顔さえ上げずに答えを返した。
 消したり誤魔化したりなどされていない気配に、誰なのか、なんてわかりきっていたからだ。
 ちなみにこの執務室には大きめの窓があり、陽光が充分に射し込むので、陽の高いうちには灯りなど必要ないのである。

「入っていいぞ」
「失礼しまぁーす。……――っと、あれ? 団長いないんです?」

 おっかしぃなぁ、気配はあるのに。
 言いながらマディに了承を取ったりなどせず、部屋の灯りを点けて首を傾げるのは、むしろこの部屋にあるというだけならばマディよりも相応しい事務補佐官。それもリシュ付きのティセだった。
 長く艶やかな青色の髪を、頭の後ろで一つに結び、さらと流すよう揺らしている。
 騎士団の、それも団長付きというには一見相応しくなくも見えそうな、ほっそりとした年若い体躯。
 十代半ばか、もしくはそれより少しばかり上ぐらいの歳の頃にしか見えない彼の名はコーティセア・プラティリムと言い、プラティリム侯爵家の次男で、これでもマディやリシュよりいくらか年上だった。
 彼曰く、これぐらいの歳の見た目の方が何かと都合がいい・・・・・のだとか。
 ともかく、普段ならこの部屋にいることが多いはずの彼が今まで席を外していたのは、リシュの代わりに彼が、実技確認の監督をしていたからに他ならない。
 そんな彼がここに来たということは、理由も同時に知れるというものだろう。
 諸々を察しながらとりあえずと、訊ねられた団長、つまりリシュの居所を、軽く顎を上げて示す。
 仮眠室の方だ。

「寝てる」

 言いながら手元の書類を確認し続けるマディに、ティセも察したのだろう、

「あ~……」

 と、納得と呆れが半分ずつほどの、何とも言えない曖昧な相槌を打った。

「何か用か」

 否、用など訊ねずともわかっているけれど。

「いえ、実技確認も外部点検も無事に終わりましたのでご報告を。特に何も問題は起きず、滞りなく終わりましたよ。明日にでも詳細な報告書はお持ちします」
「そうか。お疲れ」

 案の定、如才なく告げられるのに、マディは鷹揚に頷いて労う。

「ありがとうございます。副団長もお疲れ様です。手伝いますよ」

 ティセは続けて、マディの行っている書類の確認と仕分けを手伝おうと思ったのだろう、マディが座っているソファの向かい側へと腰を下ろした。
 互いの真ん中にあるローテーブルに積まれたままの、未確認の書類を素早く見分けて手を伸ばしていく。

「って、これ、書類もしかして全部終わってるんですか?!」

 ざっと中身を確認し始めてほどなく、ティセは驚いたように声を上げた。

「おー、三時間前ぐらいには終わってたぞ」

 呆れ混じりのマディの声に、ティセはどこか困惑した顔をする。

「うわぁ―マジっすか、団長が暇しないように前回より多めに用意しておいたんだけどなぁ……」

 前回も随分と時間を余らせていたみたいだから、今回こそはって、かき集めたのに。
 と、続けられるのに、なるほど、それで……と、ちらと視線をやったのは仮眠室。
 もちろん、ティセはなぜ今、リシュが寝ているのか、理由を余さず理解しているのだろう。
 ついには弱り切っている、と言ってもいいだろう表情となったティセに、こうなったのはそれだけではなく、最近出動が少なくて、くすぶる衝動を持て余していたというのもあるだろうけどな、と内心思いながらもそこまでは言わず、代わりにマディは小さく溜め息を吐いた。

「足りなかったみたいだな。今度からあいつを遠ざけたかったら、視察にでも出した方がいいんじゃねぇか」

 多分、どれほどの量の書類仕事を用意しても、リシュならば想定より早く仕上げてしまうことだろう。そもそも、こういう時の度、用意される書類仕事は増加の一途を辿っていて、ついに今回など、余程のことでもない限り、これ以上の書類仕事なんて、おそらくティセでも用意できないはずだという程となっている。
 なにせこうして確認し、仕分けしていればわかるが、提出期限が先どころか、数か月先で半ば未確定な案件の書類まで混じっているのだから。
 無理やり用意したのだろうことがわかる書類の数々だった。

「次はそうします……――副団長も、ほんと、お疲れさまでした」

 ティセもまた、溜め息交じりに、改めて労いを寄越してきて。
 そのまましばらく二人で、リシュが終わらせてしまった書類の確認と仕分けに従事した。
 流石にマディ一人でこなすのよりよほど早く全てが終わったのは、就業時間を僅かばかり過ぎた頃。
 ティセがこの部屋に戻って来てからはそこまで長い時間も経っていない。
 長く溜め息を吐き、腰を上げた。

「あ~……お前もお疲れ。今日はこのまま上がるだろ」
「ええ。これだけ持って行っちゃいますけど。団長も副団長も上がりますよね」
「ああ。あいつ起こして適当に帰るよ」

 伸びをしながら尋ねたマディにティセは頷いて、持てるだけ書類を腕に抱え上げた。
 量からしておそらく何往復かするつもりでいるのだろう。
 そこまでは手伝わず仮眠室に向かうマディに、ティセはにこやかに頷いた。

「かしこまりました。では団長にも今日の報告伝えておいてくださいね」

 それだけ言い置いて軽やかに部屋を出るティセを見送ることもせず、マディは仮眠室をのぞき込む。
 いまだ目覚める様子のないリシュに、だけど疲労の色はない。
 ただ惰眠を貪っているだけなのだろう。

「――……どうすっかな……」

 よく眠っている。多分起こすと機嫌を悪くするだろう、だけどこのまま此処で夜を明かすつもりなどマディにはさらさらなく。

「おい、リシュ、そろそろ起きろ」

 仕方なくリシュへと声をかけ始めた。
 これは、特に何でもない、よくある王立騎士団のとある一日のことだった。
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