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14・こんな色々を経て今の話の続き、前提。
しおりを挟むだが、これでは僕が、ラシェを縛り付けてしまうことに変わりはない。
思い至って、すぐに僕の顔は曇った。
僕が笑って、同じよう、晴れやかに微笑んでいたラシェが、またやはり同じように不安そうな顔になる。
「ゆ、ユリィ様? どうなさいました? まさかまたご不調が……? ああ、すぐに魔力をお注ぎします、ですから、」
「ああ、いや、そうではない、そうではなくて……」
魔力を、注がれるのも別に嫌なわけではないが、そうではなくて。
不調を感じて顔が曇ったわけではなかった僕は、おろおろと戸惑うようなラシェの言葉を遮って、ゆるく首を横に振った。
「では何です? 今のこの状況がお嫌ですか? お子様を本当は望みたくなかったのですか? そうですよね、ユリィ様は私から逃れようとなさっておられた。そのお気持ちを無下にしたのは私です。あのような全くユリィ様らしくない、痛まし気なことまで無理にさせてしまうだなんて……私はなんて未熟なのでしょう。ですが申し訳ございません、ユリィ様、私は貴方にはご健勝であって頂きたいのです。そして貴方をそう在らせられるのは私でありたい。ですからユリィ様、貴方はこれから必要な時以外は、このお部屋からお出になれません。貴方には私が何度でも、魔力を注いで差し上げなければなりませんから」
続けて捲し立てるように口に出されたラシェの言葉に、僕はきょとんと首を傾げた。
ん? 僕が、子供を望みたくなかった?
僕が、ラシェから逃れたかった?
言われた意味が解らない。
子供は、確かに考えてはいなかったけれど、決して望みたくなかっただとかいうわけではないし、むしろラシェの子供であるなら愛しい、そう思う。
何より僕はラシェから逃れたいなどと考えたことはなく、僕はただ、ラシェに自由を与えたかったのだ。
僕から解放したかった。
それはつまり、ラシェを僕という枷から逃がしたかったのであって、僕がラシェから逃れたかったわけではない。
むしろラシェと、離れたい、そう願ったことなど一度もなかった。
「? 何を言っているんだ? 私はそんなこと、考えたことはないのだが……」
それにこの部屋から出られない、今ラシェはそう言っただろうか。
だがそれはこれまでと、どう違うというのだろう。
僕はそもそも起き上がれもせず、ずっと臥せったまま育ってきていた。
ラシェのおかげで立ち歩いたり勉強したり学園に通ったりを、なんとか熟せるようになってはいたが、それだって寝込むことが多いまま。
そんな風に寝込んでいようが何をしていようが、僕は常に体の不調に苛まれ続けてきたのである。
その体の不調が今はない。
そしてこの不調がない状態を保つためには、僕はこの部屋から出られないのだとラシェは言う。今後もラシェから魔力を注がれ続けないとならないのだと。
それは欠片として、僕が厭うようなことではなかった。
そもそも、不調がないだけで素晴らしい。それ以上をどうして望むというのだろう。
「え、ですがユリィ様はあのパーティの折、私との婚約は破棄すると。勿論、そのようなことは全く認められませんし、むしろすでに書類上は伴侶とさせて頂きましたが、それでもユリィ様は私との婚約破棄を、つまり私と離れられることを望んでいらっしゃったのですよね? それは間違いないのでしょう?」
ラシェからの確認に、僕はこくりと頷いた。
「ああ、間違いはない」
全てラシェの言うとおりだ。
「ただ、」
「ただ?」
もし何か、違っているというなら、僕のあの場での発言全てだろう。
僕は物凄く頑張って、よくないと思われる態度を貫いたのだ。
それはラシェに向けて言い放った言葉も同じこと。
僕は僕の婚約者がラシェであることを、気に食わないと思ったことはないし、ラシェと、先程までされていたような魔力を注がれる行為をする。それを具体的に考えたことさえありはしなかった。
それで嫌も何もない。
ああいう言い方がよくないのではないかと思っただけで、意味などは自分でも半ばよくわからないまま発言していた。
相応しくないのはラシェではなく僕の方だし、僕から逃げたいのは、ラシェの方だと考えてきた。
ラシェとの婚約を破棄する。
あの場での僕の本心はそれだけだ。
「お前との婚約は破棄したいと思っていたが、別に僕はラシェから、逃げたいだとか思っていたわけではない」
「ユリィ様?」
離れたかったのも、その方がラシェにとって良いだろうと思っていただけで、僕の方が離れたかったわけではなかった。
ラシェが不思議そうに首を傾げる。
僕も同じように首を傾げた。
「ん?」
「?」
何かが噛み合っていないことだけを理解する。
僕は少しだけ考えた。
頭痛がないので思考も非常にはかどりやすい。
そこでようやく思い至ったのは、そもそもの前提が違うということ。
「僕は逃げたかったわけじゃなく、ラシェを逃がしたかったんだが……」
僕の中で。逃げたいのは僕ではなく、ラシェのはずだった。
「私が、ですか?」
ラシェは心底わけがわからないという顔をしていた。
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