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一章
32.だめ! オリバーは私の婚約者なの!
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「だめ! オリバーは私の婚約者なの!」
「スカーレット、ありがとう。大丈夫だから」
すかさず令嬢に襲いかかろうとしたスカーレットを諌めながら、許可を貰って対面のソファに座った。
私とスカーレットの前にも、ホットミルクが差し出される。
「お父様からスカーレットちゃんに婚約者ができたというお手紙を頂いて王都まで出てきましたけれど、まさかこんな貧弱な男だなんて。……私は納得していませんわ」
「お姉様が納得してなくても、オリバーは私の婚約者だもの!」
「スカーレットちゃん! 考え直しなさい。こんな軟弱な男が婚約者だなんて、苦労するのはスカーレットちゃんなのよ?」
「オリバーは弱くないもの! 色んなことをいっぱい知っているし、優しいもの!」
「スカーレットちゃんっ!?」
令嬢が悲鳴を上げてよろめいた。ソファの肘掛に身を預け、弱弱しく首を横に振る。
「なんてこと。やっぱり屑虫どもが蔓延る王都なんかに行かせるべきではなかったのよ。私の可愛いスカーレットちゃんに屑虫が付いてしまうなんて!」
酷い言われようである。
少し遠くを見てしまう。
「スカーレットちゃん、私が教えたことを憶えていて? きちんと挨拶しましたの?」
「……したわ」
ソファから立ち上がってスカーレットの前に膝をつくと、令嬢はスカーレットの手を両手で包む。
令嬢の顔は、下げた眉の間にしわを寄せて苦痛に満ちていた。一方のスカーレットは、苦い物を噛みくだいたかのようにしかめた顔を令嬢から逸らす。
スカーレットにイーグル家の挨拶を王都でも行うように唆したのは、彼女だったのだ。伯爵は王都と辺境の習慣は異なると理解していて、王都では拳での挨拶は控えるように指示していたのに――。
私の心に冷たいものが広がっていく。
「だったらどうしてこんな屑虫が付いてしまったの?」
「オリバーは屑虫なんかじゃないわ! オリバーはとっても素敵な人だもの! お姉様嫌い!」
令嬢の手を振り払ったスカーレットは、私の胸に飛び込んできて顔を埋めた。怒りや悲しみを必死に抑え込んで、私に縋る健気な婚約者。
「スカーレットちゃんっ!? ……ああ……」
ふらりとよろめいた令嬢をランドルフ殿が支えてソファに戻すのを横目に見ながら、私は心を傷つけられてしまったスカーレットを癒すため、抱きしめ返して優しく頭を撫でる。
「スカーレット、僕は平気だから心配しないで。それにお茶会のことは一緒に手紙を送っただろう? スカーレットは僕が守ってあげるから、大丈夫だからね?」
「何をいっているの? 血を見ただけで倒れるような屑虫が、私のスカーレットちゃんを護れるはずがないでしょう!?」
私の言葉を遮るように、令嬢が喚く。
令嬢の叫び声に反応して、スカーレットがぴくりと震えた。
「何よ?」
眉間にしわを寄せて不機嫌そうに私を睨む令嬢。彼女の赤い瞳には、冷え切った眼差しを向ける私が映っていた。
「これ以上、スカーレットを傷付けないでいただけませんか? 不愉快です」
「はあ? 私がいつスカーレットちゃんを傷付けたというのよ?」
上着の背中がぎゅっと握りしめられた。
これ以上ここで言いあえば、私の大切な婚約者の心をさらに傷付けてしまう。治りかけていた瘡蓋を剥ぎ取り、また血を流させてしまいかねない。
私はどうでもいい令嬢から視線を外すと、愛しい赤い髪に慈愛の眼差しを向ける。
「心配しないで? スカーレット。もう何も言わないから」
「ちょっと!? 無視しないでくれる?」
柔らかな髪を、優しく撫でる。
愛しい愛しい、私の婚約者。
「聞いているの!? 切り刻むわよ!?」
見た目が美しいだけの令嬢が喚いているけれど、気にする必要はない。私にとって大切なのは、腕の中にいる愛らしい薔薇の妖精だけなのだから。
それに、令嬢は私を傷付けることはできないだろう。彼女の後ろにいるランドルフ殿の眼差しが、先程までと違い令嬢への非難を宿したから。
だから私は心置きなくスカーレットを慈しむことに集中する。彼女の柔らかな心の傷が癒えるように――。
「あれ? パーシバル兄さんとランドルフ兄さん、来てたんだ」
扉が開き風が流れ込んでくると共に、ユージーン殿の声が聞こえた。
……パーシバル兄さん?
顔を上げて室内にいる人を確認する。
私とスカーレット、ランドルフ殿と彼の婚約者らしき令嬢。それにイーグル家の使用人たち。パーシバル殿はいったいどこに?
「イーサンにユージーンじゃない。久しぶりね。私も来年から騎士団に入団しないといけないでしょう? 少しは王都に慣れておこうと思って」
は? ユージーン殿に声を返したということは、この令嬢がパーシバル殿? 騎士団には女性も在籍しているが、イーグル伯爵家で騎士団への入団を義務付けられているのは男子のみだ。
「入るんだ?」
「その格好で?」
私が混乱している間に、イーサン殿とユージーン殿が令嬢との会話を進めていく。
「スカーレット、ありがとう。大丈夫だから」
すかさず令嬢に襲いかかろうとしたスカーレットを諌めながら、許可を貰って対面のソファに座った。
私とスカーレットの前にも、ホットミルクが差し出される。
「お父様からスカーレットちゃんに婚約者ができたというお手紙を頂いて王都まで出てきましたけれど、まさかこんな貧弱な男だなんて。……私は納得していませんわ」
「お姉様が納得してなくても、オリバーは私の婚約者だもの!」
「スカーレットちゃん! 考え直しなさい。こんな軟弱な男が婚約者だなんて、苦労するのはスカーレットちゃんなのよ?」
「オリバーは弱くないもの! 色んなことをいっぱい知っているし、優しいもの!」
「スカーレットちゃんっ!?」
令嬢が悲鳴を上げてよろめいた。ソファの肘掛に身を預け、弱弱しく首を横に振る。
「なんてこと。やっぱり屑虫どもが蔓延る王都なんかに行かせるべきではなかったのよ。私の可愛いスカーレットちゃんに屑虫が付いてしまうなんて!」
酷い言われようである。
少し遠くを見てしまう。
「スカーレットちゃん、私が教えたことを憶えていて? きちんと挨拶しましたの?」
「……したわ」
ソファから立ち上がってスカーレットの前に膝をつくと、令嬢はスカーレットの手を両手で包む。
令嬢の顔は、下げた眉の間にしわを寄せて苦痛に満ちていた。一方のスカーレットは、苦い物を噛みくだいたかのようにしかめた顔を令嬢から逸らす。
スカーレットにイーグル家の挨拶を王都でも行うように唆したのは、彼女だったのだ。伯爵は王都と辺境の習慣は異なると理解していて、王都では拳での挨拶は控えるように指示していたのに――。
私の心に冷たいものが広がっていく。
「だったらどうしてこんな屑虫が付いてしまったの?」
「オリバーは屑虫なんかじゃないわ! オリバーはとっても素敵な人だもの! お姉様嫌い!」
令嬢の手を振り払ったスカーレットは、私の胸に飛び込んできて顔を埋めた。怒りや悲しみを必死に抑え込んで、私に縋る健気な婚約者。
「スカーレットちゃんっ!? ……ああ……」
ふらりとよろめいた令嬢をランドルフ殿が支えてソファに戻すのを横目に見ながら、私は心を傷つけられてしまったスカーレットを癒すため、抱きしめ返して優しく頭を撫でる。
「スカーレット、僕は平気だから心配しないで。それにお茶会のことは一緒に手紙を送っただろう? スカーレットは僕が守ってあげるから、大丈夫だからね?」
「何をいっているの? 血を見ただけで倒れるような屑虫が、私のスカーレットちゃんを護れるはずがないでしょう!?」
私の言葉を遮るように、令嬢が喚く。
令嬢の叫び声に反応して、スカーレットがぴくりと震えた。
「何よ?」
眉間にしわを寄せて不機嫌そうに私を睨む令嬢。彼女の赤い瞳には、冷え切った眼差しを向ける私が映っていた。
「これ以上、スカーレットを傷付けないでいただけませんか? 不愉快です」
「はあ? 私がいつスカーレットちゃんを傷付けたというのよ?」
上着の背中がぎゅっと握りしめられた。
これ以上ここで言いあえば、私の大切な婚約者の心をさらに傷付けてしまう。治りかけていた瘡蓋を剥ぎ取り、また血を流させてしまいかねない。
私はどうでもいい令嬢から視線を外すと、愛しい赤い髪に慈愛の眼差しを向ける。
「心配しないで? スカーレット。もう何も言わないから」
「ちょっと!? 無視しないでくれる?」
柔らかな髪を、優しく撫でる。
愛しい愛しい、私の婚約者。
「聞いているの!? 切り刻むわよ!?」
見た目が美しいだけの令嬢が喚いているけれど、気にする必要はない。私にとって大切なのは、腕の中にいる愛らしい薔薇の妖精だけなのだから。
それに、令嬢は私を傷付けることはできないだろう。彼女の後ろにいるランドルフ殿の眼差しが、先程までと違い令嬢への非難を宿したから。
だから私は心置きなくスカーレットを慈しむことに集中する。彼女の柔らかな心の傷が癒えるように――。
「あれ? パーシバル兄さんとランドルフ兄さん、来てたんだ」
扉が開き風が流れ込んでくると共に、ユージーン殿の声が聞こえた。
……パーシバル兄さん?
顔を上げて室内にいる人を確認する。
私とスカーレット、ランドルフ殿と彼の婚約者らしき令嬢。それにイーグル家の使用人たち。パーシバル殿はいったいどこに?
「イーサンにユージーンじゃない。久しぶりね。私も来年から騎士団に入団しないといけないでしょう? 少しは王都に慣れておこうと思って」
は? ユージーン殿に声を返したということは、この令嬢がパーシバル殿? 騎士団には女性も在籍しているが、イーグル伯爵家で騎士団への入団を義務付けられているのは男子のみだ。
「入るんだ?」
「その格好で?」
私が混乱している間に、イーサン殿とユージーン殿が令嬢との会話を進めていく。
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